5-8-1. 『タマ・アバカスの記憶Ⅰ』
しばらくして、オバちゃんは泣き止み、腕を放した。
「……済まないね、宿の女将がこんな情け無い姿を見せちまって……」
「普段あんなに元気なのに、オバちゃん急にどうしたの……?」
コースもズバッと質問攻撃をするが、その口調はいつもと異なり控えめだ。
「あぁ、ちょっと昔の記憶を思い出しちまってね……」
「記憶……ですか?」
「あぁ、そう。悲しい方の、ね。あの『敵襲』の鐘を聴くと、どうしてもあの日の事が頭に蘇るんだよ……」
「「「…………」」」
気まずい。
場の空気が重い。
僕らは何と言葉を返せばいいんだ。
「……どんな事があったの?」
必殺、コースの容赦無い質問攻撃! 口調は控えめでも、色々控えられていない。
コースの心は鋼鉄ででも作られているのだろうか。
「……あぁ、そうだね。王都を守る為に戦ってくれたアンタ達には感謝してもしきれないし、お返しにこれくらいしてもバチは当たらないね。教えてあげるよ、アタシの過去を」
そう言って、オバちゃんは僕らをロビーの談話スペースに座らせ、『過去』を話し始めた。
☆
突然、アンタ達には恥ずかしい姿を見せちまって済まなかったね。
これは、アタシの過去の話だよ。
アタシの中に眠る『敵襲』の鐘の記憶
それと、この『精霊の算盤亭』の物語。
アタシの生まれは東部にある、山に囲まれた小さな漁村でね。
海の眺めと特産品の貝以外に何の取り柄も無い、ただの小さな村なんだけど、そこで生まれ育ったんだよ。
家は両親とアタシの3人家族。
金銭事情は、ひもじい思いをするほどじゃなかったよ。
職が斧術戦士の父は山に入って魔物を狩り、貝産商人だった母は特産品の貝の養殖の仕事をしていて、そこそこ実入りは良かったようだからね。
子どもの頃は、自慢じゃないけどどこの家の子よりも活発だった。どの男の子よりも男らしい、とよく言われてたよ。
そんなアタシが8歳になった頃、父に一緒に狩りに行ってみるか、って誘われて、着いて行くことにしたんだ。これがアタシの『冒険者』の始まりだったね。
父に連れられて山に入ると、父の纏う『雰囲気』が変わった。いつもの優しい父とは違う、なんだか猛獣みたいなピリピリした感じ。
そして、山をまるで平地のように駆け抜け、魔物を見つけると得物の斧を振り回して仕留める。
あれは凄かったよ。振るたびにブンと空を切る音、まるで木を切り倒すかのように魔物の首を切り落とす。
その日からアタシの冒険者生活が始まったんだよ。
来る日も来る日も父と共に山に入って、狩りを教わっていたんだ。
山を駆ける方法や、魔物の種類、倒し方を学んだんだ。
父からもオサガリの斧や防具を貰い、父と共に狩りを行ったりもした。
その頃からは、村の中では子ども扱いされる事は無くなったね。
それから2年が経ち、アタシは10歳。
遂に職を授かる時が来た。
アタシの村には教会が無かったから、隣町の教会に行って職を授かった。
まぁ、職の決定には子ども時代の生活や両親の職が関わるようだから、アタシも両親も大体何になるか分かってたけどね。
予想通り、『斧術戦士』だったよ。
教会を出て父と母はアタシを抱いて喜んでくれたね。
そして父からこんな言葉を告げられたんだ。
『タマ、お父さんが冒険者としてタマに教える事はもう無い。免許皆伝、お前はこれでもう一人前の狩人だ』
その瞬間、アタシは嬉しくなった。アタシの師匠みたいな人である、父から認められたんだ。とても嬉しかったよ。
その後、街へ戻ったアタシは毎日狩りまくったよ。
それはもう、どんどん狩った。
狩って狩って狩りまくった。
そして、とても強くなった。
そしてアタシも14歳になった頃のある日、アタシはいつも通り山に入って狩りをしていたんだ。
その日は、アタシらの村と隣町を繋ぐ山道の辺りで狩りをやっていた。お昼も過ぎて、そろそろ獲物を持って帰ろうかと思っていたそんな時だよ。
『うわあぁぁぁぁーーー!!』
そんな叫び声が聞こえて来たんだ。
聞こえて来たのは山道の方角。
なんだ、と思いつつ走って山道の方へと駆けて行くと……そこには、荷物を積んだ馬車が魔物に襲われんとする所だった。
でもその魔物はアタシにとっちゃあただのカモ。
少しサイズが大きい個体だったけどね。
そういう訳で、斧を一振り。
一撃で魔物もアタシの獲物となった。
さて、腰に差したナイフで血抜きをしながら、アタシは馬車に乗っている若い男に声を掛けた。
馬車が魔物に襲われる前に倒したから、被害は無いはずなんだけど。
『大丈夫かい?』
『え……あ、あぁ……だぃ、大丈夫です』
これこそが、後のアタシの唯一の夫、ハリーとの出会いだった。
今思えばハリーとの出会いはこんなんだったね……。懐かしいよ。
どうやらハリーはアタシの村に向かう途中だったようで、その後アタシも馬車に乗せてもらって、2人で村に向かったんだ。
ハリーは、最初こそアタシを命の恩人扱いして中々心を開いてくれなかった。だけど、色々と話しながら村へと向かううちに段々と打ち解けたね。村に着いた頃にはハリーの笑顔も見られたよ。
ハリーと一緒に居て楽しい、って思ったね。
で、商人以外には滅多に人の来ないこの村になぜハリーが来たのか聞いてみたんだ。
すると、ハリーはこう答えたんだ。
『心休まる旅館を作りたいんだ』
どうやらハリーの職は旅館商人で、夢は自分の旅館を持つことだ、って言ってたね。彼は数ヶ月前に旅館の亭主の修行を終え、自分の旅館を建てる場所探しに出ていたようだ。
そして、アタシ達が村に着くと。
ハリーはその途端、目を見開いて驚いたんだよ。
村の小ささにでも驚いているんだろう、と思ったけど違ったようだ。
彼の口から出たのは、こんな感動の言葉だった。
『こんな海と山に囲まれた村……なんて美しい風景なんだ!』
彼の理想としていた旅館は二つ。
山に囲まれ、秋には美しい紅葉が見られ、山の幸が食べられる旅館。
海に面しており、部屋にも磯の香りが届き、海の幸が食べられる旅館。
此処ならその2つを一度に叶えられる、と言っていたね。
そして、ハリーは此処に旅館を建てたいって言ったんだ。
驚く程の即決で。
まぁ、それは良いとして、アタシはハリーに礼を言って馬車を降り、家へと戻ったんだ。
すると、ハリーもアタシの家に来たいって言ったんだよ。命の恩人だ、御両親にも挨拶がしたいって言ってね。
で、ハリーと一緒に家に帰り、アタシはいつも通り庭で獲物の解体をしていたんだ。
すると、家の中がなんだか騒がしくなってね。
家に入ると、凄いことになっていたんだ。
後で聞いた事を纏めると。
まず、ハリーの父と母への挨拶。これは普通だった。
次に、父がハリーに村に来た理由を聞いた。そこでハリーがこの村に旅館を建てたいとカミングアウト。
父も母も断る理由が無いし、村がベタ褒めされて気が良くなったからか賛成したようだよ。
そして、最後に。
アタシに一目惚れした、結婚させて欲しい、との事。
……いやいやいや、アタシが居ない所で何勝手に話進めてんの、って思ったんだけど。
気を良くしていた父と母はハリーを信頼して『こちらこそ宜しく』って言っちまってたんだ。
まぁ、アタシもハリーと一緒に居て楽しいって思っちゃったから、断る気は無かったけど。
そして、そこでアタシとハリーの結婚、それと旅館を建てることが超ハイスピードで決まっちまったんだ。
……今考えりゃ、凄い話だね。
 




