7-12. 迷路
「ゴーホッゴホッゴホッ……」
「ゲフッゲフッ……」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「死ぬかと思ったー……」
「ゲプッ、水たくさん飲んじまった」
フゥ、危うく味方の魔法で溺れる所だった……。
大波にのまれてケーブバットと共に流された僕らは、魔法の効果が切れるまでしばらく迷宮内を流されていた。
そして現在は、皆全身ずぶ濡れになりヘトヘトになっていた。
周りには、同じく波にのまれた大量のケーブバットが目を回していた。
あぁー、僕ももうクタクタなんだが、とりあえずメンバーの無事を確認せねば。
さて、全員大丈夫かな。
「おーい、学生トリオ、幼馴染トリオ、盾本、皆大丈夫か?」
「「「はい先生!」」」
学生トリオよし。
「数原君、幼馴染トリオが私と美優、拳児を指すのであれば、3人とも無事だ。というか、その野暮な呼称は一体何なんだい?」
幼馴染トリオよし。
ちなみに、以降僕は神谷達の3人を纏めてそう呼びます。
神谷が『ダサい』だの『止めろ』だの言っても異論は受け付けません。
「計介くん、僕もなんとか生きてるよ」
盾本よし。
オッケー、誰も溺れたり逸れたりしていないようだ。
「全員無事だな」
さて、皆揃って全身ずぶ濡れになってしまったが、気を取り直して探索に戻ろう。
「よし、じゃあ迷宮を進もう」
って思ったんだが。
「先生、道が……」
ダンにそう言われ、洞窟の先を見ると。
「どっちだろうー……」
「分かれ道ですかね……」
「ついに来たか……」
洞窟が左右に二股に分かれていた。
ついに始まった。
合宿前にもプロポートさんが言っていた、『通路が迷路のように複雑に広がっている』っていうヤツだ。
「数原くん、ここからが団長さんの言っていた迷路?」
「うん、多分そうだろうな……」
はぁ…………迷路ね。
迷路かー……あぁー嫌だ。やりたくない。
これだけはどうしても苦手なんだよなー。
「迷路? こんなん適当に歩き回ってりゃ、下り階段くらい見つかるだろ」
「拳児、それは悪手だ。迷路自体の広さがそれなりであればともかく、今は迷路の規模が全く分からない。それこそ、草原並みに広い可能性も無くは無い」
「そ、そうだな……。確かに、勇太の言う通りだぜ」
「それではカミヤさん、迷宮のマッピングをするのは如何でしょうか?」
「マッピング……あぁ、地図を作るのか。そうだ、そうしよう、シン君!」
お、神谷とシンが洞窟のマッピングをしてくれるようだ。
これは助かる。
「はい! 一緒に地図、作りましょう!」
「応! 宜しく、シン君! ……だが、地図を作る紙が無い。シン君は何か持っているかい?」
「あぁ、すみません、私も持ち合わせていません……」
あぁ、紙か。普段から計算用に使ってる紙とペンなら沢山あるぞ。
……この流れ、紙とペンを貸してあげれば神谷が勝手に地図を作ってくれそうだな。
よし。僕、迷路嫌だし、あわよくば彼にお任せしちゃおう。
「神谷、紙とペンならあるぞ。…………はいコレ」
「おぉ! 数原君、助かるよ! 準備がいいな」
「カミヤさん、これでマッピングの準備はオッケーですね!」
「あぁ! よし、完成させてやるぞ! 迷宮の全層地図!」
違います。
迷宮の地図をコンプリートさせるのがゴールじゃないからね。
飽くまでも地図を作るのは下り階段を見つけて最下層を目指す手段に過ぎないって事、忘れないでよ?
まぁとにかく、神谷とシンがやる気になってくれた。
これで僕は迷路の中では神谷とシンの背中を見て歩くだけで良いんだな。
そして、紙とペンを手にした2人を先頭にして、僕達のグループは迷宮探検を始めた。
ハァ……
しかし、迷路ね……懐かしい。アレももう10年以上前になるのか。
僕がまだ小学校、それも低学年だった時、両親と弟、僕の4人で栃木の温泉へ家族旅行に行ったんだよね。
で、2泊3日の2日目、僕達は温泉宿の近くにあったレジャーランドに行ってパターゴルフをやった。
結果としては父が快勝だったが、その日の僕はミラクルショットも幾つかあり、とてもご機嫌だった。
で、パターゴルフを楽しんだ後、園内をぶらついていた時。
『あー、さっきのお父さんのホールインワン、ちょーすごかったねー!』
『フフン、凄いだろう? 計介も沢山練習すれば、出来るようになるぞ』
『うん! ……ん? お父さん、なにアレ?』
『アレか? えーっと……巨大迷路、って書いてあるな』
『きょだい、メイロ? メイロって、あの学校でやった————
『そう。先週、計介が小学校のプリントでやったやつよ。アレの大きいバージョンが巨大迷路ね』
『おー、おもしろそう! いこう、お父さん、お母さん!』
『よし、やるか!』
そして、僕らは巨大迷路に挑戦することになった。
巨大迷路の壁は2メートル以上あり、近づいて見るととても高かった。
当時の僕にはその圧迫感から少し恐怖を覚えもしたが、それ以上に『巨大迷路』への好奇心に惹かれていた。
『お、おっきい……ボクがこの中に入って、スタートからゴールまであるいていけばいいの?』
『そうだ。行けるか計介?』
『うん!』
あの時はドキドキワクワクだった。
絶対ゴールまで到達してやる、そう思ってたな。
『えーと……参加資格は小学生以上ね。まだ量介は幼稚園だから、アタシと一緒に入ればオッケーね』
『じゃあ、ボクは一人で入れるの?』
『そうだな。計介は小1だから、一人でオッケーだ。一人で行けるか?』
『うん! お父さんといなくても一人でゴールできるもん!』
『ハハッ、良い返事だ。元気で宜しい!』
『ボク、お父さんより早くゴールするよ!』
『お、言ったな。じゃあ、お父さんと競争するか? 僕と計介、どっちが先にゴール出来るかな?』
『ボクだ!』
『じゃあ、アタシも入れて貰おうかしら。計介対お父さん対アタシ&量介。誰が一番先にゴール出来るかな?』
『うん! それじゃ、お父さん、お母さん、量介、いくよ! よーい……ドンッ!』
僕の掛け声と共に、僕・父・母&量介が迷路へと足を踏み入れた。
まぁ、結果としては僕の惨敗だったな。
目安時間30分で、父は記録24分、次いで母&量介が35分、そして僕が1時間18分だった。
僕だけ異常に遅かったその理由は『同じ行き止まりを何度も何度もグルグルしていたから』。
迷路の中に十字路があり、僕はそこを中心にずっとウロウロしていた。
実はこの十字路、左も右も直進も全て行き止まりに繋がるという仕掛け。この十字路を通ると決してゴールには辿り着かない。という事で正しいルートはこの十字路自体から引き返さないといけないのだが、当時の僕は『引き返す』という手段を決して選ばず、左・右・直進・左……の永遠ループを繰り返していたのだ。
左の道は行き止まり。
右の道も行き止まり。
直進の道も行き止まり。
おかしい、じゃあもう一回左の道だ。きっと何か見逃した物があるはずだ。
……という具合でドツボに嵌ってしまっていた。
その時は、異空間にでも繋がってるんじゃないのって冗談で思ってた時もあったな。
今じゃココは異世界だけどさ。
『遅かったな、計介。何かあったのか?』
『……ううん、迷ってた』
『ハハハッ、そうかそうか。でも、良く頑張ったな。お父さんやお母さんの力を頼らず、計介自身の力だけでゴールしたんだ。偉いぞ』
『……ん』
父に頭を撫でられる。
普段は嬉しいんだけど、この時は撫でられても褒められてもあまり嬉しくなかったな。
小学校のプリントでやったあの迷路は簡単ですぐ解けたのに、巨大迷路には惨敗した。
自信満々だった当時の僕には、かなりのショックだった。
それ以降、迷路を見るとつい『やりたくないなー』という感情になっちゃうんだよね……。
「んっ? この先も行き止まりだな、シン君」
「はい、分かりました。えーっと、ココが行き止まり……っと」
「という事は、先程の交差点は左でなく右だったんだな」
「そうですね。……皆さん、さっきの丁字まで引き返して下さい!」
なんて昔の事を思い出しつつ、神谷とシンの背中を追って迷宮を歩く。
迷宮1層のマッピングは順調に進んでいた。
下り階段ももうじき見つかるだろう。




