第19話 怒鳴らなくてもいいのに……
仕方が無いから、糧食を全部、元に戻して(せっかく選んだのに)部屋に帰った。それからまた着替えた。軍服なんて着ていられない。
一体、何が始まろうとしているのだろう。そして、私は、まだリストからは外れていないそうだ。昼間行う作戦に参加する可能性があると。
標的は一体誰なのだ。
少佐は標的は人間だと言ったが、今、戦っているのは、グラクイだ。野生の動物で人間じゃない。
グラクイと関係のある人間? そんなやつ、いるんだろうか。関係の持ちようがないではないか。
グラクイに知性はあるが、意思疎通は全く出来ないのだ。
むろん、グラクイの保護団体なら確かに存在するが、そんな連中を狙ってどうするのだ? 殺す意味がなかった。それにそんな連中はそもそも平和主義を標榜していることが多い。暗殺だなんて強硬手段をとったら、逆に火に油だろう。普段から彼らは権力というものに敏感だ。軍なんか格好の標的である。きっと声を限りにがなり立てるに違いない。考えるだけで頭痛がする。触らぬ神にたたりなしだ。
確かにバルク少佐とおとり作戦に出て以来、軍を取り巻く環境は変化し始めている。
それ以前の、のんびりしたシューティングゲームみたいなのんきさはなくなってしまった。
ぬらりくらりと逃げ回っていたグラクイが、集団で、統率されて、明確な意思を示して人間に戦いを挑んできてる。その理由はさっぱりわからなかったが、彼らの悪意はいまや明白だった。
私に何を殺せというのか。見当もつかなかった。
だから、あんまり考えないことにした。出来るだけ目立たないようにジムに行って筋肉トレーニングした。
午後からは、射撃場へ行った。
射撃場は、軍が経営しているが、民間人も利用していいことになっていた。いくつかコースがあり、射程の短いコースには民間人が多かった。ロングコースは一箇所で、野外に開けていた。1キロ先までの距離内で射撃が出来た。もちろん、機関銃や砲の設備もあり、射程が長いコースは本来砲などのためのテストコースに利用されていた。民間に開放されている時間帯は、銃の練習のみに限定されている。
軍扱いのチケットを出したので、受付の女性は軍関係とすぐわかったらしいが、別に興味もなさげだった。私は、一番長距離のコースを申し込んだ。
「ロングで」
距離指定をした。目的地にライトを点けてくれるのである。ふつう余程のことが無い限り、ライフルでロングコースは申し込まない。受付の女性は思わず顔を上げて私を見たが、目立たない格好で帽子をかぶっていたので、顔も見えなかったろう。
変なやつだと思ったろうが、ライトを点けてくれた。これで、目標が明確になる。ここが、実戦と訓練の大きな違いだ。本当の戦場では、ライトなんか無い。
よさそうな狙撃銃を選んで、撃ってみたが、昨日のような選りすぐりの銃ではないから、命中率が確定しない。これも同じメーカー製なんだが、個体によってかなりのバラつきがあった。七百メートル先で、これだけ明るいのに、命中率が五十パーセントにならない。
当たると気持ちのいいポーンという電子音が鳴る。遠すぎて細かいところまで見えないのだが、カメラが写して手元のモニターで、どこの部分に当たったかが、確認できるようになっている。
三十数発撃った時点で、二十発はずした。バレルがぶれるのだ。腹が立ってきた。パワーは充分だから、この銃がダメなんだ。安定していない。
ロングコースで命中音が響いていると、他のコースの連中が驚いていた。
それはそうだ。当てるほうがおかしいのだ。そのうち、何人かが見物に集まってきた。気が散る。
そうこうしているうちに、射撃場にアナウンスが入った。
「ノルライド少尉、ノルライド少尉、至急事務所までお越しください」
仕方ないから、銃をほっぽっといて、事務所へ行った。何人かが私の後を追いかけてきた。一体何なんだ。名前がばれちまったじゃないか。
さっきの受付の女性が、今度は顔を覗き込むようにしながら受話器を差し出した。
「ノルライド少尉ですか? お電話です」
電話? 誰が一体何の用事だ。どうして居場所がわかったんだろう。
「ノルライドです」
電話に出ると、かんかんに怒った声が電話線から響いてきた。
「ノルライドッ」
案の定、少佐だ。死人でもたたき起こせそうな大声だ。私は思わず受話器から耳を離した。
「なんで、GPSを持ち歩かないんだ。連絡、取れないじゃないか」
「あっ! ……すみません」
少佐の大声は、私だけでなくて回り中に聞こえそうな感じだった。
「今からGPSを取ってきてくれ。どこに行ってても構わないから」
電話はそれだけ言うと、すぐに切れた。怒っているらしい。めんどくさい。
まあ、確かに、待機中にGPSを忘れていては、仕事にならない。かなりボケているらしい。
急いでウィンチェスターを片付け、射撃場の利用証にサインして帰った。見物人が何人か押し合いへし合いしているのが見えた。
GPSを取ってから、あきらめて軍の食堂で昼食をとった。
かなりしおたれた気分だった。安いカフェテリアで、私のなりも相応にみすぼらしい感じで、実によくマッチしていた。
フード付きのパーカーを着て、しかもフードをかぶっていたから、きっと誰だかわからないに違いない。ブルーは作戦に出ているはずだった。
なんで、ブルー隊の隊長が、荒野にも出ず、たった一人で、昼を食べているのだ。知り合いに会って、何をしているんだと聞かれたら答えようがない。
しばらくぼけっとしていた。射撃場に行くにしても、あの銃ではダメだ。さっき少佐に、この前の銃を借りていってもいいかどうか、聞けばよかった。
でも、あの調子じゃ、とても聞けない。いったん基地に戻って、ジェレミーに聞いてもらおうか。
尻ポケットのGPSが震えた。
「ノルライドです」
「おれだ。ユージンだ」
名前を名乗ってどうする。そんな親しい仲じゃない。
「バルク少佐……」
「時間が出来たから、射撃を見てやろう。どこの射撃場だ」
私は答えた。
「よし、一時間後に行くから、そこに居てくれ」
「少佐、こないだの銃をお借りできませんか? 射撃場の銃は、精度が悪くて……」
「よし、わかった。ジェレミーに言っておこう。基地に寄ってから行ってくれ」
「ありがとうございます」
基地に大急ぎで戻った。ジェレミーとマイカと、まだ作戦に出ていないレッドが、なんだか気の毒そうに出迎えてくれた。少佐の剣幕を聞いて知っていたのだろう。ここから電話して、怒鳴っていたのに違いない。
「狙撃銃を貸してくれよ。少佐から連絡あったろ」
マイカとジェレミーが二人で、銃を出してきてくれた。
「一体、何があったんだ。バルク少佐はかんかんだし。あんた、どうしてGPS持ち歩かなかった?」
「それは、すまない。文字通り忘れていったんだ。少佐から鼓膜が破れそうな電話があったよ。銃を貸してくれ」
選んだ四本を担いだら、いろいろ含めて重量は五〇キロに達した。
マイカがキャスターを貸してくれた。ジェレミーが言った。
「それから、忠告。軍服を着て行け」
「えっ? なんで?」
「バルク少佐がそうしろって言ってた。まあ、あんたも、これ以上、少佐の機嫌を損ねたくないだろ」
「まあ、それは……。鼓膜が危険だからな」
「レッドの誰かに、銃を射撃場まで運ばせるから、制服に着替えて射撃場へ直接行け」
ジェレミーの忠告にはいつも理由がある。
私は、急いでまた着替えた。今日、何回目だろう。