7-14. 喧嘩
根拠も理由も無く只の勘で『そろそろ階段があるだろう』と言い、皆に希望を与えてしまったシン。
また、それに賛同したダン。
この2人に機嫌の悪い強羅が噛み付いた。
……ヤバい、このままだと喧嘩一直線だ。
「どうして只の勘なんかをそんなに信じられるんだよ。教えろ!」
「それはだな……シンが物事を『只の勘』で言う事は滅多に無いが、代わりに『只の勘』で言った事はまず外れねえ」
「ハァ!? そ、そんなのきっと偶然だろ! そんな事、俺は信じられねえ!」
「でも、俺はこの目で何度も見た。耳で聞いた。シンの勘は当たるんだよ」
「そんな事、今なら幾らでも言えるだろ! それこそ、証拠がねえ! 俺が今朝初めて会った人の言った事、しかも勘で言った事なんて信じられるか! 適当な事言うんじゃねえ————
「ううん、ダンの言う事は正しい、って私も思ってるよ」
そこに割って入るコース。
あんなヒートアップした強羅に立ち向かうなんて、普段の僕じゃ出来ないよ。
「何だよ! コース、だったっけか? オメェもそんな事言うのかよ! …………あぁ、アレだな。シン、コース、ダン、オメェらグルになって庇い合ってんだな?」
そして、強羅は一瞬の沈黙の後、蔑む目で学生達を見下す。
「オメェらはこっちの世界の奴らなんだもんな。勇者でもねえんだもんな。シンだけがこのグループから仲間外れにされちゃ、可哀想だもんなぁ?」
そして、強羅の学生達を馬鹿にするような発言。
これを聞いた瞬間、僕の中で怒りの感情が湧き出した。
————はぁ?
————どういう事だ、強羅。
「仲良しゴッコは良いけどよお、そうやって嘘言って俺達の邪魔したり、邪魔者を庇うんならこのグループから出てけ!!」
「オイ強羅お前黙れ!!!」
シンを邪魔者扱いした。
コースとダンを邪魔者の味方みたいな扱いをした。
その瞬間、僕の頭の中で何かが吹っ切れた。
ヒートアップした強羅への恐怖心も飛んでしまったようで、無意識に叫んでいた。
「んだよ数原! オメェも奴らを庇うのか!?」
「あぁ庇うさ! まだシンの言った事が嘘かどうかも分かってねぇし、それにアイツらは僕の学生だ!」
「だから何だってんだよ!」
「強羅がシンの何を知ってて『只の勘』を否定したよ?! シンの『只の勘』は根拠は無い、だけどよく当たる。そう言ったのは、学生達に会って初日のお前じゃなく、同じ村で育った幼馴染のダンとコースだぞ! 10年以上一緒に居て、そう言ってるんだよ!」
「知るかよ! 勘が何でもかんでも当たりゃ、そう苦労しね————
「じゃあお前は、シンの勘を否定するんだな?!」
「そうだよ! だから何だ!」
「それじゃあ、次の道に下り階段があれば、お前は学生達に謝れ。彼らを邪魔者とか、邪魔者庇いとかって言った事を。代わりに行き止まりだったら、僕とシンが皆に要らぬ希望を与えた事、皆に謝ってやる」
よくも学生達に色々と言ってくれたな。
中々探索が進まなくて機嫌悪いからって、学生達を馬鹿にする事はマジで許さん。
「…………分ぁったよ」
なんとか強羅を抑えられたようだ。
少しは彼の頭も冷えただろう。
……ハァ、ハァ……ふぅ。
彼の頭を冷やしたのには成功したが、代わりに僕の頭がだいぶ加熱しちまったな。
落ち着け、落ち着け僕……。
「拳児、落ち着いたか? よく聞いてくれ。シン君が階段を隠したり崩したりしたのではあるまい。迷宮を歩き回れば、いずれは下り階段が見つかるんだ。勘で話しただけで、拳児がそこまで怒ることは無いだろう」
「……お、おう勇太」
「まずは探索だ。喧嘩をしてても階段は見つからないし、それにシン君の勘が当たったのかどうかも分かるだろう?」
「……おう」
言い争いが終わった後、神谷が強羅を説得する。
良かった。話を横から聞いていると、強羅は完全に落ち着いたようだな。
……ふぅ、僕も落ち着いた。
そういえば、あんなに怒ったのも大分久しぶりだったな。
あぁ、そうだ。皆の和を乱しちゃった事、しっかり謝らねば。
「皆、ごめん。僕も少し頭に血が上っちゃっていたよ」
「数原くんが本気で怒るとこ、初めて見たよ……」
「俺も。普段の計介くんの優しそうな印象に対して、キレると結構怖いんだな……」
「私、もう絶対先生を怒らせないようにしよーっと」
「…………そっすか」
皆、僕のキレた姿を見てドン引きしてんじゃんか。
「先生、わざわざ面倒をお掛けしてまで僕達を庇ってくれて、ありがとうございます」
シンが眉を八の字にしながら、そう言いに来る。
お前は本当に真面目だな。
「気にすんな、シン。お前達は僕が先生として守ってやるから、お前はお前のやりたいようにすれば良いさ。ところで、シンの勘が冴えてるって僕も初めて聞いたんだけど」
「あぁ、それ! 私たちがトリグ村にいた時から、シンが予言みたいなことしてたんだよねー!」
「そうだな。しかも毎回『只の勘ですよ』って言ってる割に、必ず当たっちまうんだよな」
へー。
シンは真面目であるが故にか、基本的に話す事は適当を言わない。冗談はともかく嘘を言う事はまず無く、推測にしても明らかな根拠がある上で話すからな。
だが、そんなシンが唯一根拠も無く言うのが『勘』なのか。
コースとダンをもしてあのように言わしめる勘の精度、果たしてどれくらい当たるのだろうか。
お手並み拝見といこう。
「じゃあ、探索再開しようか」
なんとか喧嘩もひと段落ついたところで、探索が再開された。
行き止まりの道を引き返し、元の分岐に到着。
そこから右の道に進む。
のだが、暫く静かな時間が場を支配していた。
「……」
シンは『只の勘』とはいえ、根拠も無くメンバーを期待させてしまった責任を感じているのだろうか、黙って歩いている。
頭も少し俯き目だ。
「……」
強羅も黙って歩いている。
気まずいからだろうか、シンから一番遠い最後尾に移って来ている。
さっきまではシンと神谷の直ぐ後ろに居たのにな。
「「「「「……」」」」」
他のメンバーも喧嘩直後にそう易々と喋る度胸は無いようで、まるでお通夜状態だ。
「あぁー、お腹減ったー……」
但し、コースを除く。
……ま、まぁ、コースはブチギレ強羅にも物申しちゃう程のメンタルの持ち主だからな。
こんな静寂、コースにとっちゃ何でもないんだろう。
「(……コースちゃん、もう少ししたら一緒にご飯食べよ、ね?)」
「うん! 一緒に食べよー!」
まぁ、そんな感じで静寂とコースが場を支配する時間が暫く続いていたのだが、ついにそれも終わりを迎える。
分岐を右に進んだ道の先が見えて来た。
今まで真っ暗にしか見えなかった道の先に、可合の光の球で何かが照らし出されたのだ。
「カミヤさん、先に何か見えてきました!」
「応、シン君。私の目にも何かが見えて来た所だ!」
「この先に、一体何があるのでしょうか……」
この先にあるものは……
下り階段か。
行き止まりか。
それとも、再び分岐があったのか。
無意識に、神谷とシンの歩調が速くなる。
それにつられ、僕含め他のメンバーも2人を走って追いかける。
そして、道の先に到達する。
一足先に着いた神谷とシンが思わず声を上げる。
「おぉ! これは……!」
「下り階段だ……! やったぞ、シン君、皆!」
そこにあったのは、1層目から2層目へと続く階段だった。
「ッシャーーー!」
「ゥオオオオオォォォ!」
「はぁ、良かった!」
「ヤッターー!」
「やったね、計介くん!」
「おぅ!」
皆、思い思いに歓声を上げていた。
ちなみにこの後、僕達の大歓声に驚いた頭上のケーブバット達が一斉に乱れ飛び始めたのは別の話。
 




