序
その昔、まだ神界と魔界と地上とが地続きであった頃のこと。神界側に属する神々と、魔界側に属する魔神達との戦いは、地上の命あるもの全てを巻き込んでいた。
終わりの見えない、泥濘みにはまったかのような戦いは、神界の最高神と魔界の頭目との“話し合い”の場が設けられたことで転換期を迎えた。
双方が同じ席に着くことに尽力し、その後の戦いの『方法』まで話を進めることに成功したのは、当時まだ一つしかなかった国の王であったと語られるが、史実においては聖職者とも言われている。
神界と魔界とは地上と切り離され、地上には命のあるものが満ち溢れることとなって、百年。
戦いは、別の形で再開された。
神界が選出した代理人を【勇者】と呼称。ヒトもしくは亜人から選ばれ、仲間を率いて戦いに赴く。
魔界が選出した代理人を【魔王】と呼称。魔人もしくは魔物から選ばれ、国を興し戦いを起こす。
百年に一度行われる、神界と魔界の代理戦争。勝敗によって地上のありようが左右され、また次の百年を待つ。
いつの間にか地上ではなぜ魔王が生まれるのか、なぜ勇者がどの時代にも現れるのか、その意味は忘れられて、ただその恐怖に備えるだけになった。
それが、この世界【ミルホ】における、勇者と魔王の形である。
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春告げの時代
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その日は珍しく、どの場所においても平和であると表現ができる日だった。大きな事件事故はなく、睨み合いの続く戦場はすでに停戦となって数年、片隅で誰かが悲しんでいたとしても、大通りでは誰もが晴天を見上げて目を細める。そんな日だった。
突如、各地で光の柱が立つまでは。
光の柱は、神界からの使者が【神々のお告げ】を授けるため地上に降りてきた時に起こるとされる現象である。それが、同時に世界各地で発現した。城や教会、港、森、民家等々、聖職者達は大慌てで確認に走ったと言う。
各地に現れた神界の使者は、目の前にいるヒト、もしくは亜人に告げた。
【神々は汝に役目を授けた。来たる魔王との戦いに赴く、勇者に尽くせ。汝は“選定者”にして“剪定者”。勇者を選定し力の芽吹きを助け、正しく勇者であるよう枝葉を剪定せよ】
勇者伝説としてまとめられる、始まりの勇者から終わりの勇者まで、十数人。
その中で一度だけ行われた“選定者/剪定者”による勇者の選定/剪定、地上の命あるものの意思が強く反映された勇者選抜。
これは、後に“春告げる勇者”と呼ばれる勇者が、勇者となるまでの前日譚である。
お付き合いいただければ幸いです。