式典
オルカが“選定者”となって半月、つまり例の御触れが出てからも半月たった。
「流石に人がすごいな」
オルカはミササギと一緒に王都へ来ていた。最近は依頼を受けていない日はこれを繰り返している。自分が気になる光の筋の先には、範囲はしぼれたもののまだたどり着けていない。
「オルカ、ミササギ、あまり遠くへ行くなよ。はぐれたら見つけるのが手間だ」
「失敬だな、カクロウ。私はオルカみたく紐のついてない凧じゃないぞ」
「そのオルカ探してお前も行っちまうんだろうが」
「気をつけるよ、カクロウ。あ、式典の会場はあちらかな」
ユファリリア皇国、王都。特設式典会場。今日は、“選定者”のお披露目の当日である。
☆
「で、本当にいいのか?」
「身の丈以上の出来事は今のところ足りているよ。これ以上何か起こるなら、探してる人を見つけるのがいいなあ」
「そうかよ、お前がいいならいいけどな」
結局、オルカは“選定者”だと公表しないことにした。半月の間に各国の動きもわかってきて、なんの後ろ盾もない個人に、公表は荷が重いと考えたからである。例えるならば、あばら家に大粒のダイヤモンドがごろんと転がっているようなものだ。
「式典会場を見下ろす形になるんだな。オルカ、ほらあそこ」
「おお、ゲッテンベル皇主は一番乗りと」
「修道女タチアナも、ほらあれじゃないか」
「……皇主の隣、あれ将軍じゃあないよな」
カクロウの言う先を見ると、威厳のある老将軍のとなりに、居心地悪げに佇む青年がいる。
「……へえ、もう見つけたんだ」
「え、おいまさか」
オルカがじっと、青年を見て呟いた。カクロウは慌てて青年を見るが、カクロウの目にはただの青年にしか見えない。
「オルカ、君は何見てるんだ?」
「光の、将軍が選んだ後だからかな。光のなんか、塊みたいな」
「まさか、今日ついでに見つけたって発表するつもりかよ」
「皇主様と修道女さんも気にしてるみたいだね。一波乱あるかなあ」
興味深そうに見ていたオルカだが、はたと目の前を見てきょろきょろしだした。
「……オルカ?」
「うわ、これ、どうしようか」
「何が」
「近くにいるね」
「は?」
「おれの探してる人」
「……」
「……」
「「はぁ!?」」
オルカにつられて、カクロウとミササギもあたりを見回すが、当たり前だがわかるはずもない。しかも、式典がもうすぐ始まる。
「え、おま、どうする?」
「どうしよう。今までになく至近距離。しかも皆さん席座ってるから見やすいね」
「君ちょっとは慌てろよ!」
「慌ててるよ、今日逃したら大変だ」
席を立ち、オルカが歩き出した時、ちょうど式典開始のファンファーレが流れた。
「手伝うか?」
「いや、おれしか見えない、し……?」
「オルカ?」
きん、と空気が張り詰めた。魔術の発動直後独特の、見えない糸が引っ張られているような。
『ギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャア!!!!』
空から恐ろしい声で鳴く赤い鳥が、式典会場のひらけた上空から舞い降りてきた。嘴と爪がぬらりと光り、敵意に満ちている。
「全部敵」
「ああもう何が何だか! 敵目視、迎撃準備!!」
「ヨルハ、クズノハ、追い散らせ!」
ミササギの声に、影の中から飛び出してきた妖狐と妖鳥が空へ突っ込んでいく。観客席へ降りて来ようとしていた鳥の一群が、あっという間に散っていった。
「騎士も動いてるけど、足りるかな?」
「王宮魔術師つめてるだろ。……オルカ、ここら辺は俺たちでなんとかするから、お前はお前の探したいやつを探せ」
「うん、そうさせてもらう。ミササギ! カクロウを」
「支援するとも!」
オルカは片刃刀を鞘ごと外すと、光の筋をおってその場を離れた。
☆
会場は逃げ惑う人々で騒然としている。カクロウ達のように戦えるものが、誘導や迎撃をしているらしい。騎士達も駆け回っている。
「……どこに」
追っている光りの筋は、今までになくはっきり見えている。この場所にいるのだ。どんな姿で、どんな声で。
「こちらです!」
は、と息が止まった。誰かに対する呼びかけだ。別に自分が呼ばれたんじゃない。ただ、その声は間違いなく。
「見つけた」
人の集まっているところに鳥の一群が襲いかかろうとしていた。その人々を背にかばい、身なりの良い武人と少年が剣を構えていた。
(敵、敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵!)
左手を前に突き出すと同時に、腕にまとわりついていた吸血蔦が一直線に伸びる。それは鳥の一羽を捉えて落とした。そしてもうその時には、オルカは蔦を足場に駆け抜け、片刃刀を引き抜き鳥を数匹まとめて斬り落としていた。
「ネメシス」
吸血蔦は声に応えて、次々と足場を作り、時に鳥を阻み払い落とし、オルカの援護をする。下から見ていた人々は、奇妙な軽業を見ている気分だった。縦横無尽に飛び回り、気づけば鳥が下に落ちている。
「…早い」
武人が呟いていた。そう、オルカは判断と動きが早い。敵か味方か、安全か危険か、斬るか回避か、二つに一つだ。
「あと、頼むよ」
吸血蔦に後は任せて、オルカはすとんと地上に降りた。片刃刀は血まみれで、鞘にそのままはしまえない。できればもう少し、穏やかな出会い方をしたかったものだ。
「……助かった。感謝する」
まっさきに声をかけてくれたのは武人だった。だが、その人よりオルカ、その隣の人物と早く話したかった。
「ええと、はじめまして。お礼はその、大丈夫です。おれはおれの用があって、来たので」
「…?」
「その、隣の、彼はあなたの家族ですか?」
剣を片手に、周囲を警戒していた少年が、きょとんとオルカを見上げた。十五か、十六か。そのくらいの歳だろう。
「私の教え子に、何か?」
「あー、その、おれは、オルカです。“星見の”オルカ。テイマーで、剣士やってます。あなたと、彼の名前は?」
「私はヤヒラ。彼は」
うながされ、少年が背筋を正した。
「アガサと申します」
ああ、彼だ。そうとしか言えなかった。正直に言えば、光りの筋はもっと光っていたり、目の前にこの人もそうなのかと思うような出会いだってあったのだ。だが、オルカが探していたのは間違いなく彼だった。
「……ヤヒラさん、おれ、アガサ君とヤヒラさんに大事な話があります。けどここじゃあ、ゆっくり話せないので、明日改めて尋ねてもいいですか?」
「……構わん。どこに行けば良い」
「あ、えーと、じゃあ。“ぎるどのまち”、“白刃の舞い手”でお待ちしてます。泊まる場所はご心配なく。スアガサ君」
「は、はい」
「怪我に気をつけて。また明日」
左手を上に挙げると、吸血蔦がするりと伸びて来てオルカを空中にさらっていった。まだまだネメシスは空腹らしく、ねだるようにオルカを鳥の集まる場所へ飛ばしていく。
「さっさと減らそう。明日の準備をしないと」
吸血蔦はくるりと葉を回して、主人の言う通り暴れまわった。
吸血蔦/きゅうけつつた
蔦植物に見えるが、植物に擬態した魔物の一種。身体の大きさを自由に変えられる。
森の中を好み、獲物を待ち伏せるか捉えて血をすする。