6-15. 西街道Ⅰ
夜。
頭上には真っ黒な空が広がり、無数の星が輝いている。
その中央には明るい月が鎮座し、地を照らす。
足元には広大な草原が広がり、草原には一本の街道が走り、一本の木が佇んでいる。
その木の根元には橙色の光が揺らめいており、4つの人影を照らす。
その4人は焚火を囲んで焼鳥を食べ、会話を楽しんでいた。
「さて……ついに明日なんだな、風の街・テイラーに到着するのも」
「気付いたらもう9日なんだねー……」
「そうですね。王都を発ってから、割と長いようで短く感じます」
「テイラーってどんな街なんだろうー?」
「俺も楽しみだぜ、風の街・テイラー……」
勿論、この人影は僕・シン・コース・ダンの4人だ。
今の会話の通り、今日で王都を出発してから9日が経った。
王都から徒歩10日である風の街・テイラーの行程も10分の9が終わった。踏破率90%だ(【除法術Ⅰ】使用)。
このまま行けば、明日には風の街・テイラーに到着だ!
…………あー、長かった。
いや、まだ辿り着いたわけじゃないが、今晩がテイラーへの道中、最後の野宿だ。
そういえば色々あった。色々思い出すなー……。
王都を出発して初めてのイベントが2日目の『ウルフの群勢の襲撃』だった。
アレは凄かったな。街道で襲撃されるなんて思ってもいなかったから、ビックリしたよ。
そしてその晩は、人生初めての焚火体験だ。
五感をフルに使った焚火、感動した。
そして翌日の3日目。
林の中を縫っていく街道をそのまま歩いていくと、昼過ぎ頃にプリム村に到着した。
『あらあら、冒険者様方かね。ようこそプリム村へ』
『何もない村だけど、道中の疲れをゆっくり取っていってくださいな』
村に入ると早速、優しいお爺さんとお婆さんが出迎えてくれた。
麦わら帽子を被り、野菜を載せた籠を持った、如何にも農家さんのようなイメージの老夫婦だったな。
経由地の1つ目であるプリム村は、林の中にこぢんまりと立っており、建物も十数軒ほどの小さな村だった。
住民は殆どが農業人の職を持つ農家であるが、それと共に家の一室を僕らのような旅の人に貸す民宿業をやっているらしい。
ココの人々の生計も、農業と宿の二つで立っているようだ。
ちなみに、こういう大きな街と街の間にある村や町では、農業や林業、漁業、山岳ガイドなどといった本業と共に民宿を副業でやっている人々が結構多いらしい。
町や村の人からすれば、一部屋を貸してあげるだけで金が貰える。
街から街へと移動する人からすれば、宿泊施設があるってのはとても助かる。
お互いにウィンウィンな関係だ。この世界では良く出来ているシステムだね。
そんな訳で、その日は最初に声を掛けてくれた老夫婦の家に泊まらせてもらうことにした。
プリム村の第一村人さんだ。これも何かの縁だって事でお邪魔させてもらった。
『おや、うちに泊まっていってくれるのかい! それは有難いよ』
『こんなお若い冒険者さんが四人も、これならたとえカーキウルフが襲って来ても安心だねぇ』
そんな感じで老夫婦の家に上がらせてもらい、宿泊用の部屋にリュックを置いて少し村を散策。
村を見渡すと、畑では農業人の職を持つ農家の人々が水やりや雑草抜きといった農作業をしている。流石農家さんだ。
それぞれの民家には、フカフカの布団やシーツっぽい布が干されている。流石民宿だ。
村の中央には井戸があり、ここから水を汲んでいるようだ。
ちなみにポンプ式ではなく、桶を滑車とロープで下ろす仕組みのやつだ。
『滑車』かー、物理でやったな。懐かしい。
物理と化学はサホド苦手じゃないんだよね。数学は死ぬ程嫌いだけど。
どうせなら僕の職、物理学者とか科学者だったら良かったのに。
まぁ、職の話は置いておこう。
数学者は数学者なりに【演算魔法】とかいうソコソコ強い物もあるので、悪くないと僕は最近思っている。
陽が傾いてくると、僕達は家に戻って部屋でのんびりした。久し振りの屋根と壁、それとフカフカのベッドは最高だったな。
そういえば、夕食もお呼ばれしてしまった。
6人でテーブルを囲み、談笑しつつ料理を頂く。
蒸かしたジャガイモっぽい芋の料理と、薄く塩で味付けされた新鮮野菜のスープだった。
お婆さんの愛情たっぷりの手料理はとても美味しかったな。
そういえば、それぞれの出身を聞かれた時に、元々別の世界に生きており『勇者召喚』でこの世界に呼ばれた者ですって答えたら物凄く驚かれた。
『あらま! 貴方、勇者様だったのかい! もっと豪勢にもてなすべきなのに、こんな料理しか出せなくて申し訳ないよ』
『いえいえ、そんな気になさらないでください。旅の途中にこんな温かくて美味しい料理を頂けて、こちらも感謝しています』
『あぁ……こんなお優しい勇者様がうちに泊まってくれるなんて、光栄だねぇ。 冥途の土産になるよ』
そして何故か僕を拝む老夫婦。
勇者って言ってもあまりこの世界の人と変わらないよ。馬鹿みたいに強い訳じゃないし。
……いや、コース。お前も拝むんじゃない。
『有難やー、有難やー……』って言う呟き、聞こえてるから。
……シンも流れに乗っからなくて良いから。
お前普段から真面目で良いんだけど、こういう所まで真面目に乗っかる必要ないからね。
この後、シンとコースが今迄の僕についての話を延々と続け、老夫婦のテンションが少しおかしくなっちゃっていた。老夫婦の頭の中で、僕の存在が神格化されてんじゃない、これ?
狂科学者の渾名とか、最近全く気にしてなかったから懐かしく感じたよ。呼ばれ始めた当初は嫌だったのにね。
改めて『慣れる力』って凄いと感じた。
久し振りのベッドはとても寝心地が良かった。見張り番を立てる必要もなかったから、一晩グッスリ眠れたよ。




