6-11. 丘
目が覚めた。
時刻は午前5時過ぎ。
割と早く目覚めたな。
テントの中には朝日が透けて入る。
まだ日は昇っていないようだが、空は明るんでいるんだろう。
んー……少し身体が痛いな。
そういえば、テントセットには敷布団が無いので毛布にくるまって寝ていた。コレのせいかな?
とりあえずそれは置いといて。
被っていた毛布を取ると、少しだけ肌寒いな。
やっぱり朝晩は冷えるんだね。
さて、じゃあテントから出ますか。
枕ないけど、枕下に畳んでおいた白衣を羽織り、テントを開ける。
「おはよう、ダン。見張りありがとうな」
「あぁ、先生。おはようございます」
昨晩談笑していた辺りでダンが胡座をかき、見張りをしていた。
ダンはいつも堅い雰囲気を出しているが、ちゃんと挨拶とか礼儀はしっかりしているんだよな。
良い良い。
そんな事を考えていると、隣のテントからもガサゴソという物音が聞こえ、テントの口が開く。
「おっはよー……」
「おはようございます」
コースとシンがそれぞれテントから顔を出してそう言ってくるのだが。
コースはいつも通りのテンションかと思いきや、尻すぼみの声に開いていない目。
あぁ、コースは朝に弱い系なのな。
良ぉーく分かるぞ、その気持ち。僕も日本にいた頃は超夜型人間で、毎朝中々起きれなかったもんな。
対してシンは朝からシャッキリとしている。
まぁ、安定だな。今更言うことは無い。
……『聞き覚えのある挨拶だなー』って思ったら、アレと一緒だ。同級生である神谷が毎朝教室のドアを開けて一言、『おはようございます』と同じだな。
あの神谷と同じ挨拶が出来るとは、シンも中々ハイレベルだな。
さて、この後はコースの出してくれた水の球で顔を洗い、歯を磨き、適当に缶を開けて腹を満たす。
それが終わったらテントを片付けて出発の準備だ。
3人とも昨晩みたいにのんびり談笑する事は無く、テキパキと撤収を行う。
……うわ、もうテント畳み終わったの!?
ヤバい。僕が足を引っ張ってしまいそうだ。
あぁー、朝からなんだか疲れた。
結局、テント畳みを手伝って貰ってしまった。申し訳ないな……
いやー、彼らの片付けのスピードを見て、流石は王都東門で野宿生活を送っていただけの事はあるなと実感したよ。
一般的な冒険者でも、もう少し時間が掛かるんじゃないか?
まぁ、それは置いといて。
王都を出て2日目。
時刻は朝9時。歩き始めて2時間強が経った所。
景色は昨日から特に変わらず、目の前には草原が広がっている。
のだが、今日は昨日と少し違う点があるな。
草原に起伏が現れ始めたのだ。
所々、盛り上がった部分が丘になっていたり、また窪んだ部分がいくつか点在している。
「なんだか、街道もアップダウンがつき始めたね」
「そうですね。丘のせいで見晴らしもあまり良くありませんし」
シンと僕が2人並んで歩き、手を額に当てて遠くを眺める。
しかし、遠くに見えるのは丘と街道だけだ。
あの丘を越えないと、あの先に何があるか分からない。
「ハァ、ハァ、上り坂は嫌いなのー……」
僕らの後ろでは、バテ始めているコースと、それに付いているダンが並んで歩いている。
「大丈夫か、コース? 何か持ってやろうか?」
「あぁ、ダン……うぅん、大丈夫だよ。ありがとー」
「そうか、まあ無理すんなよ」
それを見たシンが2人のもとへ移り、コースに声を掛ける。
「ダメな時はいつでも声をかけて下さいね、コース」
「シンもありがとー……」
コースが少しバテてきたようだ。
まぁ職が魔術師だから、力や持久力が無いのは仕方ないよな。
僕だってそれなりに疲労が溜まる。
よし、じゃあそろそろ休憩を取りますか。
振り返り、後ろに居る3人に向かって声を掛けた。
「おーい、コース。あの丘の頂上に着いたら休憩を入れようか」
「え! はーい先生! もう少し頑張るよー!」
そう言うと突然元気になるコース。
やる気になったな。よしよし。
じゃあ、先に丘の頂上に上って3人を待ってますか。
緩い坂道になっている街道を上って————
「ウォン!!」
街道横の草むらから突然現れる前脚。
これは……カーキウルフの奇襲攻撃!?
まさか街道でもあるのか!?
……ヤバい、僕のステータス加算してないぞ!
このままモロに攻撃受けたらマズい!
そのまま顔、上半身とカーキウルフの身体が草むらから出てくる。
口を大きく開き、一直線に僕へと向かって跳んで来る。
……クソッ、DEFのステータス加算、間に合うか!?
「【乗法術Ⅰ】っ!」
頭の中でDEFを2倍するイメージを浮かべながら魔法を唱えると共に、腕をクロスして防御の構えをとり、ギュッと目を瞑る。
「ガゥ!」
ズサッ
次の瞬間、僕の身体が感じたのは腕が圧迫される感覚、それと前から街道に押し倒される感覚。
「クッ……」
背中と後頭部が痛い。カーキウルフに押し倒され、地面に打ったようだ。
その痛みに耐えながらもゆっくり目を開けると、僕の腕に噛み付いたカーキウルフが目の前に居た。
仰向けに倒れた僕に馬乗りになって。
……僕の腕、めっちゃ噛まれてるんですけど。
けれど、血は出ていない。牙が僕の皮膚に入らないのか?
腕に伝わる感覚も、『痛い』と言うよりは『圧迫されている』感じだ。
ウルフは僕の腕を何度も噛み噛みしていおり、普通であれば既に噛みちぎられてもおかしくない勢いだ。
しかし、一向に噛みちぎれる様子は無い。もしかしてこれって……?
「【状態確認】」
ピッ
目の前にステータスプレートが開く。
DEF欄を確認する。
DEFは28。
よし、どうやらステータス加算は間に合ったようだ。僕の腕が健在なのも多分DEFのお陰なんだろうな。
良かった。もしDEFの加算が間に合ってなければ、僕の左腕は無くなっていたかもしれない。
……といっても、目の前で僕の腕がウルフに噛まれる光景を見るのは精神的にキツいな。DEFを加算したお陰で噛みちぎられる事は無いといえども、鳥肌が立つ。
「先生ー、大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫だよー」
「本当ですか!?」
少し遠くからシンの声が聞こえる。
こんなに噛まれ続けている光景を見りゃ、無傷とは思えんだろうな。
「でも先生、カーキウルフの群れに囲まれてますよ」
「え」
マジ!?
「しかも凄え数の」
「え」
周りを見回すと、僕と噛みつきウルフの周りを大量のカーキウルフが取り囲んでいた。
首を捻って左右を見ただけだが、少なくとも10頭は居る。
マジすか……。
これ、幾らDEFを上げたと言ってもこの数でリンチされれば防御を貫通されるもんな……。
……うん、これはちょっとマズい。このままだと死ねる。
上に乗っかった1頭くらいなら自力で倒せるだろうけど、他のウルフはお願いしよう。
「……済まん、コイツは自分で倒すから、周りのヤツらを倒してくれ」
「「「はい!」」」
心なしか皆の声にやる気が漲っている。
頼むぞ、学生諸君!
よし、僕もやらねば。
いつまでもこの状態を続ける訳にもいかないしな。DEFのステータス加算にも時間制限があるんだし、このノーダメージ状態がいつ食い破られるかも分からない。
上に乗っかったこのウルフを何とかして倒さねば。




