7-3. ベランダ
さて、ギルドでの用事を済ませ、空もだいぶ赤く染まってきた頃。
僕らはマッチョ兄さん(テイラー)に教えてもらったイチオシ宿に到着した。
のだが。
「これがマッチョ兄さん(テイラー)の薦める宿か……」
「……中々、味のある建物ですね」
「ボロい!」
「おいコース、そんなこと言うな!」
せっかくシンがオブラートに包んで言ったのに、お前がストレートに言っちゃ意味無いだろ。
シンの努力が水の泡じゃないか。
「でもまあ、あの職員さんが俺らに薦めた宿だ。きっと見ただけじゃ分からない事もあるんだろう」
「そうだな」
そしてコースの暴言をダンがフォロー。
素晴らしい。
まぁ、コースを『ボロい』と言わしめる例の宿なんだが、外見は日本によくあるちょい古めのマンションそのものだ。
そういえば、数原家の近くにもこんな感じの古いマンション、幾つかあったよな。
廊下と階段は外から見えないので、きっと建物に組み込まれているのだろう。
他の建物と同様に二階建てで、全部屋にベランダが付いている。
……しかしこのベランダ、心なしか広いかな?
外から見てるのでよく分からないが、そう感じる。
そして建物の一階には集合玄関よろしく宿の入口がある。
そして入口の隣に掛けられた看板には宿の名前が書いてあった。
その名は『キュースー荘』。
「まぁ、コースの言った通り外観は少し心配だが、騙されたとでも思って一泊してみるか」
「一晩泊まって気に食わなければ、宿を変えればいいですしね」
「まあ、俺は宿なんてどこでも良いけどな。野宿に比べりゃ」
こんな所に野宿のプロが居た。
プロの仰る事は違いますな、やっぱり。
僕なんて宿にはフカフカベッド必須のアマチャンですから。
「まぁ、とりあえず入ってみようか」
そう言って入口のドアを開け、恐る恐る中を覗いてみる。
「こんにちはー……」
中は……普通に宿のロビーだな。
談話用に椅子とベンチが並べられており、観葉植物も植えられている。
「おや、こんにちは」
そしてカウンターには白髪の曲毛を持ち、太い黒縁の眼鏡をかけた初老の男性が座って居た。
カウンターから顔を出し、こちらを見ている。
「そんな所に立っていないで、こちらに入ってきなさい」
そう言って僕らを手招く。
「「「「どうも……」」」」
「見ない顔だね。宿泊かな?」
「はい。マッチョ兄さ……いや、ギルドのムキムキ職員さんに薦められまして、こちらで一泊させてもらおうかと」
「ムキムキの……あぁ、成程ね。アイツも昔は良くここに泊めていたからね」
へぇー。あのマッチョ兄さん(テイラー)もここにお世話になっていたのか。
それなら安心だな。他の宿を探すのも面倒だし、ココで即決だ。
フカフカベッドの確認をしていないけど、僕はマッチョ兄さん(テイラー)を信じる。
「じゃあ一泊、お願いします」
「分かったよ。うちは建物こそボロボロだけど、内装は時々リフォームしているから居心地は悪くないと思うよ」
ってな訳で、僕達はキュースー荘にお邪魔することにした。
借りた部屋は1人部屋の204~207(角部屋)。宿代は一泊銀貨2枚半と王都より安めだ。
204からシン、コース、ダン、そして角部屋の207に僕が入る。
「じゃあ、荷物を降ろして着替えなり済ませたら、僕の部屋に来てくれ。さっきの手紙を皆で見ようか」
「「「はい!」」」
そう言って一度解散すると、学生達はそれぞれ宿の主人さんから借りた鍵でドアを開く。
それじゃあ、僕も入ってみますか。
さて……マッチョ兄さん(テイラー)イチオシの宿、オープンッ!
「おぉ……」
正直な感想。
パッと見だが、普通だ。
普通のビジネスホテルみたいだ。
壁際には椅子とベッドがあり、照明器具が置いてある。
部屋の中にあるドアを開けば、洗面器とトイレ、風呂が一緒になったユニットバス。
だが、気になった点が2箇所ある。
その1、フカフカベッドだ!
ベッドが目に入った途端、ほぼ無意識に体が動いてベッドへとダイブする。
フアァァァ……、気持ちいい……。
これならすぐ寝れる――――
いやいや、寝ちゃダメだ。学生達もじきにこの部屋に集まって来るし、僕も色々と準備しないと。
そして気になった点その2、ベランダがヤバい!
窓とは別にベランダに出る用のドアがあり、その先には驚きの空間が広がっていた。
ベランダは幅が広く、僕が横になっても十分な程だ。
常に爽やかな風がベランダに吹き込み、気持ちが良い。
そしてそんなベランダには、木造の簡単な机と椅子が置いてある。
まるで洒落たカフェのテラスのようだ。
……こんな所で朝食を食べたら、さぞスッキリとした朝を迎えられるだろうな。
よし、決めた。
今日中にサンドイッチと飲み物を買っておこう。
明日の朝はこのベランダで気持ち良いカフェのモーニング気分を味わうのだ!
……あぁ、そうだった。とりあえず学生達が来る前にシャワーにでも入っておこう。
そして全員集合したらギルド長からの手紙を開封だ。
「よし。シン、コース、ダン、3人とも集まったな」
「「「はい」」」
「じゃあ、手紙を開けるよ」
手紙を開封する。
ギルドのマークが入った封蝋を剥がし、手紙を読む。
手紙の内容は、簡単に纏めると次のような感じだった。
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数学者、冒険者
ケースケ・カズハラ様
こんにちは。
テイラーギルドのギルド長です。
勇者養成迷宮合宿の件、王都中央ギルド長から聞きました。
素晴らしい活躍をされたようですね。俺も貴方の強さを是非見てみたいものです。
さて、合宿についてですが。
騎士団・連合のお偉いさん方には俺からケースケ様・シン様・コース様・ダン様の参加を伝え、既に了承を得ております。
クラーサさんからのお願いだと言ったら一撃でしたね。
但し、騎士団長はともかく連合のお偉いさんは結構頑固で、渋々って感じでした。もしかしたら貴方がたにはキツく当たってくるかもしれないので、そこはご注意下さい。
予定は、合宿は4日後にスタート。
初日は朝8時にテイラー北門前に集合だそうです。
そこから先は詳しく知りませんが、予定では約1週間テイラー近くの初心者用迷宮に潜り、最奥を目指すようです。
後はお偉いさん方に聞いてください。
最後となりますが、10日間の長い歩き旅、お疲れ様でした。
合宿までの時間は宿でのんびり過ごして疲れを癒されたり、この街名物の大風車をはじめとした観光を楽しんだりと、どうかお気の向くままになさって下さい。
以上、文面上にて失礼いたしますが、ケースケ様をはじめ皆様の合宿でのご健闘をお祈りしております。
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「……だってさ」
「まあ、要するに4日後の朝8時に北門集合、という事ですね」
あんな長ったらしい文章の割に、大事な情報はそれっきりかい。
「だが、それまでは俺らは自由なんだよな」
「フリータイムだね! 3日間、何しようかなー」
そうそう。
そういえば、自由時間があるんだったよね。
さて、僕がやりたい事といえば……
「先生は何かしたい事ありますか?」
「えーと、まずは寝たい」
うん、寝たい。
それはもうグーッスリと。
「えー……寝るだけ?」
「そう。だいぶ疲れたし」
プレーリーチキンの羽毛を使ったフカフカベッドだぞ!
これさえあればずっと寝ていられる。
「確かに、明日の事を考えることなく好きなだけ寝れるってのも悪くねえな」
「良いですね。休養もたまには必要です」
「シンとダンまで!? んー……それじゃあ、のんびりしよう!」
よしよし。
これで君達もフカフカベッドの虜になるぞ。
「それじゃあ、明日は一日中のんびりしよう。今日まで10日間、休みなく歩いて来たんだ。1日くらい寝てても罰は当たらないだろうし」
という訳で、明日一杯は休養日になることが決定した。
 




