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昔話。
十五年前 “名も無き墓の町”
その日、ミササギが家に帰ると、囲炉裏のそばにお客様がいた。一人は赤い髪の青年。傍らには槍を置いていて、その目は入ってきたミササギを射抜くように見ていた。
「ディー殿、娘です」
「ん、ああ。なんだ、遊び相手には困らねぇな」
ミササギの父親の言葉に、ディーと呼ばれた男がにかりと笑う。なぁ、とディーが呼びかけたのは、もう一人のお客様だ。黒い髪に、黒い目、黒を基調とした衣。どこか薄暗い雰囲気の、ミササギと同じくらいの歳の少年だった。
「ミササギ、座りなさい」
「はい、とうさま」
父の隣に座り、そこでミササギは少年が部屋の一番奥にいて、一番上等な敷物に座っている事に気がついた。そして、父親はミササギと同じく入り口に近い席にいる。この少年はどうやら、とても大事なお客様であるらしい。
「娘のミササギです。この子の上が、お迎えにあがった息子のミカゲになります」
「後継は御子息の方だな」
「はい。…ミササギ、ご挨拶を」
「ーー セキレイ殿」
少年が、父親を呼んだ。
「御息女は、墓の主の名をご存知ですか」
「……いいえ、成人前ですので」
墓。ミササギは内心で呟いた。ミササギの一族は、この町の高台にある墓を数百年守り続けてきた一族だ。墓には何も刻まれておらず、大人も一部の人しか墓の持ち主の名前を知らないらしい。ミササギは一族の当主であるセキレイの娘。次期当主は兄だが、おそらく兄の補佐を務める事になるため、成人した日に墓の持ち主の名前を知らされるだろうと誰もが言っていた。
「さきほどの話のとおりになさるなら、どうかそのまま、教えないでいただけますか」
「それは」
雲行きが一気に怪しくなり、ミササギは固唾をのんでいた。どうやら自分が帰るだいぶ前からお客様はいて、なにやら相談をしていたらしい。それがどうやら自分にも関わる。
「おいおい、本気か?」
「おれはもう自分の力量以上のものに関わりたくない。でも、ディーは一人はだめだという。なら」
「はー、強情だな、まったく。だが、仕方ないか。お前の好きなようにさせろって、ユリキタリサにも言われてるしな。なあ、ミササギ殿」
「は、はい」
「実はこいつ、ミササギ殿に預けたくてな」
「は、」
預けるとは、なんだ。
「わかるだろうが、セキレイ殿が慎重になる立場の人間だ。けどこいつ自身はもうそれにうんざりしている。けど、一人にしたらまずいし、セキレイ殿の立場的にも困った事になる」
「とうさまの、立場」
父親は、一族の当主だ。つまり、その立場に困ったことが起きるという事は。
「言うなよ」
「っはい」
墓の、関係者。それしか考えれない。だが、ディーは言うなと言う。よほど難しい事があったのだ。
「だから、詳しいことは伏せたままになるが、ミササギ殿に預けたい。別に護衛をしろってんじゃない、婚約者になるなんて事でもない。ただ、こいつが一人きりにならないように、人の輪の中に引っ張り込んで、なんとなく見守ってくれればそれでいい。こいつが一人前になったら、ミササギ殿の役目は終わりだ。一度オレが引き取りに行く」
「……あの」
「なんだ?」
「その、君は、それでいいの?」
いきなり話しかけられた少年が、目を丸くしていた。
「私は、今の話を聞いて、引き受けようと思った。でも君は男の子だろう? 私がそんなふうに関わって、嫌じゃないのか」
「……ミササギ殿こそ、こんな子守りみたいな仕事、嫌ではないの」
「得意だぞ、子守り」
「ミササギっ」
「……はは」
ディーが目を見開き、叱責しようとした父親が息を飲んだ。上座で白い顔をしていた少年が、くすくすと笑っている。どうやら大人は、その姿が信じられないようだった。
「おれ、長い付き合いになるんなら、ミササギ殿がいい」
「……そうか。よし、それで決まりだ。セキレイ殿、弟子入り先が決まるまで、こいつをお願いします」
「かしこまりました。必ず、お守りいたします」
「ミササギ殿、いきなりで悪いが、こいつごと従魔士のとこに弟子入りしてもらう事になる。住み慣れた町を離れる事になるから、覚悟してくれ」
「承知いたしました」
「で、いい加減にお前は名を名乗れ」
軽く頭を小突かれた少年が、居住まいを正して口を開く。
「おれはオルカ。“星見”のオルカ・エコー。これからよろしく。ミササギ殿」
昔話については不定期で投稿予定です。