5-8-2. 『タマ・アバカスの記憶Ⅱ』
そのままアタシとハリーは結婚した。
村の皆も 祝ってくれたよ。
中にはハリーを怪しいと疑う人も居たけど、ハリーがこの村をベタ褒めして言いくるめてしまった。
ハリーの巧みな話術、ビックリしたね。
今考えりゃ、何処かの豪商みたいな巧い話術だったね。
そうそう、結婚を機にハリーと一緒に住む事にもなったんだ。
村の空き家を一つ借りて、暫くはそこに住んでたね。
父と母とは別居だったけど、ハリーと2人でよく行ってもいたよ。
そして、旅館の建設が始まったんだ。
場所はアタシの村の中の一番山側。
山も見えるし、海も見える場所。
此処に旅館を建てる事にしたんだよ。
で、旅館で出す食事についても決めたんだ。
山でとれる山菜や魔物の肉、それと海でとれる魚や村の特産品、貝。
この手の料理はハリーが習得済みだったし、アタシがとって来たものを使う事にしたんだ。
旅館の業務はハリーが、食材の調達と手伝いがアタシって感じに決まったんだ。
アタシの夢は狩人だったから、これに異存は無かったね。
ハリーもアタシのやりたい事に気を遣ってくれたようで、今じゃ本当に感謝してるよ。
そして、旅館の建設開始から2年半。
アタシは16歳、ハリーは19歳になった頃。
遂に、旅館が完成したんだ。
2人並んで旅館の玄関の正面に立ち、眺めた。
外装はこの村で採れた木や、土を使った瓦。
内装には畳張りっていう床。
ハリーが『心が休まる旅館を』って言って、こうしたらしいんだよ。
アタシもこういう雰囲気は嫌いじゃなかったからね、ハリーがやりたいようにさせたんだ。
決して大きな旅館ではない、こぢんまりとした建物だった。
客間の数もそう多くなかったよ。
そして、ふとハリーがこちらを見て言ったんだ。
旅館の屋号はどうしようか、ってね。
その瞬間、フフッと笑ってしまったよ。
まさか建物や食事、客間からの眺めとか色々考えてたのに、大事な事を忘れてたなんてね。間抜けにも程があるよ。
どうしようかね、と言葉を返すと、ハリーは胸から算盤を取り出してこう言ったんだ。
『この宿の名前は、『算盤荘』にしようと思う』
『え?』
これを聞いた時は変わった名前だ、と驚いたね。
でも、それに続く話を聞いて納得したよ。
『タマも分かってると思うけど、この旅館は心休まる場所にしたいと思ってるんだ。街で日々働く人々がある日、ふと算盤を見てこの宿を思い出し、『あぁ、またあそこでのんびりしたいな』って感じられる宿にしたいんだ。おかしな屋号かもしれないけど、算盤を通して人々の安らぎの場所にしたい。どうかな、タマ?』
『確かに、変わった屋号とは思ったよ。だけど、ハリーの考えは素敵だね。アタシも気に入ったよ。そうしよう』
そして、旅館の屋号は『算盤荘』に決まったんだよ。
すると、ハリーが改めてこっちを向いた。
『タマ』
『ん? どうしたんだい、急に改まって』
『俺がタマを守る……とは言い切れない。絶対タマの方が強いしな。でも、俺は俺なりに……商人として、タマを守っていく。そう誓うよ』
2年半越し、かなり遅れてのプロポーズだった。
きっとハリーは『不自由ない暮らしをさせたい』って思ってたのかね。
アタシはハリーの思いに正直に応えたよ。
『はい。こちらこそ』
それから20年が経った。
アタシは36歳、ハリーは39歳。
村の様子は変わらない。
相変わらず山と海に囲まれた、教会も無い小さな村。
だけど、人の出入りは全く以って変わった。
算盤荘にはそれなりに客が訪れていた。
軒先で日向ぼっこをする家族が居り、村の港には特産品の貝を買う老夫婦が居り、客間で潮風に当たりながら昼寝を楽しむ冒険者が居た。
あんな辺鄙な場所にあったんだ。算盤荘も、最初の方は中々人が訪れず、大変な頃もあったよ。
だけど、泊まりに来てくれた人が口伝てにここの噂を広めてくれたようで、王都や遠い西の街からもわざわざお客が来てくれていたよ。
そして、何故かアタシまでちょっぴり有名になっていたんだ。『凄腕の冒険者が居る宿』とも言われていたようで、少し恥ずかしかったね。
だけど、この年の『あの日』、全ては狂っちまったんだ。




