会議
神界と魔界の戦いが地上で行われていた年代を、天魔期という。この時代がいつまでかというと、地上から神界、魔界が切り離され、“始まりの勇者”が出現する前の年まで、ということに今はなっている。
そして、“始まりの勇者”が出現して以降が伝承期となり、それぞれの勇者にあわせて“始まりの時代”、“春告げの時代”といったふうに区分されている。だいたいの場合が、勇者が国、または神殿で正式に勇者として認められた年から始まり、次の勇者が認められた前の年までを一つの時代とする。
“春告げの時代”をどの時点からとするかは、かつて歴史家の間で長く議論されていたことだった。ほかの時代とあわせるという意見もあったが、現在では“選定者/剪定者”に神託が授けられた年からを始まりとする。
この時代は、直前の勇者と魔王の戦いで勇者側が勝利した事もあり、各地で様々なものが発展していた。その反面、国同士の争いや各国内の細々とした内乱等が起こり始めていた時代でもある。周期を考えれば魔王出現までは遠く、そういう意味では安定した時期だった。
☆
ユファリリア皇国領内、“ぎるどのまち”。
ギルド“白刃の舞い手”のギルドマスターの部屋には、“月の浮城”、“大宴会”のギルドマスターと、オルカが身を寄せるグループのリーダーが集まっていた。神使の顕現から一日たっての事である。オルカとその相方のテイマー、ミササギはいないが、とある依頼を受けた面々が参加していた。
「急な依頼で悪かった。“獅子”の」
「気にすんな。困った時はお互い様ってな」
“白刃の舞い手”のトオテに、からりと笑って返したのは、まだ十代の少年だ。その周囲には少年と行動をともにする三人の仲間がいる。
ギルド“獅子の牙”は、“ぎるどのまち”で最も規模の小さい集まりで、この少年がギルドマスターである。依頼達成の確実性と、情報収集の早さに定評がある。
「それで、例の件だが」
「ああ。…チャリオット、頼む」
「はいはーい」
魔法使いの少女がカバンの中から地図を出し、机に広げた。八つの赤い印が入れられている。ユファリリア皇国はもちろん、その印は大陸各地に点在していた。
「とりま、今日の朝までに確認されてる柱の数は八。正確に言うと、王都の観測棟と、神殿の天体観測官が大慌てで見つけたのが八。ただどちらもこの国の領土を把握するのが精一杯って精度だから、見落としの可能性が既に指摘されてます」
「海の向こうと島国は?」
「王都の観測関係はそこまで見えないんですよ。夕方には港の軍施設から観測の報告が届く見込みって話です」
「国内は…城と、神殿と、ここは砦か」
「はい。神使については、この三ヶ所と、あと隣国で柱が立った場所には現れたって確認が取れました。内容は昨日話してくれた内容とほぼ一緒。……あんなに感情的ではなかったみたいですけど」
「いやはや、某の結界が通用してよかったが…。察するに、神使にあがられて間もない方なのやもしれぬな」
三人のギルドマスターが依頼したのは、光の柱と神託の内容を確認することだった。魔法使いの報告は続く。
「で、ですね。今のところ、“ぎるどのまち”に光の柱が立ったってのは欠片も話題になっていません」
「本当か」
「市内では話には登ったみたいですけど、鍜治屋の親方が酒場で釘を刺したらしいですよ。暗黙のルールが敷かれるの早いですよね、この市は。それにしても、観測棟も神殿も、ばっちり見える範囲のはずなんですけどね」
「そりゃ、あれじゃね? ほか三ヶ所に比べりゃ重要度もひっくいし、報告しても信じてもらえなかったとかさぁ」
“大宴会”のギルドマスターの言葉に、それはそうかという空気が流れる。
「あり得ましょうな。しかも、某らの拠点である浮き土地は、上下の縦方向に燐光を放っておるから」
「報告してもそれの見間違い扱いになった、か」
「続けますね。皇国内で柱が立った三ヶ所でそれぞれ一人、選定者が指名されました。これがなかなかの面々です。アクタ」
魔法使いに呼ばれて、アサシンの少年が絵姿を並べる。
「……神殿、“奇跡の修道女”タチアナ。レットラン砦、“紅蓮将軍”ザウェルガ」
「癒しの御業の聖女と、皇国防衛線の英雄か」
「最後が問題といえば問題だ」
“獅子の牙”のギルドマスターがぼそりと呟く。アサシンが最後の一枚を机に置いた。
「……ユファリリア皇国、皇主ゲッテンベル」
「…………」
「い、いやいやいや、マジ?」
「……驚きもうした」
「皇国内で知らない人間はいません。得意技は人材育成と引き抜きときたもんですから、既に動きだされてます」
「ジェイ」
「ああ」
剣士が頷き、封書をトオテに渡した。
「中身をみてくれ」
「……」
内容は、今後予測される動きについてだった。
「ジェイの知り合いが城にいて、今回のことを心配している。確実なのは、近々“選定者”三人が集められ、お披露目されるだろうってことだ」
「……問題は、その後か」
「他国とのあれやこれやや利益やなんやかんやですよね。オルカさん、どうするんですか?」
「というか、本人は?」
視線が、オルカのグループのリーダーに集まった。オルカとその相方であるミササギにとっては兄貴分にもあたるアサシン、カクロウは、大きく溜息をつく。
「今朝方、王都の方向が気になるってミササギと出発した。夜には帰るとか言ってたな」
「自由というか、とことんペース崩さないな」
「しかして、“白刃”の。これからどうする? オルカに公表させるのか?」
「時期を見てさせた方がいいと思うぜ、これ。あいつわりと真面目にやろうとしてるし、したら勇者候補見つかるだろ。どうやって切磋琢磨すんだか知らないけど、試験制だったら受けに行くことになってバレるだろ」
「後からは印象が悪かろうなあ」
溜息が四つ落とされた。
「……“獅子の牙”ギルドマスター、ロウ。意見を聞きたい」
「別に、隠しといていいんじゃないか? 印象悪くても、結局のところこれ、“選定者”自身の評価で勇者が決まるもんじゃないだろ。オルカと勇者候補の安全を優先冬なら、様子見で隠しとく一択」
「……それも一理あるか」
「本人にも意見を聞くべきであろうよ。我らと“獅子”の意見を伝えたい上で」
「ま、公開しようがしまいが、協力は惜しまないからさ」
「うちも引き続き情報は集めておく。勇者と魔王のことなら、そのうち人ごとではなくなるからな」
会議が終わり、メンバー二人が遠出の真っ最中であるカクロウは、窓の外を見て呟いた。
「……なんにも起こってなきゃ、いいんだがなあ」
この世界において、ギルドは職人、傭兵、冒険者、商人の四種。“ぎるどのまち”にはこの四種のギルドがひしめいています。
四種がそれぞれ一つに統合されてはおらず、何人か集まればギルドを名乗れる仕組みです。