7-8. 懸念
「合宿、楽しみだねー!」
「あぁ。俺らも迷宮には初めて入るからな」
僕らはテイラーを出発し、戦士と魔術師の勇者達と一緒に北へと伸びる道を歩いていた。
出発してから1時間経った今では、まだまだ皆元気だ。
そこかしこで同級生達が歩きながら談笑している。
うちの学生達も色々お喋りしているな。
「迷宮楽しみですが、少し緊張もしますね……」
3人の話に耳を傾けてみると、シンがいつもより少し固い表情でそう言っている所だった。
なんだ、シンは緊張してるのか。
「まぁ、なんとかなるだろ、シン。付き添いのベテラン戦士や魔術師さんも居るんだし、心配する事は無いと思うぞ」
「……そ、そうですね。ありがとうございます、先生。気楽に行きましょう!」
そうそう。それで良いんだ。
緊張すると身体の動きも固くなっちゃうもんな。
シンはもう少しダンの胆力や、コースの緊張知らずの心を学ぶと良いと思うよ。
「なぁ数原君、少し良いかい?」
シンの顔に笑顔が戻って来たところで、僕の前に居た神谷から声を掛けられる。
「おぅ。どうした神谷?」
「彼らはこの世界の人々なのか?」
「あぁ、そうだよ。この世界で出会った人間だ。生まれも育ちもこの世界だよ」
「やはり、そうなのか……」
というか、日本から来たのは僕ら同級生だけじゃんか。見れば分かるでしょ。
「いや、この世界にはこんなにも優しい人が居るんだな、と思ってな。独りだった数原君と共に居てくれる人が————
「いや、ちょっと違うから」
あぁ、ダメだ。
神谷の暴走、まだ止まってなかったんかい。
それと僕がボッチだったみたいに言うな。
「学生達が一緒に居るのは、僕が独りだったからじゃない、多分。学生達も言ってたけど、彼らが僕と一緒に居るのは、僕が僕だからかな。彼らは僕が無様ながらも独りで狩りをしていたのを見て、『僕の狩りを、僕の生き様を学びたい』って言って付いて来た。まぁ、果たしてこんな僕のどこを見て生き様を学びたいって思ったのかは知らないけど」
「そ、そうだったのか。てっきり君が独りだったから一緒に居てくれていたのかと思っていたよ」
失礼な。
そんな『独り』だの『孤独』だのを強調しないでくれ。
こっちはこっちでそれなりに楽しんで頑張ってたんだよ。ソロでの狩りもそれなりに出来てたし。
「まぁ、仲間も出来たし『配属先も先輩も居なかった』事についてはもう大丈夫だから。神谷の心配は有難いけど」
「そうだな。君がそう言ってくれるのであれば」
よし、神谷が納得した。
これでもう暴走する事は無いだろう。
はい、じゃあこの話終了。
「ところで、神谷達は今までどんな事をしていたんだ?」
「ん? 私達か?」
話が一段落付いたところで、次は僕から質問だ。
今朝の出発直前、プロポートさんは『今まではステータスの強化を中心に鍛錬していた』って言ってたけど、どんな修行をしていたんだろうか。
「私達は、先程団長も仰っていたようにステータスの強化だ。筋力トレーニングを行ってATK及びDEFを上昇、それと拳児の言う『パワーなんたら』によってLvの上昇を行っていたよ」
『パワーなんたら』ね……。
Lvの上昇を行う、つまり経験値稼ぎって事は……『パワーレベリング』だな。
「それってパワーレベリング、か?」
「そう、ソレだ! 騎士団の先輩方が魔物にダメージを与え、動けなくなった奴らを私達が倒す。そしてそしてLvを稼ぐという方法だった。これを拳児は『パワーレベリング』と呼んでいたな」
確かにソノモノだな。
「で、神谷の今のLvはどのくらいなんだ?」
「あぁ、それはだな……【状態確認】」
ピッ
神谷の前に青く透明の板が現れる。
「これだ」
「おぅ、ちょっと拝見……」
神谷のステータスプレートを横から覗かせてもらう。
「…………マジすか!?」
===Status========
神谷勇太 17歳 男 Lv.7
職:剣術戦士 状態:普通
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あー。これは凄い。
ステータス欄の上の方しか見なかったけど、『Lv.7』っていう表示を見た時点で察した。
コレは凄い。
まだ異世界転移して1ヶ月だぞ。
「……僕、まだLv.4なんすけど」
「…………そうか」
僕と神谷の間に微妙な空気が出来る。
「だが、私は心配な点も幾つかある」
「何だ?」
真面目で完璧な神谷にも心配事があるのか。
一体なんだろう?
「先程、数原君は『独りで狩りをしていた』と言っていたが、私が危惧しているのは正にそれなんだ。私達はLvやステータスこそ上がれど、『実戦経験』は無に等しい。魔物を倒したと言っても、動かない魔物に致命傷を与えただけだ。そんな物は経験とは言えない」
神谷が少し俯く。
「あぁー、成程ね。確かに」
「その点、君はステータスこそ低けれど私達よりは実戦経験を良く積んでいるだろう。それこそ、比にならないほどに」
ステータスは残念だが実戦経験の豊富な僕。
ステータスは十分だが実戦経験の皆無な彼。
正に正反対だな。
すると、少し間を置いた後に神谷は顔を上げ、僕を真っ直ぐ見つめる。
チャッと銀縁の眼鏡を人差し指で上げて、こう言った。
「……その点については、私は数原君を羨んでいるよ。だから、私はこの合宿で沢山実戦経験を積み、懸念事項である実戦経験の無さを解消したい。そして数原君、君に追い付きたいと考えているよ」
神谷の熱い宣言を聞いてしまった。
クラスの中では何事においても常にトップだった神谷。そんな彼の口から『誰かに追い付きたい』って聞いたのは初めてだ。
しかもそのターゲットが僕だなんて……
なんだか烏滸がましいな。
だが、そんな神谷が本気の顔でそう言うのだ。
僕も気を抜いちゃいられないな。
「……神谷にそんな事言われちゃ、僕も負けらんないな」
「ハハハッ。数原君、私だって負けないさ。一緒に頑張ろう!」
「おぅ!」
神谷はなんでも完璧だと思っていたが、人間である以上、そんな事は無い。彼にも彼の悩みはあるんだなって思った。
でも、神谷の話を聞いたお陰で僕も俄然やる気が出てきたな。
さて、僕らの目的地である迷宮まではあと徒歩5時間くらいだ。
まだ距離はあるが、やる気が漲ってきた。
合宿頑張ろう!




