修道女、“ぎるどのまち”に
修道女タチアナは、ユファリリア神殿で生まれ育った娘である。生まれてすぐに神殿より迎えが来て、そのまま親の顔を覚える前に引き取られた。彼女の両目の中には癒しの神レアが垂らした霊薬の効能があり、見つめて祈ることで対象を癒す力がある。それを悪用されないようにとの措置だった。
幼少期から神殿で教育を受け、力と向き合い、タチアナはいつしか聖女と人々から呼ばれるようになった。年こそまだ二十代だが、神殿内の発言力もある。しかしタチアナは、そうやって向き合い、信じて来た自分の“家”を、“選定者”に選ばれてから始めて疑った。
『この中から“芽吹き待つ勇者”を選びなさい』
ユファリリア神殿の上層部が選んだ者を、勇者候補として指名せよと指示される。いつの間にか訪れるセフィ神教の信徒達と関わる機会が減らされて、来る日も来る日も選ぶことを促される。相手がユファリリア神殿に関わる有力者の縁者だということは早々にわかった。
「……残り、十日」
マルガリータがもたらした許可証は、中央神殿の大神官達のみが発行できるものだ。神職者個人の意思で、自由に動くことが許された証。これを見せられればどの神殿もその神職者を止められない。タチアナは荷物をまとめ、翌日には“ぎるどのまち”に到着した。
市内に入ると、修道服姿のタチアナが珍しいようで、視線を感じた。“ぎるどのまち”には神殿や教会がない。そもそも、この市はかつてユファリリア神殿が拠点としていた場所だった。とある騒動をきっかけに放棄され、荒れ果てていたところをギルドが集まって再建したのだ。
“白刃の舞い手”の集会場に入り、受付で目を丸くしている女子職員に声をかけた。
「あの、護衛の依頼をしたいのですが」
「……失礼ですが、後ろの方は護衛の方なのではありませんか?」
ちらりと後ろを見て、扉の横に神殿騎士が立っている事を確認する。神官長がつけたのだろう。
「わたくしが、個人的に雇いたいのです」
「では、こちらに」
「悪いがうちでは受けられん。他を当たってくれ、霊薬の修道女殿」
「ギルドマスター」
職員が驚いたように割って入って来た男を呼んだ。
「なぜですか」
「あんたが“選定者”だって事は知っている。勇者候補の選定がまだなのもな。大方それで神殿ともめているんだろう。違うか」
「……外に出る必要があっただけです」
「護衛がいるのに護衛を依頼する。もめて出たから無理矢理つけられたんだろう」
「ですから、お願いしたいのです」
「断る。こちらは一介のギルドだ。国や神殿と渡り合えるような後ろ盾はない。あんたを誑かしただのと難癖つけられたら、どうなると思う」
「……っ」
残念ながら、そうなったらこのギルドは追い込まれるだろう。
「どうしても護衛を雇いたいなら、“大宴会”に言ってくれ」
「……“大宴会”?」
「冒険者のギルドだ。護衛も受け付けている。……勇者アウロの裔やら怪人、なんならどこぞの貴族もいる。うちよりあんたを守れるだろう」
小声で付け足されて、思わず男の顔を見つめた。しかめ面だが、目の奥が申し訳なさそうに揺れている。
「……ならば、そちらへ行ってみます。ご忠告に感謝を」
「悪いな。それにしても、なんで真っ先にうちに来た」
「それはその、マルガリータ殿と懇意とお聞きしたものですから」
「あんのガキ、何でもかんでもうちに回すなってんだ」
どうやら、タチアナが想像していた親密さとは少し違う関係らしい。何はともあれ、行き先は決まった。タチアナはもう一度礼を述べて、神殿騎士は無視して“白刃の舞い手”を出た。
☆
「聖女様が来た?」
「マルガリータのやつの仕業だ。ったく、面倒見るなら最後まで見ろってんだよ」
ギルドマスターの執務室に呼ばれたオルカは、タチアナ来訪の話を聞いて目を瞬かせた。
「残り十日で、見つかると良いけれど」
「お前は自分とアガサの心配をしろ、オルカ。“大宴会”は聖女の依頼を受けた。で、浮島に家を借りさせて拠点にしてる。同じ市にいるんだぞ」
「あー…目撃されたら、バレますね」
“選定者”の視界は、勇者候補を選ぶまでは、候補に繋がる光の筋が複数見えている。これは一筋だけ見えているわけではなく、可能性があるものの数だけ見えている。誰か一人を選ぶと、光の筋として見えるのは自分が選んだ候補のもの一つになるが、他の可能性を持つ者は額に光の輪が見えている。
そして、“選定者”は、首に光の輪が見えるのだ。
「バレるか、やっぱり」
「この間は会場が広かったので、気がつかれませんでしたけど、目の前にいたらバレますね」
「隠せないのか、礼の輪っかとやら。アガサの光の筋もあるだろ」
「ヤヒラさんがマルガリータさんならどうにかできるかもって」
「結局あいつを巻き込むことになるのか!」
「すぐ会えるよう、ヤヒラさんが明後日連れてくるそうです」
「なんかの拍子に名前が出ると最終的に出てくる! カクロウどうすんだ!?」
「ミササギと依頼受けて出かけるって言ってました」
マルガリータが来ると知った時のカクロウの顔は見ものだったが、会いたくない理由はわかるし仕方ない。ちなみにカクロウはマルガリータが嫌いとか憎いとかそういう事ではなく、いわゆる会わせる顔がないというやつである。マルガリータは気にしていないが、カクロウは恩を仇で返したと酒が入りすぎると嘆いている。
「場所は?」
「こちらかりられますか。おれたちの拠点だとカクロウが帰ってこなくなりそうで」
「わかった」
「ところで、“大宴会”は誰を護衛にしたんですか?」
ああ、とトオテが答えた。
「勇者アウロの裔と、お供の怪人、浮島の砂魔術師だな」
「手を出したら粉微塵…」
マルガリータとカクロウのお話はいずれまた。
ちなみにトオテさんは依頼で知り合ってから散々振り回されています。