1-3. 重要物
美味しい夕食を頂いた、その後。
僕達は明日からの予定を軽く教えてもらい、一人一部屋の個室に案内された。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
使用人さんが扉を開いてくれ、続けて僕も中に入る。
「おぉ!」
部屋は中々良い。ベッドと椅子と机が備え付けてあり、壁には燭台と小さな額縁入りの絵が飾ってある。
肝心のベッドは羽毛なのだろうか、凄くフカフカそうだ。僕の自室のベッドもコレくらいの物だったらいいのに……。
部屋の奥にある窓からは、夜だからか真っ暗だ。
よーく見ると橙色の光がポツポツ見えている。……街の灯りかな?
どんな街が広がってるんだろうか。明日の朝が楽しみだ。
「それでは、どうぞごゆっくり。明日の朝食のご用意が出来ましたら呼びに伺いますので」
「はい。ありがとうございます」
一通り部屋を見回したところで、使用人さんはそう言って出ていった。
ひとまず、独りになった。
「ふぅ……」
ボフッ
落ち着いた所で、フカフカのベッドに背中からダイブ。
「…………」
天井をボーっと眺めつつ、現状を整理する。
昨日の『精霊様の夢』から丁度24時間。僕達は本当に異世界召喚されちゃったようだ。
こういう話は日本でもよく有ったし、単なるフィクションだと思ってた。……けど、まさか本当に起こるだなんて。
まぁ、それは良いとしてだ。僕達は覚悟もしてたし。
問題は……コレだよコレ。
「……」
右手に握られた『数学の参考書』を見つめる。
そして目を背ける。
こう言っちゃなんだけど……重要物って、勇者召喚された僕達の切札みたいなモノなんだろう。
重要物を駆使して、戦って、そして強くなって――――そんなシナリオが流れるのだとすれば、そもそも僕のシナリオは始まらないかもしれません。
数学の参考書を使って戦う画なんて1ミリも想像できないよ。
……それとも参考書は僕に『勉強しろ』とでも言ってんのか?
いやいやいや、無理だね。面倒だし。小学校の算数ですら怪しい僕じゃ、今から始めたって何にもならないさ。
だいたい勉強したところで、この世界で何の力になるってんだ。
「…………そういや」
ふと、さっきの夕食会の出来事が思い浮かぶ。
皆で夕食を食べてる時、重要物の話が持ち上がったんだよな。
神谷は『日本刀』を取り出してたな。鞘に入った状態だったとはいえ、見るからにホンモノだった。
その隣に座ってた強羅は、おもむろに『メリケンサック』を取り出してたっけ。……そもそもアイツ、メリケンサックなんて使わなくても素で十分強いじゃんか。鬼に金棒を地で行っている。
あとは『金属バット』だの『金槌』だの明らかに使えるヤツも有ったし、『サバイバルナイフ』だの『スタンガン』だの物騒なモンも有った。
自前の『弓矢』を持って来ていた弓道部の子なんか、もう既に勇者が出来上がっていた。
あ、そうそう。神谷の隣に座ってた可合は『救急セット』だったな。武器じゃない重要物とはいえ、アレはアレで重要だもんな。役に立つのが目に見えてる。
けどなぁ……僕の参考書は、武器じゃない重要物だとしても希望が見えない。
超大手企業の御曹司・金澤豊がドデカい『金塊』を持って来てたけど……そっちの方がよっぽど有望だ。
……もはや数学の参考書に申し訳なくなってきた。
「持ち主が僕で済まんな、参考書……」
コンコン
「計介。居るか?」
ベッドで横になりながら参考書への懺悔を繰り返していると、ドアからノック音が。
……この声はアキだな。
「あぁ、アキか。鍵開いてるからどうぞー」
上半身を起こし、アキに声を掛ける。
「……おぅ、入るぞー」
「数原君、邪魔するよ」
「お邪魔します」
「失礼するわ」
やけに声が多い。外に何人居るんだ?
そう思っている間にも扉が開き……まず部屋に入ってきたのは、パジャマ姿のアキだ。
「おっ、アキ着替えた?」
「あぁ。さっき寝間着にな」
……アキの服が部屋着に変わってた。
流石はうちのアキ、抜かりない。
「数原君、少しの間お邪魔するよ」
「おじゃまします」
続いて入ってくるのは、さっきと同じ格好の神谷、それに可合。
そして、最後に入ってきたのは……――――
「お邪魔するわ!」
黒のとんがり帽子にローブ、更には魔法の杖を持った……魔女姿の人が。
「………………ハロウィンのお方?」
「トリック・オア・トリートッ! って違うから!」
「それじゃあ……『この世界』の魔術師の方?」
「もうッ! 火村彩夏よ! バカにしないでくれるっ?」
「……済まん済まん」
同級生の火村でした。
……にしても、さっきの夕食会では普通に私服を着てたハズだけど。
「で、その格好は何だ?」
「お下がりで貰った姉がコスプレ衣装にさっき着替えてきたのよ。やっぱりこういうのは見た目から入らないとね?」
……コスプレだった。
にしても結構力が入っているし、似合っていると思う。
「それで、コレが私の重要物よ!」
更に、火村が取り出したのは魔法の杖。ビシッと杖を向ける。
「彩夏ちゃん、スッゴく似合ってるよ!」
「これで本当に魔法が使えちゃったら、もう火村は完璧に魔法使いだな」
「ああ……これで私も、憧れの魔法使いに…………」
なんか凄い嬉しそうだった。
とまぁ、そんな火村は良いとしてだ。
「……なんか狭いな」
王城の個室、中々豪華だとはいえども所詮は1人部屋。
全員が入ると部屋の中には5人。狭苦しい。
「……でアキ、用件は?」
「あぁ、それはー…………」
すると、アキは部屋の机へと向かい……――――
「コレだぜ」
机に置いてあった参考書を持ち上げた!
「なっ!」
「これが秋内くんの言ってたやつ?」
「あぁ。俺が計介にあげた『参考書』だぜ」
「まさか数原君が本当に参考書を持参していたとは…………!」
「へぇー、一体どういう成り行きかしら」
……やめて皆、その件掘り返さないで。
思い出したくないの。
「見直したよ数原君! 異世界召喚を機に、数学を克服する気になったのか!」
「え、えぇっ、いや違――――
「分からない所が有れば何でも聞いて欲しい! クラス委員として、私に出来る限りの事をすると約束しよう!」
「ちょ、ちょっ――――
違う! 違うんだって!
「君の重要物の選択、私は決して間違っているとは言わない! そう、きっと……何かしら、君の役に立ってくれる筈だ。私はそう信じているよ!」
「…………はい」
「秋内君からの贈り物、大事に使いたまえ!」
「……あ、ありがとう」
神谷の激励は凄く嬉しかっただけど、逆に『参考書』と向き合わされてしまった。
心の傷は癒えるどころか抉られた気がするよ……。
「……それじゃあ、俺らは部屋に戻っか」
「うん、そうだね」
「ああ。これ以上、数原君のプライベートを侵害するのも悪いからな!」
えっ? もう帰るの?
「ア、アキ。本題は?」
「今終わったじゃねえか。お前の重要物の見学」
「……それだけ?!」
「おぅ」
まさかのヤジウマだった。
「なんか話でもあるのかと……」
「話? 無ぇよ」
……本当にそれだけだった。
「強いて言えば…………数原君、明日は普段の学校みたく遅刻しないようにする事だ」
「明日こそは寝坊しないでね」
…………明日?
「なんか有ったっけ?」
「聞いてなかったの数原?! さっき王女様が言ってたじゃない」
「『職』を授かりに行くんだろうが。もう忘れちまったか計介」
「……あっ、そういえばそうだった!」
明日は僕達が職を貰って、それから……みたいな事言ってたな。
「ッつー事だから、今日は夜更かししねぇで寝ろ」
「はい。分かりました」
……そうだな。
異世界に召喚されていきなりズッコケるのも嫌だし、今日は早めに寝よう。
「あとドアの鍵掛けとけ。さっき開きっぱだったぞ」
「はい。分かりました」
「寝る前にゃカーテンも閉めとけ」
「はい。分かりました」
「風邪引くから腹出して寝んなよ」
「はい。分かりました」
「……秋内君。君は数原君の母親なのかい?」
「んな訳ねえだろ」
とまぁ、そんな会話をしながらも4人は「お邪魔しました」って言いながら部屋を出て行った。
……さて。
明日からは、本格的に異世界の勇者生活が始まるのだ。
ソレに備えて、今日はさっさと寝よう。
どんな生活が待ってるのかな。
そんな事を考えつつ、フカフカのベッドに入った僕は最高の気持ちで眠りに就いたのでした。
……ちなみにカーテンは閉め忘れた。