6-13. 焚火
「さて、じゃあこの辺りで野宿にしますか」
王都を出て2日目の夕方。
日も暮れてきたので、ここで野宿だ。
今日は朝方から起伏のある草原地帯を進み、その途中でウルフの襲撃に遭った。その後はディグラットやプレーリーチキンが時折やってくるくらいだった。
そして昼過ぎからは起伏のある草原にもポツリポツリと木が見え始め、やがて林の中を街道が縫っていくようになった。
そのまま日が落ち、本日の野営地は林の中で少し広くなっている所に決定した。
さて、そうと決まればまずはテントの設営だ。
リュックを地面に下ろし、テントセットを取り出す。
ついでに日中に狩った血抜き済カーキウルフとプレーリーチキンも取り出し、置いておく。
テント設営は昨日の夜もやったので、ある程度は僕一人でもできるようになって来た。
いやぁ~、『人間の慣れる力』ってすごいね。
ミスリル製の骨を組み上げ、薄い革を上から被せ、テントの中に毛布を入れれば準備完了だ。
これでいつでも眠りに就ける。
よし、次は……
「先生、僕と一緒に枝拾いに行きましょう」
「あぁ、分かった」
「コースとダンはプレーリーチキンの下準備を宜しく」
「はーい!」
「おう!」
シンの指揮で枝拾いに行くことになった。
さて、焚火の準備だ。
数原計介、人生初の焚火。ちょっとドキドキする。
アニメやドラマとかでは良くパチパチ言う焚火を囲んで夕食や会話を楽しむ光景を見るが、いつかやってみたいと思っていたんだよな。
現代ではキャンプでもガスコンロだし、日本の首都圏に住む都会っ子では中々出来ない体験だ。
シンと二人で野営地から離れ、枝を拾っていく。
……だけど、やっぱりちょっと夜の林は怖いな。
「……こんな真夜中でも大丈夫なのか? 魔物とか襲ってこないかな……?」
「先生、心配無用ですよ。草原地帯に棲むラットもチキンもウルフも昼行性なので、こちらから襲わない限り襲われることはありません」
あぁ、そういえばそうだったな。魔物図鑑にも『昼行性』と書いてあった。
「そうだな。安心したよ。ありがとう、シン」
「いえいえ。それじゃあ、もう少し拾っていったら戻りましょうか」
「あぁ」
「ただいまー……おぉ」
「あ! おかえりシン、先生! チキンの準備出来てるよー!」
枝を持って帰ると、そこには日中に狩ったチキンが鶏肉と化していた。
「コース、ダン、ありがとうございます。それでは、火を焚きましょうか」
拾ってきた枝を、細いものから順に内側にして富士山型に組んでいく。
それが出来れば、マッチを一本擦って組んだ山の内側に投げ入れれば完了のようだ。
だけど、着火剤とか落ち葉とか新聞紙とか、もっと火の付きやすいものを入れなくて良いんだろうか?
このままじゃマッチが燃えて終了、枝には火が点きませんでした……なんて事になってしまいそうな気がするんだけど……。
「なぁシン、マッチ一本で枝に火を点けられるのか?」
「問題ありませんよ。このマッチの火薬には火系統魔法の【火源】が練り込まれていて、一般品の10倍くらいは燃え続けます。冒険者用マッチは魔道具職人さん謹製の高級品なんです」
へぇー、そうなのか。
モノに魔法を練り込むとか出来るんだね。
実に便利だ。
そんな事を考えている間にも、枝の山から出てくるオレンジ色の光が次第に強くなっていく。
おぉ、火が点いてきたようだ。
続々と枝に火が燃え移り、やがてよく見るあの焚火が出来上がった。
パチパチという音と共に、オレンジ色の眩しい光を放っている。
焚火近くに体育座りの体勢で腰をつく。
不規則に揺れる炎を眺める。
ハァー……
顔を熱線で照らされて少し熱いけど、なんだか落ち着くな。
そのまま両腕を前に出し、両掌を炎にかざす。
あぁ……暖かい。
「先生、ちょっと失礼するぞ」
そう言ってダンが僕と焚火の間に立つと、焚火の周りに枝で串刺しにした鶏肉を立てていく。
ダンが全て並べ終えると、次第に香ばしい匂いが漂い始める。
暫くすると、シン、コース、ダンが焼き具合を確認する。
「よし。出来たな、焼鳥」
「それじゃあ、頂きますか」
「いっただっきまーす! ハグッ」
「先生もどうぞ、召し上がってください」
「おぅ、ありがとう」
近くにある焼鳥の串を一本取る。
湯気が立ち、アツアツなのが見て分かる。
「それじゃあ、僕も頂きます」
ハグッ
……うん、美味しい! 味付けは薄く塩のみで素朴な味だが、チキン自体から出る旨味も合わさってとても美味しい。
ちょい焦げ目な所もあるが、それもそれで良い。
「美味いな」
「だろ? 俺の作る焼鳥の味はトリグ村でも屈指だったからな」
「流石ダンですね。未だに焼鳥の腕は健在です」
へぇー、ダンって料理男子なんだ。
なんだか意外だ。
「美味しーい! やっぱりコレがあるから、野宿をやめられないんだよね」
「本当に止められなかった理由は金欠ですけどね」
「…………良いの良いの! 今は先生のお陰でたくさん稼げてるからねー!」
そう言ってくれると先生嬉しいよ。
「やっぱり、こうやってみんなで焚火を囲むと落ち着きますねー……」
「おぅ、そうだな」
「そうだねー。私も疲れが抜ける気がするよー……」
そうだな、シンやコースの言う通り、気分が落ち着くな。
自然の炎の暖かさ、初めて感じた。
エアコンとか床暖とかとはまた違った、この感覚。
揺れる炎を眺め、熱線を直に浴びる。
それだけでなく、枝の燃える匂いを嗅ぎ、パチパチという音や虫の音、風の音を聞き、香ばしい鶏肉を食べる。
なんだか気分がとても落ち着き、スッキリする。
こんな五感をフルに使って何かを感じる機会、滅多にないな。
それなりに肌寒くなる草原の夜に、この焚火は最高だ。
夕食を食べ終え、束の間の談笑を楽しんでいると、コースがおねんねモードに突入。
適当なところで見張り番の順序を確認し、お開きとなった。
見張り番は昨晩と同じく、僕・シン・コース・ダンの順だ。
学生達がそれぞれテントへと入り、静かになる。
……さて、ここから再び2時間の見張り番だ。
火が消えないように枝を時々継ぎ足さなければならないが、それと見張り以外にやる事は無い。
うーん、特にやりたいことも無いしなー。
魔物が襲ってくる事も多分無いだろうし。
という訳で今晩も[数学の参考書]を開きますか。
……あぁ、そうだ。今日の『【演算魔法】の計算ミス』の件、調べておこう。
【演算魔法】の計算ミス、果たして原因は何なのだろうか?




