光の柱
ユファリリア皇国領内、“ぎるどのまち”。
大小様々なギルドや傭兵団、職人たちの同盟から始まったこの小都市は、“春告げの時代”当時三つの主要ギルドが中心となっていた。
魔術師と魔法使い達のギルド、“月の浮城”。今もなお拠点として使われている空に浮かぶ土地を、小都市の上に浮かべ、他のギルドや住民にも開放していた。
次に、今も昔も来る者拒まず去る者追わずの“大宴会”。当時はまだ結成して一年足らずだが、元々他のギルドから離脱したメンバーが大半を占めていたため、実力の評価は高かった。この頃、とある勇者の末裔が所属していたとされる。
そして、“春告げの時代”を始め、数々の伝説に居合わせる事となる“白刃の舞い手”。後に語り部ジル・メンフィスが客分としてではあるが籍を置くギルドでもある。
この三つのギルドが中心となり、小都市“ぎるどのまち”は動いていた。
☆
その日は、“白刃の舞い手”に“月の浮城”と“大宴会”のギルドマスターが集まり、依頼内容の内訳を整理する日だった。この内訳で魔物の増減の予測をし、必要なら調査を行う。魔物出現の増大、凶暴化は魔王出現の兆候も関わるので、どのギルドも行う事だった。
この日、“白刃の舞い手”では遠出の依頼から戻ったグループがあった。長旅の汚れを落とし、ギルドにある食堂で打ち上げをしていた彼らと、会議を終えたギルドマスター達は隣席となり、世間話などをしていたと言う。
遠出から帰ったグループの中に、オルカと言う青年がいた。
オルカ、もしくは“星見の”オルカ。魔獣を従える才を持つ従魔士で、のんびりとした男と称される事が多い。つれている従魔がなかなかに凶悪な能力を持つ事でも知られていた。動きやすい黒い服に、くだんの蔦植物に擬態した従魔を手足にまとわりつかせ、その日ものほほんと食事をしていた。なお、片刃刀は油断なく帯びている。
そんな、平和な、なんの変哲もない日だった。光の柱がオルカの目の前に出現するまでは。
『我らは神界の使者、神託を授ける者。そこの者は…』
柱出現の衝撃で皿が吹っ飛び、椅子ごと人が倒れるという騒ぎの中、柱の中に現れたのは青い髪の少女だ。頭の上に光の輪が浮いている。神使だ。
その神使が厳かに話だしたものだから、居合わせた面々は動くに動けない。神使は気にする様子もなく話していたのだが、途中できょろきょろと辺りを見回した。
『…“星見の”オルカはどこだ』
「……へ?」
「お、オルカ? あれ、私の隣にいたはず」
ざわめく中、あ、と声をあげたのは“白刃の舞い手”のギルドマスター、トオテ。その声に反応した神使は、トオテの視線を追って、目を吊り上げた。
『お前、何をしている』
オルカは自分の皿とコップを確保し、壁際に避難していた。
「オルカー!!」
「お前は! 何を!! してるんだ!?」
大慌てなのは同じグループのメンバーである。リーダーと相方が一足飛びに移動して皿とコップを取り上げ、神使の前まで引きずった。
「いやぁ、びっくりしたから。ごめんなさい」
『……お前が、オルカか』
「はい、オルカ・エコーはおれです」
それを聞いて、神使の握り締められた両拳がぷるぷると震え出し、大気が揺れ始める。はっとした“月の浮城”のギルドマスターが耐衝撃用結界を展開すると同時に、ぶわりと神使が息をすった。
『なんであたしが担当なのよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
「うおっ」
「きゃあ!!」
バリバリと窓ガラスが震え、机と椅子が悲鳴をあげ、コップが割れる。結界はメンバーを守りきると同時に砕け散った。はあはあと肩で息をする神使の目の前には、目を瞬かせるオルカが立っている。
「……ええと?」
『神託を! 告げる! 心して聞きなさい!!
【神々は汝に役目を授けた。来たる魔王との戦いに赴く、勇者に尽くせ。汝は“選定者”にして“剪定者”。勇者を選定し力の芽吹きを助け、正しく勇者であるよう枝葉を剪定せよ】!!』
「……?」
『あああああああ鈍い! 鈍すぎる!!』
「神使様、発言をお許しいただきたい」
これ以上建物を壊されたらたまらんと、意を決して手をあげたのはトオテだ。
『……良い、許そう』
「ありがとうございます。オルカが授かりました神託は、恐れ多くもオルカが勇者を選び出し、その能力が正しく使われるよう教え導けと、その栄誉を与えられたのだと理解してよろしいのでしょうか!」
おお、と声をあげて手を打とうとしたオルカは、リーダーに羽交い締めにされ相方に口を塞がれた。
『そうだ! 神々は地上の命あるものらに選択の機会をお与えになった。ただし、この栄誉ある役目は、オルカのみに与えられたわけではない。各地で“選定者”は同じ神託を授けられた。今後は見出した芽吹き待つ勇者を教え導き、各々が切磋琢磨し、最も相応しい者のみが勇者となる』
「……かなり重要なお役目となりますが、なぜ、オルカが? 彼はたしかに悪人ではありませんが、徳を積んだ神官でも、勇猛果敢な英雄でもありませんが」
ぷるぷると、神使は再び震え出した。
『ええ、そうよ、そうなのよ。なんでよりにもよってあたしが担当なのよ! 将軍だったり神官だったり名のある英雄だったり王様だったり沢山いるのに』
「はぁ、じゃあつまり」
「オルカ?」
「おれは、その方たちとは違う何かで、誰かを選ばないといけないわけですか」
『……ようやく理解したわね。そうよ、これからひと月の間、あんたは素質のある相手と何回か出会うことになる。その中から選ぶの』
「ちなみに、選べなかったときは?」
『それだけよ。そこで、あんたが選ぶはずだった芽吹きを待つ者も脱落扱いになるだけ』
神使は腕を組むと、オルカをにらんで言った。
『せいぜい、しっかりと見極めることね。また折を見てくるわ』
光の柱が消える。倒れた机や椅子が、今の出来事が夢でないことを証明していた。
☆
この日ユファリリア皇国では三つの光の柱が確認され、すぐさま何が起きたかの確認がされた。一つは王城で、一つは神殿で、一つは王都近くの領地だった。それぞれ目の前に神使が現れ、国王、修道女、将軍に神託を授けている。
この日の時点では、“ぎるどのまち”で光の柱が立っていたことが見落とされている。“月の浮城”のある土地が、遠くから見ると縦に燐光を放ちながら浮いているように見えており、判別がつきにくかった事が理由とされる。また、他三つが国にとって主要な場所であったため、目撃されたとしても「まさかギルドで」と見間違い扱いをされていた。
何はともあれ、“白刃の舞い手”所属、テイマーであり剣士“星見の”オルカ。彼は間違いなく、ユファリリア皇国における“選定者”の一人として、神託を受けたのであった。
ジル・メンフィスは別シリーズに登場。時系列に直すと、勇者(育成中)の数百年後、“終わりの勇者”後にジル・メンフィスがいる時代になります。