歴史家の盲点①
番外編です。一区切りごとに一話投稿しようと思います。
語り部マルガリータの人生は、信仰心と神話を軸としている。近い身内に神官がいた彼女は、幼い頃から神殿を身近に感じ、いつしか語り部を目指すようになった。
セフィ神教の語り部の役目は、神話を語ること、そして神話を“見つけ出すこと”にある。勇者と魔王の戦いが続く伝承期以降の時代は、世界の荒廃によって昔からある魔法や魔術、言い伝え、文化が途切れることが度々あった。語り部達は各地の遺跡を訪ねては、失われた神話を探して回ったのだ。
マルガリータは十五で語り部に任命され、着実に昇級し中央神殿付きとなった。そして、その地で巡り合わせの神ジンテルゼルに仕える大神官、ジンと出会う。以降は語り部としてだけではなく、密使としても活躍をしたとされている。
☆
「なら、私と来たら良いのだわ」
自分の手より小さな手が、目の前に差し出される。微笑む少女が纏う衣装は、緑の外套に黒いスカート、黒い杖。暗い色彩の中で、赤い髪が鮮烈な光を放っているようだった。
「私は神殿の語り部、セフィ神の娘である女神ジンテルゼル様にお仕えする旅人。あなたがこの手をとってくれるのなら、どこまでだって手を引いていくのだわ。巡り合わせこそ、我が神のもたらす幸福に他ならないのだから」
神殿の語り部、神話を語る者。語ることで伝わるものがあると信じ歩き続け、時には宣教師よりも早く辺境へと至る者。
「私の提案はいかがかしら、“黒点”のカクロウ」
からくも追っ手から逃げ延びた、それでも傷だらけのカクロウは、自分の手を一度見下ろしてから、躊躇いがちにマルガリータの手に自分の手を重ねた。マルガリータはその手を握ると、満面の笑みを浮かべて歩き出した。目指す先はカガミ国内、セフィ神教中央神殿特別区。つまりは神々のお膝元。
マルガリータは新しい旅の始まりを予感して、迷いなく歩き出したものである。
カクロウが治りかけの傷をそのままに、姿を消したのは一ヶ月ほど後の事である。