来訪
人差し指を曲げて口元にそえる。それ越しに、ふうと息を矢に吹きかけると、ぼうと矢羽に炎が灯った。見ていたオルカは目を丸くして、手を打って喜んだ。
「魔法が使えるんだ」
「はい。魔法使いになれるほどではないんですけど」
アガサがオルカ達と過ごすようになってから、アガサは彼らの拠点で暮らしている。今日は大雨のため、武器の手入れをして過ごしていた。
「あまり本数は用意しないんですけど、あると便利なこともあるので」
「命中した時に発動するの?」
「はい。これは火で、こっちは氷です」
「ミササギの符とも違うんだよなぁ。楽しい」
オルカが矢羽を撫でて笑う。この人、本当に楽しいんだなと、アガサは思った。拠点にはカクロウとオルカも住んでいるが、オルカは本当に、ちょっとした事でも楽しそうにしている。大げさに喜ぶわけではなく、いつも機嫌がわりといい、というイメージだ。
「カクロウさんは不思議な術を使われてますよね」
「縮地とかねぇ。あれ、覚えようとした事あったんだけどできなかったよ」
「教えてくれたんですか?」
「うん。めっちゃくっちゃ後で方々から怒られた」
「え?」
なんでだろうねぇ、とオルカが首をかしげる。アガサもつられて首をかしげた。
「それにしても、来ないね」
「雨ですから」
☆
「……かえりたい」
「カクロウ、君しっかりしろ。帰るんだろうに」
「あははははははは。いやほんと、別人みたいになったのだわ黒点が!」
雨だった。オルカとアガサは拠点でゆっくりしている事だろう。自分も下手に出かけずに拠点の自室にいればよかった。後の祭りである。
「兎にも角にも、お久しぶりね。カクロウ」
「……ご無沙汰をしております、マルガリータ様」
マルガリータを迎えに行ったヤヒラだったが、雨に降られてしまったそうで、仕方なく酒場に入ったのだ。そこにまんまとカクロウとミササギも入ってしまったというわけである。
「なんだ、知り合いか」
「会わないように出かけたはずだったんだが、巡り合わせというものだね。カクロウ、もう一緒に行こう」
「あら、ぜひそうしてほしいのだわ!」
「うわあああああああ……」
「だって、気になっていたのよ? 貴方がああいう生活と決別する、きっかけになった人達ですもの。オルカ・エコーはどんな方なのか知りたいのだわ」
思い出すと頭を抱えたくなる過去が山ほどあるが、カクロウはその中でもマルガリータとの記憶が一番気まずい。その、奇妙な後ろめたさのある彼女に面と向かって言われては、もうどうしようもないなかった。
「……ミササギ、いいか?」
「勿論だとも」
「話はまとまったか。ならば、雨が止んだら出るぞ」
酒場の小さな窓から外を見る。空が少しずつ明るくなっていた。
魔術と魔法の話については次回あたりに。