選ぶこと
ユファリリア皇国王都、セフィ神教ユファリリア神殿。人気のない中庭で、銀髪の修道女が憂い顔をしていた。
名を、タチアナ。“奇跡の修道女”、“癒しの御業の聖女”と謳われる修道女である。
「あら、悩み事かしら? タチアナさん」
「!」
タチアナが慌ててあたりを見ると、回廊から中庭へ降りてくる少女がいた。修道服ではなく、緑色の外套と黒のスカート、黒い杖が特徴的なその一揃いは、神殿所属の語り部のものだ。ユファリリア神殿にも所属の語り部はいるが、その少女は違う。赤い髪が鮮やかなその人は、中央神殿の所属だ。
「……マルガリータ殿」
「お元気がないご様子ね? 驚いたのだわ。あなた、いっつも笑っているものかと」
「わたくしとて、考え事は致します」
「例えば、勇者様について?」
「……」
「毎日毎日、大変ね? 神官たちが連れてきた、名のある人たちと面会して。もっとも、彼らにしたって、本命には袖にされてしまったようなのだわ」
「……よくご存知ですね。中央神殿からでも、手紙がありましたか」
「ふふふ、秘密なのだわ」
セフィ神教中央神殿。大陸の中央、宝珠の樹近くにある、世界で最初の神殿。多神教であるセフィ神教は、場所によって奉じる神が異なる事もあるが、中央神殿は神々すべてに祈りを捧げる場であり、セフィ神教の大本山でもある。語り部マルガリータの地位は不明だが、“選定者”の神託直後に派遣されたことから、ユファリリア神殿側から警戒されている。
「あなたが誰を選ぶのか、みんな知りたいのね」
「わたくしは、神の御心のまま役目を全うするのみです」
「ええ、あなたはそう言うのだわ。どんな大怪我を癒しても、そう言う」
「その通りだからです。わたくしの行うことは、全て神の御心のままに」
「だからこそ、あなたが選んだ候補者は“神の御心のまま”に選ばれた者と、捉える人たちもいるのでしょうね?」
「っ!」
「見境がないのよ。まさか、中央神殿を通さずに怪人ディーに接触しようとするとは思わなかったし、影使い一族を引っ張り出すなんて。ユファリリア神殿は、中央神殿に取って代わりたいのかしら」
「無礼な!」
かあっと、顔が熱くなり口から言葉が飛び出したが、マルガリータが言ったことこそ、タチアナがうっすら感じ取り、憂いていたことだった。
「……選ぶのは、あくまでわたくしです。ユファリリア神殿が、芽吹きを待つ勇者を、選ぶわけではありません」
「今のままでは民はそうは思わないし、今のままでは貴女が選んだとは言えないのだわ」
「……何が言いたいのですか」
「神殿の中に閉じこもっていても、貴女が見つけ出したい方は見つからないと言っているの。自分の意思を運ぶのは、自分の行動だけなのだわ」
「…神官長の許可なく、外には出られません」
どんな怪我も直す。それがタチアナに与えられた癒しの御業だ。勝手気ままに外へ出ることは禁止されている。
「わかっているわ。だから、ほらどうぞ?」
「え」
しゃらん、と首にかけられた鎖が鳴った。丸い金属の飾りには、中央神殿でしか発行することが許されていない、神職者の行動自由許可の文言が彫り込まれている。
「え、え?」
「このままでは中央神殿も困ってしまうから、それなら貴女を出してしまった方がまだ良いのだわ。その信仰心は揺るぎなく、どこへ行こうとも神のもとへ帰ってくると、大神官様も信じて疑わない。自分の意思で探して、見出しなさい。修道女タチアナ」
「……マルガリータ殿」
「そうなのだわ! 私のおすすめを言っておかなければ」
にっこりと、赤い髪の少女は笑う。
「“ぎるどのまち”の、“白刃の舞い手”を訪ねなさいな。護衛も雇えるし、きっと参考にもなるのだわ」
☆
「アガサ君、ヤヒラさん、いらっしゃい!」
“ぎるどのまち”に到着したアガサとヤヒラは、市に入ってすぐ声をかけられた。
「オルカさん!」
「貴殿か。……怪我はないようだな?」
「もちろん。お二人もご無事でなによりです」
式典を見に行った日、アガサは師と一緒に襲撃してきた魔物を迎撃した。数に限りがない魔物を蹴散らして空から降りてきたのが、目の前で笑うオルカである。あの時と違い、片刃刀は鞘の中で腰に吊ってあるし、返り血もない。吸血蔦は静かに腕に巻きついている。
「集会場の会議室をかりたので、こちらへ」
「ああ」
「すごい、賑やかなんですね」
王都に家があるアガサだが、“ぎるどのまち”の賑わいは王都とは違っているように見えた。まず、ヒトも亜人もさまざまいて、それぞれ仕事にかかりきりのようだ。かと思えば、酒場の中へ笑いながら入っていく姿もある。
「王都と地方への街道で見ると、最初の中継地点だからね。王都から来た商人はここで護衛の仕事を依頼するし、地方から帰ってきた商人はここで採取とかの依頼をする。仕事が終わった連中は騒ぐ」
「オルカさんは冒険者なんですか?」
「おれは傭兵ギルドの傭兵だよ。といっても、商人や隊商を護衛すれば、冒険者と同じく魔物とも戦うけどね」
「オルカ殿は、間違いなく“白刃の舞い手”所属か」
ヤヒラが口を開いた。“白刃の舞い手”。アガサも聞いたことはあった。大掛かりな討伐が王都の騎士団主軸で行われる際に、必ずと言っていいほど依頼されて討伐に参加するギルドだ。
「はい、そうですよ。……なんか噂になってます?」
「式典については心配いらん。どこぞの魔術師が大掛かりな術で片付けたのだろうと、そんな話になっている。気がついたものはいるだろうがな」
「良かった。うっかり派手にやっちゃったもので」
「語り部マルガリータに心当たりは?」
「おっと?」
「オルカさんも、マグのお知り合いなんですか?」
語り部マルガリータは、ヤヒラの知人だ。年齢はアガサより三つほど上だが、彼女はセフィ神教中央神殿の大神官一派、神官ジンの直属の部下である。ヤヒラが引退前にした仕事で知り合い、今も交流が続いている。アガサも自然と会えば話すようになった。
「ええと、どんなお話がありました?」
「出かけに訪ねてきた。今から“ぎるどのまち”に行くと言ったら、“白刃の舞い手” のオルカに用事かと問われた。誤魔化してきたが」
「……あー、あー、そっかぁ。いや、おれの知り合いではないですけど、お噂はそこそこ。報告だなぁ」
オルカは呟いてから、気を取り直すように歩き出した。
「まずは、ご説明が先ですね。すぐそこですよ」