5-8. 終結
門から流れ出した300の戦士によって、残った1000のウッドディアーは次々に討伐されていく。
「いやー、シンもダンも頑張ってんな」
外壁の上から2人を見守る。
多少ヒヤッとする瞬間はあるが、怪我なく倒している。
今シンが3頭目、ダンが2頭目と交戦中だ。
シンは1頭目で早々にコツを掴んだようで、曲芸のような動きで角の下を潜り、すれ違いざまに首を掻き切っている。
ダンは子ども(?)を連れ、2人で一緒にウッドディアーの相手をしている。大盾と棍棒のペア、中々良い組み合わせなんじゃないかな。
「2人とも頑張れー!」
両手をメガホンにし、目をギュッと閉じて叫ぶコース。
健気だ。
いやー、それにしても僕の学生達は3人とも頑張ってるな。元気で宜しい。
……3人はちゃんと活躍しているが、そういや僕って今日活躍できてない……?
————いや、活躍出来てる。超貢献したわ。
クラーサさんのINTを30上げて、【溶岩領域Ⅵ】を超ド級魔法に引き上げた。
よし、学生達に合わせる顔も確保できた。
ここまで来ればもうこちらの勝ちだろう。あとはシン、ダンの頑張る姿を見守るだけだな。
南門の開門から20分、最後の一頭のウッドディアーが倒された。
「報告! 【広域探知Ⅷ】の結果、周辺の敵性存在は0になりました!」
「そうか、分かった」
そう言うと、モードさんは外壁の上から王都内、王都外の両方に向かって叫び始めた。
「戦士、魔術師、支援部隊の皆、聞いてくれ! 皆の協力により、今全ての敵は討伐された!」
「「「「「オオォォォーーー!!!」」」」」
その瞬間、南門一帯を勝利の雄叫びが埋め尽くした。
「王都戦士団の奴らも魔術師連合の奴らも来ない中、王都を守れたのは紛れもなく皆のお陰だ! 只の門番兵長でしかないが、そんな私の指揮に従ってくれた事、また王都の防衛に力を尽くしてくれた事、誠に感謝する!」
「「「「「オオォォォーーー!!!」」」」」
これを聞いて思い出したんだが、そういえばモードさんって飽くまで南門の門番兵長なんだよね。
あれだけのリーダー性、統率力を持っているのだ。兵長なんかで燻ってないで、どこかの団長になっててもおかしくないと思うんだけどね。
「モード! モード!」
「「「モード! モード!」」
「「「「「モード!!! モード!!!」」」」」
雄叫びが終わったかと思うと、今度はモードコールが始まった。
「あ、ありがとう……ありがとう!」
顔を赤くして恥ずかしげに手を振るモードさん。
褒められ耐性はないようで、ガッツリ照れていた。
モードコールは暫く鳴り止まなかった。
尚、この衝突は、魔王の群勢が初めてティマクス王国へ攻め入った事実として歴史に残ることとなる。
結局、有事の際に王都防衛の任を果たすはずであった王都騎士団・魔術師連合は、討伐に参加する事は無かった。
この後、騎士団および連合はその責を問われ、大変なことになる。
さて、ウッドディアーによる襲撃は無事退ける事ができた。
コースと共に外壁の階段を降りて正門に向かうと、丁度シンとダンが門を潜って来る所だった。
「シーン! ダーン! お疲れ様ー!」
「おぅ! コースもな」
「お疲れ様でした!」
3人が手を取り合って再会を喜ぶ。
僕からすれば『たったの1時間程の別れで何を』って感じに思うんだが、よく考えればこちらの世界は生死が身近にあるのだ。日本みたいなアマチャンの国ではない。
だからきっと、『再び会えて良かった』という思いも強いのだろう。
「先生、無事帰って来ました!」
「おぅ、見てたぞ。見事な首狩りだったな」
シンが可愛い笑顔でそう言ってくる。
こんな童顔剣士が先程まで豪快に首を切り落として回っていたなんて、中々なギャップだな。
「さて、なんとか敵襲から王都を守れて良かった。こんなの初めてだったから、僕もドキドキだったよ」
「俺らもこんなの聞いたこと無かったから結構緊張したぞ。な、シン」
「はい、それはもうドキドキでしたね」
「そうか」
……いやー、なんとかこうやって無事4人で再び集まれた。良かった良かった。
改めて、門から戦場を眺める。
門の近くには草が焼け焦げて土剥き出しだったり、溶けかけた氷で覆われていたり、草原がズタズタに切り裂かれていたりと魔法斉射の跡が刻まれている。
その先には、大量のウッドディアーの死体、それと血に塗れた草原。
「うっ……」
しまった。無意識に僕のホームグラウンド、血に塗れた草原へと足を進めてしまいそうになった。
もはや条件反射になりつつあるが、必死に抑える。
「先生、どうしたんですか?」
「あ、いや……何でもない」
「ハハーン、成程ー! 先生はウッドディアーの角が欲しいんですね! ダメですよ!」
コースがどこぞの名探偵みたいに推理を述べるが、残念ながら正解ではない。角が目当てじゃないのだ。
こんな事言うのもなんだが、血に塗れた草原を見てると気分が落ち着くというか、冷静になれるというか……。
ハッ、駄目だ駄目だ。こんな事絶対言えない。マジな狂科学者になってしまう。
「いや、そういう訳じゃないんだけどね……」
適当に誤魔化そう。なんか話題、話題無いかな……
「あ、そうそう。見た所、ここから離れる剣士も魔術師もみんな手ブラで帰って行くけど、誰も剥ぎ取らないのか?」
「え? 先生知らないの?」
「冒険者としてのマナーだ。普通の個人的な狩りじゃなく、こういう大人数での戦いがあった時には、俺らは出来る限りそのままにして帰るんだ。他人の物や獲物には手を触れねえ。戦後処理は戦士団や騎士団、街の衛兵隊に任せるって事になってる」
「街の団や隊といった公式な組織が後から戦場の記録、犠牲者の回収、魔物の剥ぎ取り等の後始末を行ってくれます。また、その剥ぎ取った買取金額は戦争に参加した冒険者に配当として渡されますよ」
ほぅ、お金貰えるんだ。
皆剥ぎ取りもせずに帰るのだ。こう言っちゃなんだが、今回のはボランティアかと思ったけど、そうでも無いんだな。
「そうなんだ。初めて知った」
「……まぁ、マッチョ兄さん、だったか? あの人なら『そんなん自分で調べろ』って言うだろうな」
「フフッ、確かに」
……ダン、マッチョ兄さんのモノマネ意外と上手いね。
「さて、じゃあ帰るか」
「「「はい!」」」
フーッ。疲れた。
気が緩んだからか、身体中に疲れがドッと溢れてくる。
あー、疲れた。さっさと宿に帰って寝よう。
「あー、やっと着いたー」
何とか精霊の算盤亭に到着。
オバちゃんに挨拶しつつ、宿へと入る。
「オバちゃん、ただ今帰りましたー」
「あ、あら……アンタ達……お帰り」
ん? オバちゃんの様子がおかしいな。少し声も震えてるし。
どうしたんだろうか。
「……無事、倒して来れたの……?」
「はい!」
「うん!」
「おぅ!」
「……!」
3人がそう言う。
オバちゃんの目には涙が浮かび、声の震えも更に大きくなる。
「えぇ、王都を守って来ましたよ」
「……そうかい……!」
僕がそう言うと、オバちゃんはカウンターから出て来る。
そういえばオバちゃんのカウンターに座る以外の姿、初めて見————
「うぉっ!?」
「はぅ!?」
「キャッ!?」
「おっ!?」
オバちゃんは両手で僕ら4人を強く抱き締め、大粒の涙を流していた。
「ありがとう、ありがとう————!!!」
普段あんなに気の強いオバちゃんが、こんな行動を……。
まぁ、何か思う所でもあるのだろう。
暫く、皆でオバちゃんをそっと慰めていた。




