鳥と蔦と
ギルドに登録する時、職種/ジョブを一緒に登録しておくことが一般的である。ギルド規則に則った職業分類というものが存在していて、出来ることやら実績やら経験やらを当てはめる。カクロウはそれを行うとアサシン一択だった。なお、仲間二人はテイマーと、それぞれ剣士、苻術師も登録しているらしい。器用だ。
「カクロウ、多分あいつだ」
「見つけたか!」
オルカを送り出した後、ひとまず上空の鳥は追い払ったり仕留めたりしたものの、総数が多いので焼け石に水だった。明らかに統制がとれていることから、ミササギの連れている妖鳥や妖狐、オルカの吸血蔦と同じようにテイマーが従えている魔物。ならばテイマーを捕まえればいいと、二人はそれらしい人物を探していた。
「高みの見物か、忌々しい」
黒いローブ姿の人物が、会場の最上階席に佇んでいる。攻撃の良い的だろうに、鳥は近づこうとしていない。
「…三歩だな。援護頼む」
「任せて」
ミササギが苻を手元に用意したのを見届けて、カクロウは呼吸を整える。
「…!」
縮地、という術がある。距離の法則に干渉し、本当の距離より移動距離を短くし、目的の場所に素早く移動するための術だ。魔法に片足を突っ込んでいるこの術は、使い手によって移動できる距離や移動先に制限がかかってしまうが、シノビやアサシンという職業にとって必須のものだった。
(一歩)
片足を前に出したカクロウの姿がその場から消え、離れた場所に突然現れる。
(二歩)
また消えて、現れる。カクロウが使える縮地は五歩分まで。それで移動できる距離は障害物傾斜なしの平地で五十メートルが精一杯だ。
(三歩)
「!?」
(気づかれ…!)
背後に出る寸前で気配を悟られ、相手が剣を持って振り返った。カクロウが振り下ろしたナイフは阻まれる。
「“術式解錠”」
「!」
静かな声と同時に、相手の剣に符が貼りついた。カクロウはナイフで剣を受け流して、距離をとる。
「“其れは炎なり”!」
「ぐっ!?」
符が燃え尽きると同時に、ぶわりと剣が火に包まれた。ローブ姿のテイマーは剣を取り落とし、カクロウと、駆けつけたミササギを睨んでいるようだ。顔はフードで見えない。
「なんのつもりか知らねぇが、そこまでだ」
「……城の人間であるか?」
女の声だった。
「見物人さ。でも、必要なら人助けをしろって、小さい頃から言われているからね」
「それは、それは。首を突っ込んだことを後悔されるが良い!」
女が口元に指をもっていき、ふぃーいと指笛を鳴らした。鳥たちがこちらへ向かって集まってくる。
「……ミササギ、合図したら走れ」
「冗談。君を置いていくはずないだろう。というか、その暇もないようだし」
「ヨルハとクズノハは」
「気がついて端から荒らしてくれているけど、数が多いから」
「…」
ナイフを構え直し、女を睨む。おそらく、こちらを馬鹿にして笑っている。ナイフに意識を集中する。
「カクロウ、“それ”使ったら一週間はご飯を奢ってもらう」
「そういう場合じゃ」
「いやなんか、ほらあれ」
「な、なんであるかあれは!!」
カクロウは横目でミササギが見ている方向を確認し、うわ、と思わず呟いた。観客席が真緑色に染まっている。よく見れば植物が、蔓や葉がじわりじわりと勢力を広げているのだ。
「吸血蔦は、あれが怖いんだよ」
ぶわ、と植物の軍勢から空へ向かって蔓が勢いよく伸びていく。まるで助けを求める手のようなそれは、鳥を片端から捉え、地へと引きずり落としていく。鳥たちの叫び声で耳がいたいほどだ。
「あ、あ、ああ、わた、わたしの、わたしの小鳥たち、小鳥たち……!!」
「久々のご馳走で、こちらは助かった」
「こちらにきて良かったのか? オルカ」
後ろの通路から出てきたのはオルカで、その手足にはいつもより発色の良い緑色をした蔦が巻きついていた。
「うん、ありがとう。で、あちらが元凶の人かな?」
「ああ、テイマーらしいな。お前らと随分、連れてる数が違うが」
「群一つと契約したんじゃないかな。群のリーダーが了承すればできなくはない」
「お前、お前かぁ!!」
女がオルカを指差して叫んだ。
「お前がわたしの小鳥たちを!」
「元の大きさに戻るまで時間がかかるから、あまりしたくはなかったけど。急ぎたくて」
「貴様!」
「ネメシス、敵」
ぶるり、と吸血蔦がふるえた。同時にオルカが地面を蹴って一気に女と距離をつめる。
「くぅっ!」
オルカの剣は女がとっさに引き抜いた小刀で弾かれた。ついでオルカに斬りかかろうとするが、それは吸血蔦の葉が目くらましをつくり防がれる。
「こ、の!!」
「…」
斬撃が続く。カクロウとミササギはいつでも飛び出せるよう動きを見守っていたが、女がひときわ大きな鳥に空中へさらわれた。
「覚えたぞ、その顔、覚えたぞ!! あの子たちのように、いつか生き血を抜いて腹を裂いて殺してやる!!」
「そちらがやったことは棚に上げて、よく回る口だ。おれは顔もわからないから、きっと忘れるよ」
「〜〜〜っ!」
女が見えなくなり、観客席もいつの間にか綺麗になっていた。観客席の蔓や葉は、少しずつオルカの方に、正確にはオルカに巻きついている吸血蔦へ吸収されている。
「いつ見ても派手だな。お前、怪我は?」
「ないよ。カクロウ達も大丈夫そうだね。いやぁ、首謀者見つけるなんてすごいや。攻撃されて気がそれたからか、鳥の動きも一旦鈍ってね。ネメシス広げるのも楽だったよ」
「仕留め損なったのは悔しいがな」
「オルカが煽ったから、多分また会うことになるんじゃないか? つまり、私もカクロウもまたあいつに会う」
「……しばらく、単独行動は避けるか」
「わー、カクロウのご飯」
「私はオムライスが食べたいなぁ」
「待て、なんで一緒に住む流れになってる」
「そうと決まればさっさと帰ろう。城側に捕まるのも面倒だ。オルカ、ネメシスの細かいやつ、一旦別行動させられるかい」
「できる。じゃ、行こう」
バラバラと会場外へ出て行く植物の群れに、方々から悲鳴があがった。人は攻撃しないから許してほしいと思いつつ、三人はまだ慌ただしい現場から、大急ぎで出て行った。
☆
式典は延期となったが、“選定者”の名とともに、もう一つ御触れが出た。将軍と、皇主。その二名はすでに勇者候補を見つけたと、そう言う内容のものだった。
三人の中だとカクロウが一番いろいろ後ろ暗かったりします。三人がグループ結成する話はいずれ。