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5-8-3. 『タマ・アバカスの記憶Ⅲ』

()()()、アタシは寝込んでいたんだよ。


前日にパラライズビーの蜂蜜を採ろうとしてたら、ヘマをやって刺されちまったんだ。

あぁ、でも安心して。その毒は命に別状は無いし、1日で自然と抜けていくから、寝てりゃ治るんだよ。

しかもパラライズビーの毒は遅効性で、なんとか麻痺の状態異常が発現する前に宿には辿り着けたからね。


で、そのまま布団で療養してたんだけど、その日の昼前、突然物見櫓の鐘が鳴らされたんだよ。



カンカンカーン!

カンカンカーン!

カンカンカーン!



3連打鐘、この世界では敵襲の合図。


……あぁ、そうだよ、さっきアンタ達も聞いた、あの鐘。


アタシの村に山賊か海賊か、又は魔物が迫っているという合図。

ヤバい、アタシがこの村を守らないと————


って思ったんだけど、身体が言うことを聞かなかったんだ。

まだ麻痺毒から回復しきってなかった。

辛うじて手首と指が動くくらいだったんだ。


しかも、あの時間は村の狩人が普段山に入り、海に入っている時間だったんだ。

村を守れる人は居ないんだ。皆逃げるしか手は無かった。


敵に攻め込まれたら、アタシは為す術なく殺される。

これはヤバい、そう感じたね。


ハリーはあんな非常時でも落ち着いて亭主の仕事をこなしていた。直ぐに宿泊客を隣町に逃げるよう誘導した。

どうやら、村の住民も直ぐに移動を始めたようだったよ。






鐘が鳴り始めてから数分、客の避難を終わらせた所で、ハリーがアタシの部屋に入って来たんだ。


『タマ、俺たちも早く逃げよう! 動けるか!?』

『……ダメだよ、まだ……動けない』

『………………そうか』


暫しの沈黙の後、ハリーはいつになく真剣な目でアタシを見て、こう言ったんだ。


『……分かった。俺がここを守る。どんな敵であろうと、タマには指一本触れさせない』

『! で、でも……ハリーじゃ————

『タマの方が力も技術もあるさ。だけどタマが動けない今、俺がやるしか無いだろ?』


そう言って、ハリーはアタシの部屋の入口に立ち塞がった。

良く見れば腕も膝も小刻みに震えていたよ。


ハリーは怖かっただろうね。旅館商人という、非戦闘職だのに。

しかし、ハリーは逃げなかったんだ。

アタシを助ける為に。






外から大量の蹄が地を蹴る音、よく聞いていた鳴き声、そして逃げ遅れた村民の悲鳴が聞こえてくるんだ。

耳に入って来た情報から何が起こっているのか分かった。

村が、()()に襲われている。

それも、普段アタシが狩っている魔物に。

それなのに、何も出来なかったアタシ自身が悔しくて悔しくて堪らなかったよ。


その後、遂にアタシの部屋にも敵がやって来た。

そこに現れたのはロックディアー。


『……く、来るなら来い! 絶対、タマには指一本触れさ————


パカッパカッパカッ


ドスンッ


『グッハァッ!』


アタシの目には、それはもうゆっくりとアタシの方に向かって背中から飛んでくるハリーの姿が見えたよ。


『ハリーッ!!!』


ダンッ


アタシは辛うじて動く首を動かし、アタシの右に飛ばされたハリーを見た。

ハリーの腹にはロックディアーの角に刺された痕が無数に残り、その幾つもから血を噴き出していたんだ。


その瞬間、ハリーもアタシも察したよ。

彼はもう助からないってね。


そう察した時、頭が急に冷静になった。

それはもう恐ろしい程に脳が冴え渡ったよ。

耳からは敵襲の鐘や蹄、悲鳴の音が入った。

ハリーをド突いたディアーは、その衝撃で少し脳震盪を起こしていたようで動きを止めてた。

そして、小さく囁くようにアタシに話しかけるハリーの声も耳に入ったんだ。


『……済まん、タマ。もうダメそうだ』

『分かってるよ……。アタシとハリーの仲じゃないか。そのくらい分かるさ』

『……そ、そうだな、ハハッ』


ハリーは仰向けに天井を見ながら言葉を続ける。


『……あぁ、最後まで……タマの事を、守っていきたかった……』

『…………いや、ハリーは身を呈して守ってくれたじゃないか』

『……そうか……。……タマ、これを……』


そう言って、ハリーは腹から血を噴き出しながらも胸から算盤を取り出し、アタシに手渡した。


ハリーがいつも使ってたボロボロの、算盤。

旅館と人々を繋ぐ、算盤。

この旅館の屋号でもある、算盤。


『……これがきっと……タマを、守ってくれる。俺も……これを、通して見守ってる、よ……』

『は、ハリー……うん、分かったよ』


旅館商人であるハリーにとって、この()()こそが彼の()()

それをアタシに託すって事は、これがハリーに出来た最後の気持ちなのだろう。


アタシは、ボロボロの算盤を受け取った。


『…………タ、マ……あ、りが……とう……』


アタシが算盤を受け取ると、ハリーの手から力が抜けた。


『……ハリー、ハリー!!!』


ハリーは力尽き、その生涯を終えた。

アタシはロクに動く事も出来ず、ただ放心していた。



なんでこうなった?


村人の狩人は皆村を出ていて、誰も魔物に太刀打ち出来なかったからだ。

いや、それよりもアタシが前日ビーにさえ刺されて動けなかったからだ。

それさえ無ければ、無双出来ていたのに。


これさえ無ければ、こんな事にはならなかったハズだった。

ハリーは死なずに済んだハズだ。


何も出来なかった。

何も出来なかった。

何も出来なかった。


耳から入る敵襲の鐘と、自責の念が頭の中をずっとグルグルしていた。






気付くと、アタシは村の狩人に担がれて隣町の病院に居たんだ。

アタシを担いで運んでくれた狩人に話を聞くと、村はもうダメだって言われたよ。



狩人が鐘を聞きつけて急いで村へと戻ったら、そこは酷い事になってたって言ってたね。

アタシの父母やハリーを含め、村の殆どの人は殺された。皆逃げ遅れたようだった。

道端や家の中には知り合いだったはずの死体が無残に並んでいた。

建物や倉庫はメッタメタに破壊され、食糧を喰い散らかされていた。

3連打鐘を続けていた物見櫓も無残に倒されていた。


ただ、アタシの部屋だけは、ディアーの角で削られた痕はあったけれども中には入られなかったらしい。

アタシの部屋だけは頑丈に出来ていたからか、それとも何かの奇跡が起こったのかもしれない。



そう伝えられたんだ。


ディアーは鐘を聞きつけて帰ってきた狩人が全て討伐し、唯一村で生きていたアタシだけを抱えて来てくれたようだったよ。

ただ帰ってきた頃には、村は村じゃなくなってたようだけどね。



()()()、アタシはハリーと父母、知り合い、旅館、全てを失ったんだ。

村も放棄されて、今じゃどうなってるかも分からないね。


だから、()()()以来、敵襲の3連打鐘を聴くと、これを思い出して正気じゃ居られなくなるんだよ。トラウマ、ってやつかね。











「……そんな事がオバちゃんにはあったんですね」

「だからさっき、いつもと様子が違ったんだな」

「……辛い記憶を思い出させてしまい、申し訳ありません」

「いや、気にしないでくれよ。アタシから話し出した事なんだしね。寧ろ、久し振りにハリーと旅館を楽しく切り盛りしていた事を思い出せて、良い機会になったよ」


そう言うと、オバちゃんは立ち上がって受付に入り、ボロボロの算盤を持って来た。


「これがその算盤だよ。これをハリーから貰ってから、事が色々と上手くいってるんだよ。旅館のアタシの部屋が破られなかった事は、この算盤が守ってくれたからだとアタシは思ってる。そこからは、拠点を隣町に移して冒険者になり、ガバガバ金を稼いだ。拠点を移しては金を稼ぎ、それを繰り返して色々な街を回った。そして冒険者を引退した時に王都に来たんだけど、たまたまこの建物が安く売りに出されていてね。即決でここを買ったんだ。そして、貯めた金を使ってハリーの夢の続きをここでやろうって、そう決めたんだよ」


算盤を眺めながら、そう話すオバちゃん。

ハリーさんの事を思い出しているんだろう。


「ココの屋号は、今までの幸運の源である『まるで精霊の加護が付いたような算盤』から精霊の算盤亭にしたんだ。旅館とはまるで違う殺風景な場所だけど、ここで人々を癒したい、そう思ってね」

「……なるほど」

「これが、アタシと精霊の算盤亭の過去、それと今朝アタシが『どうかなっちゃってた』理由だよ」

「……そうでしたか」



僕らが皆揃って俯き黙る。

しかし、暫しの沈黙の後、オバちゃんはこう言った。


「……済まないね、暗い話になっちゃったね。本来なら敵を撃退した祝いのパーティーでもやらなくちゃいけないのにね」


そして、普段通りの笑顔を取り戻すオバちゃん。


「よし、今日明日の二泊分、アタシが奢ってやろう! アタシが出来る事はこれくらいしか無いけど、アタシからの気持ちだと思って受け取ってくれないかい?」


オバちゃんがなんとか空気を戻してくれようとしている。ここはもう乗るしか無いな。


「「「「勿論です!」」」」






そして、僕らはそれぞれ部屋へと戻った。

オバちゃん、それとこの宿(精霊の算盤亭)にそんな過去があったなんて。



しかし、オバちゃんの話を聞いて感じた。


僕にはまだ強さが無い。

僕の強みである【加法術Ⅲ】(アディション)【減法術Ⅰ】(サブトラクション)も、魔力の燃費が悪い。

まだまだ僕は強くなれるハズだ。


オバちゃんは強さを持っていたにも関わらず、あんな結果になったんだ。

じゃあ、強さすら持たない僕じゃどうなる?

魔王に襲われて、どうなる?


改めて確認しよう。

僕の目的は、この世界の人類の平和を守る事。

その為に、魔王を討伐する事だ。


その為には、まだまだ強さが足りない。



「強くならないと」


僕の中で、そう意志が固まった。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうか、この物語が
 
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そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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