6-8. 一期一会
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誤字脱字、内容の誤り等を修正
「さて、じゃあみんな分かってると思うけど、明日から合宿に向けてここを出発するので」
「「はい」」
「はーい!」
勇者養成迷宮合宿に参加する事が決まった。
時刻は3時過ぎ。まだ日も傾いていないな。
僕達4人は王都中央ギルドを出て王城前の噴水広場に場所を移し、ベンチに腰掛けていた。
ただ、ここで一つ、僕の心に引っかかってる事があるんだよな。
「なんか、皆に意見も聞かずに僕の独断で決めちゃって、済まんな」
「そんな事は無いですよ!」
「『先生に付いて行く』って言ったのは俺らだしな。勿論、どこまでも付いていくぞ!」
「私たちももっと強くなりたいし、こんなチャンス、絶対逃せないよー!」
おぅ、そうか……。
そう言ってくれると助かるよ。
いい学生を持ったものだ。
「さて、じゃあテイラーへの旅に向けて買い出ししなきゃな。必要な物はーっと……」
「『天職が呼びます』ですね、先生」
「あーそれそれ! 懐かしいねー!」
え、何ですかそれは。
そういう名前の商品でも有るのかな。
「『天職が呼びます』って何だ? お守り? 呪文?」
「あぁ、そういうもんじゃなくてな。これは冒険者が街を出る時に用意する物品の語呂合わせだ」
「冒険者の常識ってヤツですね」
へぇ、語呂合わせか。
確かに、社会や生物の定期試験では『語呂合わせさえ覚えときゃ、なんとかなるだろ』と言うアキに色々と呪文を覚えさせられたりしたな。
今考えりゃ、意味が丸っきり謎な呪文も多かったしな。
で、『天職が呼びます』が示すアイテムはこれらのようだ。
テン :テントセット
ショク:食糧
ガ :着替え
ヨビ :予備の武器
マ :マッチ
ス :水筒
『テントセット』はテントと毛布。
『食糧』は非常食みたいなものだ。基本は狩った物を調理して食べたりするようだ。
『着替え』は服が濡れた時のためらしい。
『予備の武器』は得物がダメになった時のためだ。拳術戦士でもなければ、少なくともナイフは用意する。
残りの二つは、メンバーによっては不要なものだ。
『マッチ』は火種に必要。暖を取ったり、調理をする際に焚火は必須だからな。
『水筒』は、川や湖で水を補給するために必要だ。
ただし、それぞれ『火・水系統魔術師』や、【火・水系統魔法】を持つ人がメンバーに居れば不要だ。
「へぇー、便利な語呂合わせだな」
「ですが、これが全てって訳でもありません。魔術師ならMPポーションは必須ですし、リュックが小さすぎる時は買い替えが必要です」
「なるほどな、確かに」
という訳で、僕達は買い出しを始めた。
まず最初に入った店は、『意外と何でも揃ってるぞ』とダンがお勧めする冒険者向けの雑貨屋。
冒険者の生活に必要なアイテムが沢山取り揃えられていた。
……なんだか、見てるだけでも結構面白い。
日本で百均に入った時レベルのワクワク感だ。
そこで『冒険者用テントセット』を購入。
このセットには『一人用テント』『毛布』『マッチ』が入っていた。有能じゃないか。
このセットで結構体積をとったが、僕の革のリュックは結構大きいので割と余裕があったな。
そういえばこのリュック、王城を発つ際に王女様から貰ったやつだ。割とデカめで助かったよ。
次に入ったのが『缶詰を取り揃えた店』。
シンとコースのお勧めだ。初めて見たけど、こんな店あるんだね。
そこで缶詰をたくさん購入。ついでに乾パンっぽいヤツとかも購入しておいた。
そして最後に、普段MPポーションや散魔剤を仕入れている店に寄り、MPポーションや散魔剤も仕入れておいた。
これで僕達の準備は完了だな。
『着替え』は麻の服が二着あるので不要。
『水筒』はコースが【水系統魔法】を使えるので不要。
『予備の武器』は魔術師寄りである僕には不要。シンとダンはすでに持っていたのでオーケー。
って事で必要な物は揃った。
割と直ぐ、アッサリ終わってしまったな。
「よし。じゃあ買い出しも終わったし、宿に戻るか」
「宿のオバちゃんにも挨拶をしないとですね」
「そうだな」
という訳で、僕達は宿に戻ることにした。
こんな事を言うのもなんだが、日本とは違って生死が身近に存在するこの世界だ。二度と会えなくなる事だって起こるかもしれないのだ。
歩きながら4人で合宿がどんな感じになるかを話していると、気づいたら宿に到着。
皆合宿がワクワクなのだ。こういう楽しい時間は早く過ぎ去ってしまうものなんだよね。
宿の扉を開ける。と、そこにはいつもの如く受付に座っているオバちゃんが迎えてくれた。
「「「ただいま帰りました」」」
「ただいまー!」
「お帰り。狂科学者さん、学生さんたち」
「オバちゃん、実はオバちゃんに言わなきゃいけない事があって……」
「んー、なんだい? もしかして告白!?」
元気だなおい。
「違います」
「そうかい。てっきりアタシにもモテ期が再来したと思ったのにねぇ」
ハッハッハと笑いながらそう言うオバちゃん。
そろそろ本題に入ろうか。
「急なんですが、明日王都を出発する事になりました」
「イベントに参加するために、テイラーっていう所に行ってくるのー!」
「あら、風の街・テイラーに行ってくるのかい。でも、こんな時期にテイラーで開かれるイベントなんてあったかねぇ?」
「合宿だ」
「あぁ、なるほどね! 怪我には気を付けて、頑張っておいで!」
「「「「はい!」」」」
オバちゃんの激励。
なんだか本当に鼓舞されている感じがするよ。
流石は元ベテラン冒険者だな。
「所で、その後は王都に帰ってくるのかい?」
「んー、後の事は何も考えてないです」
「そうかい。でもまあ、冒険者なんてそんなモンだよね。精霊の算盤亭はアンタ達が居なくなって少し寂しくなるけど、いつでも帰っておいで」
「はい、ありがとうございます」
そういえば、ここには王城を出て以来、約1ヶ月間ずっとお世話になっていたもんな。
そりゃあ寂しく感じるよ。
「この世界は一期一会ってもんだよ。行きたい所に行く、若者はそれで結構! また王都に来る時があったら、是非ウチにも顔を出しておくれよ」
「こちらこそ、その時はお願いします。角部屋の201を」
「ハッハッハッハ……そうかい。アンタ、あの角部屋をかなり気に入ってくれたようだね」
だって、あの部屋居心地良いんだもん。
角部屋だから陽当たりも良かったし、通りの様子もよく見えたし。
「じゃあ、出発前夜の今晩は部屋でのんびりして、ぐっすり寝て、たっぷり英気を養いな」
「「「「はい!」」」」
そうして、僕達はそれぞれの部屋に戻り、出発前の一晩を思い思いのままに過ごした。
翌日。
時刻は午前6時。
空はだいぶ明るんできたが、日はまだ昇りきっていない頃。
中世風の石造りの建物からは、炊事であろうか煙が立ち始めた頃。
人々は目を覚まし、ちらほらと王都にも見え始めた頃。
「門を潜るのって、いつもこんなに緊張しましたっけ?」
「ドキドキするねー……」
僕達は、普段よりも膨らんだリュックをそれぞれ背負い、王都の西門に立っていた。
「よし。シン、コース、ダン、忘れ物は無いか?」
「大丈夫です!」
「無いよー!」
「おぅ!」
よし。
じゃあ、行きますか。
「それじゃあ、王国西部、風の街・テイラーに向けて出発!」
「「「おう!」」」
そうして、僕達は王都を旅立った。
勇者召喚され、異世界に来てから約1ヶ月。
【演算魔法】も使い慣れてきた計介は、召喚以来ずっと過ごしてきた王都とも一旦お別れ。
さて、次話から『テイラー合宿編』本格スタートです!
 




