“月の浮城”にて
番外編のようなものです。
“月の浮城”のギルドマスター、セツヤが集会場である城へ戻ると、一人の少年が駆け寄ってきた。
「あの、セツヤ先生、今お時間いただけますか」
「ルヒト殿、どうなされた。…こちらへ」
依頼受付の奥にある会議室へひとまず入る。ルヒトがおずおずと差し出してきたのは、開封済みの手紙だった。封蝋の紋章を見て、はてと首をかしげる。
「メイプル=ウディナーウッド魔術学園のものだな。これは、ルヒト殿に?」
「はい。その、学園長から」
「……内容を」
「はい。『選定者の件で、歴代の勇者伝説に関わりのある連中の周辺がキナ臭いから、気をつけなさい』と」
「ああそうか。ルヒト殿はカサラ・シカルの」
「直系ではありませんが、子孫ということになっています」
三百年前、アウロという青年が勇者として旅を始めたとされている。アウロの百年前の戦いでは魔王側が勝利をし、世は荒れていた。アウロは仲間たちと各地の治安を回復させながら、最終的に魔王側に勝利する。その同じ時期、時折アウロ達と行動しながらも、あくまで『個人的に』世直し旅をする女冒険者がいた。名をカサラ・シカル、槌を振り回し、魔術具を駆使し、召喚獣を喚んだとされている。
「ということは、“大宴会”のユークリッド殿とディー殿にも、手紙が届いたのであろうか」
「ユークリッドには届いたそうです。ディーは、その、多分後から“大宴会”のギルドマスターからお話があると思いますが、セフィ神教中央神殿の大神官様から、『ユファリリアの神殿から呼び出しがあっても行くな。少しややこしい事になっている』と手紙が」
「……やはり、そうなるか。面倒な」
ユークリッド・アリスメティカと、ディー。“大宴会”に所属する二人もまた、勇者アウロに関係がある。ユークリッドはアウロの直系にあたる子孫で、ディーはアウロと旅をした仲間の一人である。ヒトであったアウロとカサラとは違い、ディーは“怪人”というものであったため長命で、名前をたまに変えながら、アウロの一族と時を過ごしている。
このユークリッドとディーが入学先で偶然出会ったのがルヒトだった。複雑な事情があり、ルヒトは“大宴会”所属だが、“月の浮城”で保護を受けている。
「やはり、というのは」
「権力争いの道具であろう。罰当たりな事だが、勇者が己の陣営から出れば優位な立場を狙えると、そう考える輩がいるのだろうな」
「ユークリッドは、大丈夫でしょうか」
「いや、むしろどうすれば倒せるのだ? あの御仁は。ご自身もお強いが、“怪人”相手に喧嘩を売る輩の気が知れぬ」
「…………一番まずいのは、僕ですね」
「お主も相手にはしたくないと思うぞ」
さて、どうなる。とセツヤはさきほど下で聞いた話を思い出していた。オルカは探していた人物を見つけ、明日来てもらって説明をするという。鳥を操っていたテイマーの件もある。ルヒトの話を聞く限り、おそらく他の“選定者”に関わる人間だったのだろう。候補者を見つける前に“選定者”が死ねば、競争相手が減る。
「…あまり探りを入れても目立つ。“獅子”達の報告を待つよりないか」
「セツヤ先生?」
「なんでもない。もし、また何か連絡があるようならば、某にも教えてくれるな?」
「はい」
窓の外を見る。日が傾き、空は朱色と群青とに分かれていた。
“怪人”
特定の条件下でヒトから転じるヒトの一種。とんでもなく頑丈で不老だが、不死ではない。“春告げの時代”では十人ほど確認されている。
時代によって歓迎されたり忌避されたりと様々。