1-2. 魔王
儀式の間を出た僕とアキは、神谷達の後を追いつつ食堂へと向かう。
「おお、キレイな廊下だな」
「あぁ。高級ホテルみてぇだぜ」
廊下の床には赤いカーペットが敷かれ、壁には照明のロウソク。
石造りの壁には焦げ茶色の木製扉が並び、金色のドアノブ付き。
……高級ホテルって、きっとこんな感じなんだろうな。数原家はあまりそういう機会が無かったから、あくまで想像だけど。
そんな事を考えながらも歩いていると、同級生の流れは下り階段へ。
「……おっ、計介。アレ見てみろよ」
「ん、どれ?」
「アレだアレ。上の小っせぇ窓だよ」
階段を下りつつ壁を見上げると……真っ暗な夜空が見える小窓。
そこから、月光に照らされた石造りのとんがり屋根が覗いている。
「あっ、アレは……お城あるあるのアレ」
「尖塔ッつーんだよ。前に世界史の授業でやったろ?」
「そうだったそうだった」
この豪華な内装に、あの尖塔に……僕達、本当にお城の中に居るんだ。
そんな実感が湧いた。
そのまま階段を何階分か下り、一際大きな扉を潜ると。
「「「「「おぉー!!!」」」」」
そこには、ずぅーっと横に延びる机と沢山の椅子。
高校の食堂じゃ比にならないくらいの広い食堂だった。僕達の感動の声も良く響く。
「どうぞ、お好きな所にお掛け下さい」
王女様が着席を促すと、同級生は続々と席に着いて行く。
「じゃあアキ、この辺にする?」
「あぁ。どこでも構わねぇよ」
席取りに若干遅れた僕とアキも、2つ並んだ空席を確保。
「勇者様方、どうぞ」
コトッ
コトッ
席に着くと、ドコからともなくやって来た使用人さんがお茶を出してくれる。
「あぁ、ありがとうございます」
「どうも」
使用人さんにお礼を述べつつ、湯気の立つコップの中を覗いてみる。
……茶色だ。麦茶かな。
「……まさか、毒とか入ってないよね?」
「俺に聞かれても分からねぇけど、その時ゃクラス全員総倒れだ。諦めようぜ」
「確かに」
……とは言われても、少しためらうなー。
かくいうアキもまだお茶には口をつけていない。アキどころか同級生の大半も手を付けていない。
さすがに毒は無いとしても、味が気になる。マズくないと良いんだけど――――
「……うん、美味しい! 私の好きなほうじ茶の味がする!」
「そうですよ、カミヤ様」
……大丈夫みたいだ。神谷が毒見をしてくれてた。
それを見て安心したのか、途端にコップに口をつけ始める同級生。僕とアキも少し啜ってみる。
「………………おいしい」
「…………美味ぇな」
温かいお茶を頂いたからか、緊張も少し解れた気がするよ。
「それでは皆様、よろしいでしょうか」
皆が一通りお茶を飲んだところで、王女様の声が掛かった。
同級生達もコップを置き、机の端に立つ王女様に目を向ける。
「それでは……『この世界』とは異なる世界から来られた皆様に、まずは『この世界』についてお話ししましょう…………
そして、王女様の話が始まった。
…………王女様のお話は割と長かったので、纏めちゃおう。
この世界には主に3つの生物が居る。『人類』、『動植物』、そして『魔物』だ。
僕達みたいな人間は、もちろん『人類』。他にもエルフだの獣人だの色々と居るみたいだけど、基本的に会う事は滅多に無いみたいなので割愛された。ザンネン。
動植物は、読んで字の如く。動物や昆虫や魚や植物や、その他諸々。
気になる『魔物』についてだけど……これは後程みたいだ。
王女様、焦らすねー。
次に『地理』についてだ。
僕達が召喚されたこの国は……『ティマクス王国』っていう王国。
北側は山岳地帯、中央部は東西にのびる草原や砂漠、そして南は深く暗い森に覆われている。
そんな僕達が今いるのは、王城の建てられた王国最大の都市『王都』。国の中央部、草原のド真ん中にあるんだって。
他にも大きな街が国の西、東、北にもあるみたいだ。
王国の東側は海に面しており、周囲にも幾つか国が有るみたいだ。
特に、王国南の深い森を抜けた先にある『帝国』とは仲が良かったみたいだけど……今はその位の情報で十分なようだ。
続いて……お待ちかねの『魔法』についてだ。
どうやらこの世界には、僕達も一度は夢見た『魔法』が存在するらしい!
……どんなモノなんだろう? 早く見て見たいな!
で、魔法についての説明だけど……次のような感じだ。
人間も含む全ての生物は、大気中に存在する『魔力』を吸収して体内に溜めている。呼吸みたく、無意識に。
それをパッと放出して発動するのが、魔法だ。
で、その魔法には使う人によって呼び方が3種類ある。
魔法を使わず、武器を使って戦う戦士だと『スキル』。
武器を持たず、魔法を使って戦う魔術師だと『魔法』。
人に依らず、誰でも使えるモノは『共通魔法』。
そんな『魔法』の中でも、火・水・風・土・光・闇の6種類は使う人が多いので『系統魔法』とも呼ばれてるらしい。
それ以外の魔法は全部『特殊魔法』で一纏めだ。
難しいから纏めると、要は『魔力は勝手にじわじわ貯まり、魔法を使う時に一気に放出する』って感じでオッケーだそうです。
そして最後――――本題である『魔物』と『魔王』についてだ。
この世界には先に教えられた通り、魔物が存在する。
どこから生まれるかというと……大気中の魔力が偏って集まった所。その魔力が魔物を形作って、突然ポンッと現れるらしい。
魔物には種類が有り、だいたいドコで生まれたか・どれだけの魔力が集まってできたかで決まる。
草原では比較的弱い魔物に良く出会うし、森や洞窟みたいに魔力の溜まりやすい所には強い魔物が現れやすい。その中でも特に強い魔物は、沢山の魔力で形作られてるってワケだ。
そんな魔物だけど……魔物自体が特に害悪なのかと言われると、実はそうではない。
害虫が居れば益虫も居る。害獣が居れば益獣も居るように、良い魔物も悪い魔物も居る。
人間は動物を狩るし、時には動物に殺されるように……魔物を狩るし、時には魔物に殺される。
それだけだったのだ。
――――『魔王』が現れるまでは。
僕達の召喚の目的である魔王も、例外ではない。人間が勝手に『魔王』と名付けて呼んでいるだけの魔物だ。
けど、魔王は他の魔物と二点、違う所が有った。
第一に、体を作った魔力量。
普通に起こりうる程度の魔力の偏りでは生まれないはずの魔力量。王女様曰く、『普通の魔物の一万倍なんかでは、全く足りない程でしょう』らしい。
……想像しただけでちょっと怖い。僕達で倒せるのかよ?
第二に、魔王が他の魔物を操って人類を攻撃する、という推測。
魔物が種族内で群れをつくり、人間の街や村を襲う……なんて事は、決しておかしい話じゃない。
しかし……魔王が現れて以降、魔物同士が種を問わずに連携を始め、街や村を攻め始めたのだ。
軍を為して攻め込み、人を殺し、街を荒らし、そしてさっさと他の街へと向かう。
どうしてそんな事をして回るのか、その理由は全く分かっていない。
対処法も解決策も未だに見出せない人類の出来ることは、故郷を捨ててただ逃げ回ることだけだった…………。
「………………その魔王は、王国南の深い森の中に城を建て、そこを本拠地としているようです」
「成程」
黙って頷く同級生の中、神谷が独り相槌を入れている。
「魔物の侵攻は、そこを起点に四ヶ月前程から始まりました」
「四ヶ月もですか!? だとすると、王国には既にどれ程の被害が――――
「いえ。幸いにも魔王の軍勢は森の反対側、帝国へと進んでいます。未だ王国への被害はありません」
「そうですか、それは良かった……しかし、森の向こうでは相当な犠牲が出ているのでは?」
「恐らく。唯一繋がっていた帝国首都との連絡も途絶えてしまい…………つまり、そういう事かもしれません」
「「「「「…………」」」」」
そういう事――――笑い事では済まされない状況を想像し、黙り込む僕達。
「最近はから魔王城での動きも大きくなってきており、帝国への襲撃も厳しくなっている。把握しきれていないが、もしかしたら帝国の3分の1以上が壊滅しているかもしれない……以上の情報が、『帝国』から届いた最後の情報です」
「……最後の情報…………」
「はい。そして、ここからは私達の推測ですが……今でこそ魔王軍は、人口の多い帝国を攻め滅ぼしている。しかし、もし帝国の壊滅が進めば…………」
「次の標的は、ここ王国」
「そういう事です。……恐らく、時間の問題でしょう」
「「「「「…………」」」」」
……成程な。大体分かった。
『魔王』――――魔物を駒に人を殺して暴れ回る、人類の敵か……。
だけど、そうと分かれば僕達がやる事はただ一つ――――
「……クラス諸君、状況は理解したね? 我らの目的は1つだ。…………そう!」
「「「「「魔王を倒すッ!!!」」」」」
全員の声と心が、一致した。
「……私からお話しできることは以上です。長話となってしまい申し訳ございませんでした」
「いえいえ、我々に今の状況を細かく教えて頂き、誠に感謝致します」
王女様のお話も終わると、神谷が社交辞令で対応だ。
……うん。もう僕達が何も言わずとも神谷が勝手に対応してくれるな。彼に任せちゃおう。
「それでは……陽もだいぶ暮れてしまいましたし、本日はこのままご夕食としてから解散しましよう」
「「「「「おぉ!!!」」」」」
夕食ッ!
ほうじ茶の味は結構良かったし、コレは期待できるぞ! どんなメニューが出るんだろうかなー。
「ご夕食が済みましたら、勇者様方には一人一部屋客間をご用意しております。そちらで疲れを癒されてください」
「「「「「おぉぉ!!!」」」」」
客間ッ!
こんな高級ホテルみたいな王城の客間だ! きっと豪華な部屋なんだろうなー。
……こんな事言っちゃ『この世界』の人々に申し訳ないんだろうけど、まるで修学旅行みたいに盛り上がる僕達なのでした。