7-4. 風車
活動報告でもお知らせ致しましたが、昨日・8月23日、累計1万PVを超えました。
これも『数学者』をご愛読頂いている皆様のお陰です!
これからもよろしくお願い致します!
目が覚めた。
「っんんーっ!」
ベッドで横になりつつ両腕を挙げ、全身で伸びる。
フゥー、かなり寝たな。
この感覚だけで分かる『良く寝た』という気持ち良さ、それと『寝すぎちゃったか』という背徳感。
この気分も久し振りだ。
さて、少し頭も回ってきた所で部屋を見回す。
照明用の器具を消しているので、部屋は真っ暗だ。
時計も暗くて見えない。
しかし、カーテンの端から少し陽が入っているのが見える。
「ぃしょっと」
軽い掛け声と共にベッドから立ち上がる。
ベッドへと向かい、カーテンを開く。
シャーッ……
「うぉっ」
勢い良くカーテンを開くと、オレンジ色の陽の光が僕の部屋を満たす。
そして突然の眩しさに目が眩んでしまった。
まだ少し寝ぼけていたからか、油断していたな。
チカチカも収まり、目が明るさに慣れてくると街の様子が見えてきた。
そこには肉や野菜を入れた籠を持った女性や、空っぽになった馬車、そして談笑しつつどこかへ歩いていく冒険者の男達。
建物の煙突からは煙が立ち上る。
そして街全体はだいぶ傾いた夕日に照らされている。
「あれ……もう夕方?」
振り向いて部屋の壁に掛けてある時計を見る。
6時5分。
……え、夕方の6時5分!?
いやいやいやいや、見間違いだろ。
目をこすってもう一度時計を見る。
6時5分。
えー、マジか。
昨日は手紙を読んだ後に夕食をとって、久し振りの風呂を楽しんで、夜9時頃には寝たので……
睡眠時間、21時間かい(【加法術Ⅲ】利用: 3 + 18 = 21 )。
数原計介の最長睡眠時間、更新しました。
今まででこんなに長く寝たことは無い。
というか、ある程度寝ると目が覚めちゃうもんな。寝ることが逆に面倒になる。
さて、じゃあ何をしようかなー……
陽の光が入り、明るくなった部屋を改めて見回す。
「あ……」
すると、机の上に置かれたサンドイッチと瓶入りの野菜ジュースが目に入る。
やべっ。朝食の時にカフェでモーニング気分を味わう計画が。折角昨晩買っておいたのに。
完全に寝過ごしてしまったな。
まぁ、21時間も寝続けられたって事は、それだけ疲れも溜まってたんだろ――――
グゥゥゥゥー……
おおぅ、盛大に腹が鳴った。
そうだな。カフェ気分は今からでも遅くないだろう。
サンドイッチと野菜ジュースを持ち、ベランダへのドアを開ける。
ドアを開けてベランダに出ると、その瞬間に感じる風。
陽が暮れた後の涼しい風が全身を包み込み、気持ちが良い。
またテイラーより外、草原から吹いてきた風は草の匂いを運び、このキュースー荘のベランダでもうっすらと爽やかな草の香りを感じられる。
さて、椅子に座ってサンドイッチと野菜ジュースを机に置き、目を瞑って少しヨーロッパ辺りのカフェのテラスをイメージ。
そしてサンドイッチを頬張り、野菜ジュースを飲む。
いやぁー、美味い。そして気持ちが良い。
まるで海外旅行でもしているような気分だ。
「ごちそうさまでした」
さて、サンドイッチも食べ終わった。
サイコーだね。
サンドイッチを包んでいた紙と野菜ジュースの瓶を持って部屋に入り、机の上に戻しておく。
さて、それじゃあ……
「二度寝だ!」
ベッドダイブ。
そして数秒後には、僕は再び意識を落とした。
そして翌日、朝8時。
自由行動の2日目だ。
「皆、おはよう」
「「「おはようございます!」」」
「昨日はゆっくり出来たかい?」
「はい!」
「スッキリだよー!」
「疲れはだいぶ取れたな」
僕達は皆でキュースー荘のロビーに集まっていた。
「さて、今日は何をしようかな――――
「ハイハーイッ!」
何をしようか考えていると、コースが凄い勢いで手を挙げる。
突然だったから少し驚いたぞ。
「はい、コース」
「観光したいでーす!」
「良いですね。僕も賛成です」
「俺も、あの風車を近くで見てみたいぜ」
観光で満場一致か。
まぁ、僕もあの風車に行ってみたいなって思ってたし。
あの風車とか、上に登れるのかな?
「よし、じゃあ今日は観光にするか」
「ヤッター!」
「おや、観光に行くのかい?」
すると、カウンターから声が掛かった。
キュースー荘の主人だ。
「はい! 行ってきまーす!」
「そうかい。それなら、西門の近くにある風車に行きなさい。あそこの風車はテイラーの風車群の中でも一際大きく、眺めも最高だ。私のお薦めだよ」
おぉ、そうなんだ。
『眺め』って事は、きっと風車の上にも登れるんだろうな。
主人さんのお薦め、是非行ってみよう。
「ありがとうございます。それじゃあ、行こうか」
「「「はい!」」」
という訳で、各々軽装と必要な荷物だけを持って宿を出発した。
「さて、もうすぐ西門だな」
僕らは今、西門に向かって歩いている。
左右には牧場が広がり、その先には沢山の風車が立ち並んでいる。
「あ、きっとアレですね。宿の主人さんが言っていた風車は」
「おぉ、デケえな」
シンがある風車を指差してそう言う。
その指の先には、周りより一際大きな風車が建っている。
そして歩くこと10分。
僕達は例の風車に着いた。
風車にはそこそこ観光客がおり、結構賑わっているな。
「うわぁ……真下から見ると、凄く高いですね」
「こんな大きな建物、初めてー」
「轟音もハンパじゃねえな」
学生達は風車を見て感動している。
まるで田舎の学生が東京のタワーやらツリーやらを見上げているような光景だな。
……だが、コース。『初めてー』って言ってるけど、王都のティマクス王城はコレより大きかったぞ。
そしてダンの言う通り、風を切る音も凄いな。
テイラーの風車は石造りで、建物の一階部分はズッシリとしていて太い。
高さも50メートル位あるだろうか、結構高い。
風車の羽根は草原に吹く風を受けてゆったりと回転を続けている。
近くから見るとちょっと怖いが。
「あそこから風車の中に入れそうですよ」
「お、本当だ」
そして、人が一段と集まっている場所に目を向けると風車内部への入口があった。
人が出たり入ったりしている。
どうやら、風車の上には展望台が作られており、そこから展望台に登れるようだ。
「行ってみるか」
「よし、早く行こー!」
風車の中には、風車の上へと向かう長ーい螺旋階段があった。
時々小さな採光窓が作られており、チラリと見える景色が徐々に高くなっていくたびに『登っているな』という実感が湧く。
のだが。
現代日本人である僕の体力は早々に切れていた。
「ハァ、ハァ…………」
いや、この高さって普通エレベーターじゃんか!
こんな高さを階段で登る機会、ほぼ無いもん!
そして学生達は未だにピンピンしている。
「ハァ、ハァ、ハァ…………ちょ、皆、速いよ」
「先生はゆっくりでも大丈夫ですよ。展望台は逃げませんし」
「そんじゃ、俺らは先に行ってるぞ」
あぁ、今まで一緒にシンとダンに置いていかれてしまった。
まぁ、仕方ないか。
彼らは戦士の職だ。ATKが高いし、体力や筋力が優れているからな————
「先生遅ーい!」
……って、コースもか!?
お前、水系統魔術師じゃんか! どこにそんな体力が残ってるんだよ!
あぁ、クソッ。
置いていかれてしまった。
もういいや。
1人でのんびり登ろう。
そして、登り始めてから15分。
「ハァ、ハァ、…………つ、着いた……」
なんとか螺旋階段の頂上に到着。
途中で諦めなかった僕自身を褒めてやりたいよ。
螺旋階段の頂上はそのまま風車の建物の屋上に繋がっており、頭上には青空が広がっている。
そして、シンとコースは階段の頂上で待ってくれていたようだ。
「先生、お疲れ様でした」
「遅かったねー!」
「お、おぅ……」
酷いよコース。そんなストレートに言わなくても……。
「先生、見てみろよ。凄え景色が広がってるぞ」
手を膝について息を整えていると、ダンが展望台の手摺の方から僕を手招く。
「お、おぅ」
ある程度落ち着いてきたので、ダンの方へと歩いて向かう。
シンとコースも僕に続く。
「「「おおぉぉー……」」」
展望台の手摺を掴み、目の前に広がる景色を眺める。
そこには、元居た現代日本では見られないであろう、素晴らしい光景が広がっていた。
頭上には雲一つなく青く澄んだ空がどこまでも続く。
下には大草原が広がり、草原に吹く風になびいて波を打つ。
そして、空と草原は彼方遠くで交わり、その線は大きな弧を描く。
草原にそよぐ風は風車に届くとその羽根を回し、僕らの身体をすり抜けていく。
涼しい風に当たり、僕の体も段々と熱を放出していく。
深く、深呼吸。
スーーーーッ……フゥーーーーーー。
草の匂いを乗せた風は清々しく、また瑞々しく、僕の心と身体をスッキリさせてくれる。
「……凄いな」
「ですね」
「気持ちいいー……」
「あぁ」
学生達もその光景に感動したか、言葉が出ないようだった。
※8/24
『キュースー亭』のミスを『キュースー荘』に修正




