24-14-2. 『アーク先生の特別講義③ 割り算Ⅱ』
point②
『整式とは"単純なxだけの式"』
わずか5分間の講義、その最初の1分は『整式』の何たるやから始まった。
「まずね、ケースケ。この手の問題は『整式の割り算』っていうの」
「整式?」
「ええ。簡単に言うと『何x何乗 + 何x何乗 + … + 何x² + 何x + 何』と表せる式のこと。これが整式」
「なるほど」
「sinxや分母のxが居ない、いわゆる『単純なxだけの式』って感じかな」
はいはい、確かにな。
今回の問題でいえば 8x²+9x+6 と 4x+1 、どちらも整式。整式を整式で割るから『整式の割り算』なんだな。
point②
『整式の割り算とは"あまりつき因数分解"』
整式という概念を知ったところで、次の2分めは本題『整式の割り算』だ。
早速、アークが黒板の隅にメモ書き程度の何かを書き添える。
∂∂∂∂∂∂∂∂∂∂
(x+1)(x+2) を x+1 で割れ
∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠
「ケースケ。これ、解けるかしら?」
「この程度なら余裕さ」
簡単だ。分子に (x+1)(x+2) 、分母に x+1 をセットして約分すればいい。
答えは……『x+2』。
「数学者舐めんな」
「正解、さすがね。……それじゃあ」
するとアークは、黒板隅のメモ書きの下に問題を1行書き加える。
∂∂∂∂∂∂∂∂∂∂
(x+1)(x+2) を x+1 で割れ
x²+3x+2 を x+1 で割れ
∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠
「はい。2行目のコレは?」
「…………ん、一緒?」
一瞬悩んだけどコレ、よく考えたら1行目の問題と同じじゃんか。
展開してカッコを外しただけだ。
「正解」
「ヨッシャ」
「じゃあ最後にこれ」
順調に答える僕を見てか、ヒヒッとにやけ顔のアーク。
更に1行分、問題文を加筆した。
∂∂∂∂∂∂∂∂∂∂
(x+1)(x+2) を x+1 で割れ
x²+3x+2 を x+1 で割れ
x²+3x+3 を x+1 で割れ
∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠
「……うわ」
3行目の問題。
要は先の問題に+1しただけだけど……それだけで急に割れなくなった。
「無理。割れない」
「そんなことないよ」
「ならどうやって……?」
「簡単じゃない。答えは――――『x+2あまり1』」
あっ……あまり!? マジか!
小学校でオサラバした知識を今ココで!?
「そう。整式の割り算というのは……要は、あまり付き割り算をすればいいの」
「あまり付き……」
「いえ、『あまり付き因数分解』と言った方が近いかな」
あまり付き因数分解……成程。
確かに x²+3x+3 を (x²+3x+2)+1 =(x+1)(x+2)+1 と『あまり付き因数分解』すればカンタンに解ける。
そっか。そういうイメージで考えればいいんだな。
point③
『割り算の筆算――真髄』
「じゃあ、ケースケ。ここからは実際に解く方法ね」
「お願いします」
整式とは何か、整式の割り算とは何か、丁寧な説明もあってそこそこ理解した。
続いての3分めからは、ついに実践的な解き方の説明だ。
「整式の割り算、解く方法は基本的に『割り算の筆算』と同じなの」
「あぁ、知ってる知ってる。筆算なら」
「なら確認。896÷41 、商と余りを筆算で求めてみて」
「オッケー。896÷41……」
計算用紙を手に取り、逆『て』の字に線を引く。
この数字の並びに並々ならぬ意図を感じるが……気にせず解こう。
21
41 )896
82
76
41
35 あまり
十の位は2だな。一の位も2が立つ……いや立たない。1で、余りが35か。41より小さいからオッケー。
よし、解けた。
「はいアーク、21あまり35」
「正解。ケアレスミスもなく解けたじゃない」
「数学者舐めんな」
……本音は結構ドキドキだったけどね。
あー良かった。
「整式の割り算も、基本的にはこれと同じ方法で解けるの」
「へぇ。同じ風に?」
「そう。……ちょっと見方を変えればね。ちょっと計算用紙貸して」
「はい」
言われるがまま、筆算の跡が残る計算用紙を手渡す。
白チョークをペンに持ち換えたアークが何やら書き足している。
「これ。見てみて」
「おぅ。……ん?」
十一 百十一
↓↓ ↓↓↓
21
41 )896
82
76
41
35 あまり
返ってきた計算用紙には百・十・一の文字が増えていた。
位取りのことだな。8百9十6、4十1みたいに読めってことだろう。
「そう。で、これを……こういう風に書き換えると?」
再び僕から計算用紙を取り上げ、再び文字を書き換える。
返ってきた計算用紙には、さっきとは違う『位取り』がなされていた。
x 1 x² x 1
↓↓ ↓↓↓
41 )896
82
76
「こっ……コレは!」
「分かったみたいね。筆算の位取りを x²、x、1 という風に見るだけ」
コレは賢い。
さっきのと同じ風に読めば、 8x²+9x+6。4x+1。
はぁー、思わず感嘆の溜め息が出てしまった。
「割り算に限らず、筆算で大事なのは……『位取り』。その真髄を弁えれば、きっと世界が変わるわ」
「確かに。これなら整式の割り算、できる気がする!」
「でしょ?」
point④
『商の"立て方"』
目から鱗、位取りの真髄を見たところで、ここから4分め。
整式の割り算の筆算、その方法に話題は移った。
「見てもらったとおり、整式の割り算の筆算は『普通の割り算』と同じ形でできる。けど」
「けど?」
「2点ほど、方法がちょっと違うの。そこだけ気を付ければケースケももう解けるわ」
「2個か」
「そう。その内の、まず1つめは……『商の立て方』」
「商の、立て方……」
商を立てる。
割り算の筆算で言うところの『一番上の行に数字を書くこと』。次の例でいう▲△の枠だ。
十一 百十一
▲△
41 )896
「この場合で考えてみましょう。普通の筆算の時、▲に立てる数字は?」
「2」
「理由は?」
「え、えーっと…… 41×2 だと89を超えない、41×3だと超えるだから」
「正解」
うわ、ちょっと焦った。まさか理由を聞かれるとは。
「で、次は整式の割り算。商▲の立て方がちょっと違って……ちょっとこの図を見てみて」
「はいはい」
計算用紙を再び取り上げるアーク。
空白に新たな筆算エリアが書き足された。
x 1 x² x 1
▲△
41 )896
△△
0
「それぞれの△は数字が入る枠ね。まずは▲に数字を立てるんだけど……見て、この一番下の行。8の下の下。ここが必ず0になるようにするの」
「0に?」
「そう。左の列が、引いて0になるように」
成程。
となると、8の下の△も当然8にならなきゃいけない。
それなら▲は……。
「▲=2?」
「飲み込みが早いじゃない。じゃあ、2を立てて計算を進めるよ」
x 1 x² x 1
2△
41 )896
82
76
アークのペンがxの位に2を書き込む。
ニイチがニ、ニシがハチで82。横線で区切って引き算。残った数字は7。
上から下ろしてきた6と合わせて、次は76だ。
「ここまでは大丈夫?」
「オッケーオッケー」
「分かった。それなら……ここからがポイント。よく聞いてね」
「……分かった」
どうやらココからが本番のようだ。
point⑤
『自然数とは限らない』
「次も同じく、▲に数字を立てる。 7-△=0 となるようにするの」
「おぅ」
つまり、この筆算でいう最下行のココが0になればいいんだな。
x 1 x² x 1
2▲
41 )896
82
76
△△
ココ→ 0 あまり
「そのとおり。では、▲に立てる数字は?」
「えーっと……」
とにかく 7-△=0 にすればいいんだよな?
△は4×▲で求まるから、 7-4▲=0 だ。ということは……。
…………え、いや……え? え?
冗談だろ?
「んー……4分の7」
「正解!」
噓、本当に?
冗談半分で答えたら当たっちゃったけど……まさかの分数かよ。
「ケースケの答えた通り、▲は 7/4 」
「分数入れちゃっていいの?」
「もちろん。なんなら分数だけじゃなくマイナスでも、2桁でも小数でも、ルートでもいい。……これこそが、『普通の割り算』と違う2個目なの」
「へぇー……」
頷いてはみたけど……何それ。カオスじゃん。
「詳しくは後で説明するとして、とにかく解き進めるよ」
「おぅ」
アークのペンが更に筆算に文字を書き入れ、徐々に完成へと近づく。
x 1 x² x 1
2 7/4
41 )8 9 6
8 2
7 6
7 7/4
17/4 あまり
▲=7/4なので、△△に入るのは左から順に7、7/4。
横線で区切って引き算。左の列は7-7=0なので、引き算で残るのは6-7/4。
つまり、最終的に余るのは……17/4。
「はい。これで完成」
「わぉ……」
感動。
思わず歓声を上げてしまった。
「じゃあ最後に尋ねるわ。…… 8x²+9x+6 を 4x+1 で割った、商とあまりは?」
「分かった」
真髄こと『位取り』を思い出しつつ、視界を筆算の最上段と最下段へ。
筆算の結果を読み上げた。
「答えは…… 2x +7/4 、あまり 17/4」
「大正解!!」
解けた……解けちゃったよ。
まさかまさか、初対面ではワケも分からなかった整式の割り算が……あっという間に。
それも、アークの宣言から1分も上回る――――4分間で。
「やっ……やば」
よりによって、小学校で捨てていったハズの知識が高ⅡBで輝くとは。
あまりの驚きに僕は語彙すら失ってしまった。
point⑥
『整式を整式で割る・再』
「あれ、1分も残ってるじゃない。……それなら」
予想外にスピーディに進んだ講義。余った最後の1分。
アークは、黒板の問題をほんの少し書き換えた。
「ではケースケ、残った1分でもう1問。これが解けたら本当に寝てよし」
「やってやるよ」
「問題。『8x²-9x+6 を 4x+1 で割れ』」
「おぅ」
アークの出題。どうやら +9 を -9 に変えただけのシンプルな改題だ。
これを自力で解ければ……胸を張れる。整式の割り算をマスターしたって。
……解くよ。
絶対解いてみせる!!
x 1 x² x 1
41 )8 -9 6
えーと……最初はまず、逆『て』の字型のテンプレート。ついでに真髄も上に添えておこう。
割る数は 8x²-9x+6 なので、テンプレの内側には8、-9、6。……なんかマイナスが入ると違和感すごいな。
割る数は同じで4、1だな。
で、ここからが例の作業だ。
2
41 )8 -9 6
8 2
-11 6
まず商に立てるのは2。8を消せばいいからな。
ニイチがニ、ニシがハチ。横線で区切って引き算。-9から2を引くと…… -11か。マイナスどころか2桁まで登場しちゃったよ。カオスだカオス。
でまぁ、6を下ろして……次のステップは-11と6の組合せか。
x 1 x² x 1
2 -11/4
41 )8 -9 6
8 2
-11 6
-11 -11/4
35/4 あまり
次も同じ風に商を立てる。今回は…… -11/4。分数にマイナスに2桁に、もはや何でもありだ。
それはいいとして計算を進める。掛け算して -11と -11/4。横線で区切って引き算。
最終的に余ったのは……35/4 。
つまり答えは、 2x-11/4 あまり 35/4。
……うん、何とも不安になる解だ。
「……合ってんのかなコレ」
「不安なら『あまり付き因数分解』で検算してみたら?」
あぁ、そうだった。
下を辿れば『あまり付き因数分解』だったんだよな。
割り算の結果から、あまり付き因数分解してみると……。
『 (4x+1)(2x -11/4) +35/4 』となる。
これを展開したら元に戻ればいいから、試しに展開してみると……。
おぉ、戻った。8x²-9x+6 。
「……問題なかったみたいね」
「おぅ。バッチリ」
僕の表情を見てかアークも察した様子。
――――そして、時は来た。
「では、ケースケ。……時間です」
「おぅ」
「答えは?」
自らの手で導き出した、商と余り。
検算も済ませて完璧。
アークの問いに、僕は自信一杯に解を唱えた。
「答えは―――― 2x-11/4 あまり 35/4 !!」
「正解!! おやすみっ!!!」
「おやすみッ!!!」
――――人も寝静まった、港町・フーリエ。
海沿いの港から坂を上に上に進んだ先の、空き家通り。
住民の居ない家屋が軒を連ねる中、とある1軒の家。
灯りのついていた1つの会議室と、2つの窓から――――パッと、灯りが消えた。
※column
以降、『整式の割り算』に関する補足事項です。
本文で登場した例題『8x²+9x+6 を 4x+1 で割れ』をはじめとする各例題につきまして、厳密にいうと問題文として不足があります。
xの定義域です。
割る数に変数を含む場合には、ゼロ除算を避けるための定義域が必要です。
例えば『8x²+9x+6 を 4x+1 で割れ』の問題であれば、割る数(⇔4x+1)がゼロとなる場合(⇔ x=-1/4)を除がなければなりません。そのため、問題文中もしくは解答の序盤で『x≠-1/4とする』という旨を明記する必要があります。
ただし、本文中では以上の内容を明記しませんでした。
割り算の筆算を応用して『整式の割り算』の計算方法を覚える、それを強調するために省略しました。
疑問を抱かれた方も多くいらっしゃるかとは思いますが、ご理解・ご容赦を頂けますと幸いです。




