24-15. 鬨
午前7:30。
洗顔、歯磨き、朝食。一通りの支度を終えた僕は、船の行き来するフーリエ港を眺めながら白衣に袖を通していた。
「……ふぅ」
ついにこの時がきた。
山岳都市・マクローリン遠征、当日だ。
昨晩はちょっと遅めだった割には、今朝の目覚めはすこぶる良好。不思議と寝不足感もない。
朝食は昨日のうちに用意していたパンをパクリ。……本当はアークお手製の鉄火丼が良かったけど、あまり重い朝食だとククさんに揺られて狼酔いするからな。
洗顔もオッケー、歯磨きもオッケー。寝癖も直した。あとは――――
「着替えもオッケー」
羽織った白衣の襟を正して、準備完了。
あとはリビングの荷物を玄関に運び出して、庭に集合。
そして出発するのみだ。
「……よし」
行ってくるよ。取り返しに。
活気あふれる港町を最後に目に焼き付けて、シャーッと左右のカーテンを閉じた。
「来たわね、ケースケ」
「勇者殿。御待ちしていた」
「もう半分くらい運び終わってますよ」
「……あらっ、もうそんなに」
1階のリビングに下りれば、もう既に荷物が半分以上玄関に運び出されていた。
……ずいぶん早いな。昨日の会議で決めた時刻の30分前だってのに。
「俺らもうウズウズしちまって。さっさと始めてたぞ!」
「先生ちこくー!」
「ゴメンゴメン」
さすがに30分前集合で遅刻呼ばわりは酷じゃない……と感じつつも、僕も荷物運びに加わった。
全ての荷物を運び出した。
庭の芝生には、いつの間にか荷物の山が出来上がっていた。
片道4日のマクローリン、行程はそう長くないけど……いかんせん大所帯だからな。ウルフ隊が全員参加なのもあって、荷物の量もそれなりだ。
「最終確認です。忘れ物はないですね?」
「「「「はーい!」」」」
玄関の扉に手を掛けながら尋ねるシン。
僕達の返答を聞いて、鍵穴に鍵を差した。
カチャッ
「鍵かけました!」
「オッケー。ありがとう」
……これでしばらくは僕達の家ともお別れだな。
この療養期間、僕は1ヶ月ずっと家に籠りっぱなしだったけど……これからは逆に、しばらく家を空けることになる。
作戦会議室・CalcuLega、お留守番を頼んだよ。
「それじゃあ……ウルフ隊。全員整列!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
号令を掛ければ、軍隊のごとくウルフ隊が並ぶ。
ククさんを先頭にキッチリ5×3だ。
「担当ごとに分割!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
キビキビと忠実に動くウルフ隊。
5×3がザザッと組み替わり、5×1と5×2の2グループに。
「出発準備!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
打合せ通りにウルフ隊が動き出す。
5×2の10頭は荷物担当。荷物の山から各自の荷物を拾い出し、器用に背負う。
残りの5頭は僕達とペアになって騎乗担当だ。コースのペアにはゴーゴがつき、ダンにはナーゴが。シンには灯台仲間のクーゴ。アークの枠はウルフ達の間で取り合いになった結果、No.3のナナンが勝ち取った。
僕のペアはもちろんククさんです。
「勇者殿」
「おぅ」
僕の前で屈むククさん。フサフサ毛皮の背中に両手をついて跨る。
ククさんが力強く立ち上がると、僕の両脚が宙に浮いた。
「……この安定感、さっすがククさん」
「有り難き御言葉」
何といっても頼もしさが凄いんだよな。ちょっとやそっとじゃ崩れないこのズッシリさ、わずか4本の脚で支えているだけとは思えないほど。
他のペアもそれぞれウルフに騎乗し、「よろしくね」「御任せを」と声をかけ合っている。
信頼関係もバッチリだ。
「……それじゃあ」
自宅を背景に、庭に集った全員の顔を見回す。
機動力のある鎧に、腰に差した長剣に、金髪を揺らすシン。
水色のローブととんがり帽子に、ポケットに忍ばせた魔法の杖に、水色の長髪を靡かせるコース。
重厚な全身鎧に、背中に背負った大盾に、頼もしげな黒の短髪と緑眼のダン。
軽装に、銀色の槍に、赤い長髪と紅の瞳を輝かせるアーク。
鬱蒼とした樹海を思わせる、深緑の毛皮に身を包んだ15頭のウルフ隊。
その顔には、一片もマイナスの感情などない。
自信、期待、楽しみ。久し振りの旅を、マクローリンを待ちきれずにいた。
「それじゃあ……山岳都市・マクローリンに向けて――――
――――その時だった。
どうやら僕は……いや僕達は、1つ大事な忘れ物をしていたみたいだ。
「しねよ」
「「「「「っ!?」」」」」
朝方の空に響く、ストレートな暴言。
誰に向けて放たれたのかは分からないが……誰が放ったかは、見上げずとも分かった。
「この声は……ッ!」
「「「「メネさん!?」」」」
体長の何倍もある翼を広げて、音もなく滑空する1羽のミミズク。
つい昨日知り合いになったばかりのメネさんだった。
「メネさん! 来てくれたんですね!」
「きてやった」
クーゴの上に騎乗するシン、その上でバサリバサリと数回羽ばたくと。
シンの肩を止まり木代わりにガシッと掴まった。
どうやら出発前のお見送りに来てくれたようだ。
「いやまさか……メネさんがサプライズ登場してくれるとは!」
「はっはっは」
「ありがとうございます!」
「よろこべ」
「嬉しいです!」
「もっと」
「超嬉しいです!」
「えっへん」
……相変わらず、しっかり気の合ったシンとメネさん。
灯台仲間の絆は想像以上に強そうだ。
「メネさんもご存知の通り、しばらくフーリエを離れます。その間灯台はお預けですけど……また帰ってきた時には」
「とうだい。のんびり」
「はい! メネさんと私とクーゴで、のんびり過ごしましょう!」
シンの右手が茶色の羽を優しく撫でる。
にもかかわらず表情不変のメネさん、ぶっきらぼう。……心なしか俯き気味なのがちょっと可愛かった。
「……それではメネさん、お見送りありがとうございました。私達そろそろ出発しますので――――
「は?」
……え?
メネさんの嘴から疑問の声が零れる。
「……ん?」
「は?」
「……え?」
「は?」
「めっ、メネさん……どうしたんですか?」
「ちげえよ」
……違う?
「違う……と、いいますと?」
「いく」
「行く?」
「つれてけ」
「連れて……って、メネさんをですか?」
「ばか。きまってる」
えっ……えええ!?
メネさんも一緒にマクローリン遠征に来るの!?
「メネさん、てっきりお見送りに来てくれたものだと……」
「ちげえよ。ばか」
「いや、でも良いんですか!? 森の主がフーリエの森を離れちゃって――――
「もんだいない。ほっとけ」
放っとけ、って……。
森の主の責任感とは。
「良いんですか?!」
「『つなみ』おわった。だからだいじょぶ」
「……成程」
『津波』……。僕達が前に倒したサファイアホエールの別名だ。
災厄が去ったからしばらくは大丈夫、って事だろうか。
「しかしそれでも、万が一何か起きたら――――
「おまえ。しんぱいばか」
「心配バカ……」
「かんがえすぎ」
心配バカ(笑)。思わず吹いてしまった。シンの奴、もうメネさんに心配性を見透かされてやんの。
まぁシンの気持ちも分かるけど……森の主が大丈夫だと言っているのだ。そこはメネさんを信じよう。
「それに」
「それに……?」
「もり、つまんない。なにもおきない」
「それで何よりじゃないですか。平和が一番ですよ」
「もり、あきた。おまえら、おもしろそう」
「……それで一緒に行くって事ですか」
「だからなに」
あれ、メネさんやっぱり信じてよかったんだろうか。
……ということで。
結局、僕達はメネさんを連れていくことにした。
最後まで色々心配性を発動していたシンも、「森のことは森の主が一番知っている。お前は黙ってろ」とメネさんに言い包められて納得。
クーゴに騎乗するシン、その肩にメネさんが乗っかって――――コレで本当に全ての準備が完了した。
「最後に1つだけ、確認です。メネさん」
「なに」
「私達は遊びに行くんじゃありません。相手は魔王軍…………意味は分かりますね?」
「だいじょぶ。おまえ、ついてく」
「勝手に離れたらダメですからね」
「……しんぱいばか。しねよ」
何だシン、愛されてるじゃんか。
出会って3、4日でコレとは。よほど相性がいいんだろうな。
「……よし」
話も終わったところで、改めて自宅を背景に全員の顔を見回す。
シン。コース。ダン。アーク。
ククさんはじめ、15頭のウルフ隊。
そしてチェバ、メネ。
……ずいぶん仲間も増えたな。頼もしい。
「それじゃあ、山岳都市・マクローリンに向けて……――――
「――――出発ァァァツ!!!」
「「「「オー!!!」」」」
フーリエの辺境、人気のない空き家通り。
早朝の静けさを切り裂くように、15の騎が鬨をあげて駆け抜けた。
さてと。
右肩の傷は治ったし、幸運にも敵の目撃情報も手に入った。これからが本番だ。
待ってろ青鬼……絶対、奪い返してやるよ。リベンジだ!!
現在の服装は、麻の服に白衣。
重要物は……これから取り戻しに行く。
職は、数学者。
目的は、青鬼……そして魔王の討伐。
準備は整った。さぁ、行きますか!




