6-9. 出立
王都を発った僕ら4人は、西街道を並んで歩いていた。
現在時刻は昼の12時過ぎ。
街道を見渡せば、それなりの人々が街道を行き来している。
沢山の荷物を積んだ運送馬車が僕らを追い越していく。
多くの人を積んだ輸客馬車が僕らとすれ違い、王都へと向かっていく。
冒険者の5人グループとすれ違う。
騎乗してお揃いの鎧を身に着けた騎兵が二人組で街道の見回りをしている。
右を見れば、だだっ広い草原が続き、その先には高い山々が連なっている。
左を見れば、同じくだだっ広い草原と、その先に広がる暗く深い森。
後ろを振り向けば、王都の影はほとんど見えない。
そして、西街道は舗装こそされていないが、多くの人が通るので土が踏み固められていて歩きやすい。
上り下りもなく平坦だったので、体力的な疲労は無いな。
「このまま10日間歩き続けるのは、結構キツいな……」
だが、精神的な疲労はだいぶ溜まっていた。
いやー、現代日本人が10日ひたすらに歩き続けるのは酷だ。
残念ながら僕はそこまでタフではない。
「先生、まだ1日目の昼なんですけど……」
「君達は精神的に疲れないのかい?」
「まだまだ甘いな。流石に1ヶ月徒歩だと精神的にもくるがな」
「そうかー……」
まだまだ道は長いなー……。
「あ、そうだ。次の中継地点ってどこだっけ?」
「次の村はプリムですね。王都から3日です」
「プリムの次がファクトっていう町で、その先がリーゼっていう村だよ」
「そして、リーゼの先がテイラーだな」
「なるほど。結構遠いな……」
『町村を3つ通る』ってクラーサさんが言っていたのは覚えてるけど、改めてこれを聞かされると気が滅入ってしまうね。
……まぁいい。まずはプリムに向かってただひたすら歩こう。
「そろそろ、この辺で野宿にしますか」
「そうだね。日も暮れちゃったしねー」
「そうするか」
王都を出発した初日。
辺りも薄暗くなってきた所で学生達がそんな話を始めた。
今日は結局、魔物に遭遇することも無く日暮れを迎えた。ずぅーっと歩いていただけだったな。
まぁ、それもそうらしい。街道に魔物が近づくような事はあまり多くないんだって。
勿論魔物が街道まで出てきて人を襲うって事もあるようだけど、棲み分けはそれなりに出来てるんだろうね。
「先生、今日はこの辺で野宿って事で良いでしょうか?」
「おぅ、さっきも言ったけど、皆にお任せするよ」
「分かりました!」
そう、さっき僕は彼らに向けて『テイラーに着くまでは、僕が君達の行動に合わせるから。冒険者の常識を僕に見せてくれ』と言ったのだ。
実際、野宿とか全く分からんし。キャンプはキャンプ場でしかやった事無いし。
そんな軟弱者なのだ、僕は。
なので、圧倒的に冒険者としての先輩である学生達に行動を委ねた方が良い。
という訳で、この辺に野営することに決定した。
まずはテントの設営だな。
小さな1人用のテントをリュックから取り出し、カチカチと鉄の棒を繋げていく。
……ん? 鉄にしてはやけに軽いな。何の金属を使ってるんだろうか。アルミかな?
「なぁシン。この棒の材料って、何か分かるか?」
「あぁ、それはミスリルですよ。鉄に比べたら値段が少し張りますけど、そこそこ強いですし、何より軽いですよね」
出たな、ミスリル。
鉄より強く、魔法と相性が良いとかいうあのファンタジー鉱石。
この世界じゃテントの骨組みなんかにも使われているのか。
割と普及してんだな。そこまで希少じゃないのだろうかね。
各自のテントが出来上がったら、皆で夕食タイムだ。
草原のド真ん中なので枯葉や枝も手に入れられず、本日焚き火は無し。
だが、特に不都合は無い。
夜でも気温が一気に落ちる事はなく、焚き火で暖を取らなくても十分だ。肌寒ければ毛布に包まれば良いしね。
獲物も火も無いので夕食は缶詰にしたのだが、常温でも中々いける。プレーリーチキンの焼鳥缶、コレは旨いな。
そして、火が無くとも月光が思った以上に明るく、お互いの顔もしっかり確認できるくらいだ。
見上げれば真っ黒な夜空には無数の星が瞬く。
こんなの、日本じゃほぼ見られないな。特に僕が住んでた首都圏ではまず無理だ。林間学校か、プラネタリウムくらいでしか見られないだろう。
4人で輪になって草の上に座り、缶詰を食べながら談笑。結構楽しいじゃんか。
水はコースが【水源Ⅶ】で作ってくれるので安心だ。
今日の話は、日中に僕が『あーぁ、新幹線でもあればなー……』って呟いたのをコースに拾われ、『シンカンセンって何ですか?』という問いに対して色々と答えていた。
「歩いて1ヶ月かかる距離でも、2時間半で着いちゃう凄い乗り物だよ」
「へぇー、凄ーい! 【瞬間移動】みたいだね!」
「お、おぅ」
……ごめん。多分、新幹線はそこまで速くないです。
まぁ、そんな感じで話をしていたが、コースが船を漕ぎ始めたので寝る事にした。
……と思ったのだが、そのまま朝まで寝れると思ったら大間違い。
交代で見張りをしなければならないのだ!
「一応、4人なので2時間交代で行きましょう」
「おぅ、分かった」
「順番はー……先生が最初で、次に私、コース、ダンで良いですかね?」
「いつも通りだねー」
「構わねえぞ」
「皆にお任せします」
ってな感じになりました。
野宿でぐっすり眠れるなんて事は無いのだ。
……あぁー、ここに来て宿の有り難みを感じるよ。
「じゃあ、これでお願いします。先生は2時間経ったら私と交代で。魔物が沢山攻めて来たら、私達を起こしてくださいね」
「分かった」
僕がそう答えると、学生達はそれぞれのテントへと向かって行く。
「「「おやすみなさい」」」
「はい、おやすみ」
それぞれの挨拶を残して、3人のテントの口が閉じられた。
テントの中からゴソゴソという音が鳴り止むと、辺りを静寂が包む。
……ここから2時間、僕一人の時間か。
暇だな。いや見張り番だから暇ってことは無いんだけど、魔物の気配すらしない。
魔物図鑑によると、ディグラットは穴を掘ってその中で眠り、プレーリーチキンは草むらの中で丸くなって眠り、カーキウルフは草に紛れて眠るようだ。
なので草原の夜は行動する魔物が基本的に居らず、割と安全なのだ。
となると、やっぱりやる事が無い。
……結局、暇やん。
何しようかなー……
手持ち無沙汰に、特に何も考えずリュックの中を漁ってみる。
替えの麻の服。
コースの【水系統魔法】で満タンにしてもらった水筒。
缶詰。
マッチ箱。
参考書。
……あぁ、[数学の参考書]か。
時間潰しにはなるだろうな。
本の文字も月光のお陰で割とよく見える。
どうせ見張りだけで2時間費やすなんて無理だ。
続きをやってみるか。




