蔦と鳥の始まり
各地でいろいろな事が起きています。
せめて誰かの気が休まる手助けになればと願っております。
「アガサ君、おれたちの仲間になって、とギルドで依頼を受けてみない?」
ヤヒラと何かを話してきたらしいオルカは、微笑みを浮かべて、アガサに手を差し出した。
☆
ヤヒラだけ通された会議室の中には、ヤヒラと入ってきたオルカの他、“白刃の舞い手”のギルドマスターだというトオテがいた。
「……オルカお前、マジか」
「あれ、トオテさん知り合い?」
「ヤヒラ・イシカワ殿は、選定者の一人、“紅蓮将軍”ザウェルガ閣下のかつての部下だった方だ。…マルガリータからお話はうかがっていました。おれは“白刃の舞い手”ギルドマスター、トオテと申します」
「あの娘から、こちらも“白刃の舞い手”の事は聞いている。あれが世話をしていた者がいるとか」
「あー、それ多分カクロウのことですねぇ。さっきアガサ君にお茶出してた男ですよ」
「さようか。…それで、なぜ私だけこちらに通されたのかを聞こうか」
式典の日、ヤヒラはかつての上官が、どんな顔でそこにいるのかを見に行ったのだった。酒の席になれば勇者伝説は話題にのぼる。そういう時にいつだって、ザウェルガは鼻で笑っていたものだ。あの男は、一人の人間が持つ影響力を馬鹿にしているところがあった。
間違いだとは思わない。ただ、ザウェルガがそれを語ることがとても奇妙に思えてならなかった。あの男こそ、その影響力で人を集め、勝利を掴み取ったのだというのに。
さて、目の前には今まであまり会ったことのない類の青年がいる。穏やかな雰囲気だが、ヤヒラには満腹になって昼寝をしている肉食獣か何かにしか見えない。戦いの時は吸血蔦と一心同体の生き物のようだった。そんな生き物が、おそらくこれからとんでもないことを言う。
「“選定者”として、アガサ君を芽吹き待つ勇者、勇者候補として選びます」
「…やはり、“選定者”か」
予感は会った。あの日、アガサと対峙したオルカを見た時から、何かが起こる気がしていた。
「……“月の浮城”の浮き土地は、常に上下に燐光が放たれています。オルカが国にも神殿にも捕捉されなかったのは、光の柱が見間違いと判断されたからだと思われます」
「おれとしては、助かりましたよ。なんか雲行きが怪しいですからね」
「アガサをなぜ選ぶ、選定者。あの子は確かに見込みがある。だからこそ教え子として引き取った。だが、勇者伝説の勇者達のような、特別な何かを持って生まれたようには思えん」
「さぁ、おれも何でアガサ君なのかは、今のところわからないです」
オルカは調子を崩さない。笑みを浮かべたままに語る。
「でもきっと、アガサ君はおれだからこそ選ぶ理由があるんでしょう。なら、これからどうなるのかを、おれは見守るのみです」
「……あの子にはどう伝えるつもりだ」
「伝えません」
「?」
「伝えません。ちょっと雲行きが怪しい。予防線をたくさん張っておきたいんですよ。その為にぎりぎりまで、おれが“選定者”であることも、アガサ君が候補だと言うことも公にしません」
「……いきなり知ることになるぞ」
「頃合いを見て伝えます。だからヤヒラさん、おれがアガサ君をギルドに誘ったり、関わることの許可をください」
「“選定者”だと聞いて、断れるはずもあるまい。ただし肝に命じておけ。私の教え子が候補生である間に死ぬようなことがあったら、その時に頭が身体についていられると思うな」
「心得ました」
☆
アガサはオルカの手をとった。目をきらきらと輝かせて、「ぜひ!」と応えた。子どもらしい憧れと、自分で自分が生きるための糧を得たいと言う、いつも気にしていた想いがあった。
「よっし。カクロウ、明日から四人だ」
「そうなると思ったぜ。ようこそアガサ、歓迎する」
「なら、ギルドに登録しないといけないな! ほらアガサ、こっちだ。君の推薦人の欄には私がサインをしようじゃないか!」
「よ、よろしくお願いします!」
オルカが手を差し出して、アガサはその手をとった。その瞬間、オルカの嵌めているグローブの下、手のひらに一つの紋様が浮かび上がっていた。
“選定者”が“芽吹き待つ勇者”を選び出した事の証。蔦と鳥を模したそれは、オルカが自身も“選定者”だと皇主に告げるまで、隠され続けることとなる。
ヤヒラ・イシカワさんは漢字にするなら石川夜片