24-13. 幻覚
「何あれ」
部屋の隅にある観葉植物、その枝に留まるようにミミズクのぬいぐるみは置かれていた。
……全然気付かなかったぞ、毎日この部屋は使っていたのに。
「いつの間に。コレ誰買ってきたの?」
「えっ……あ、あっ!」
部屋から出ようとしていた行列が一斉に振り返る。
一際大きな反応を見せたのはシンだ。
「シンの買ってきたヤツだったか」
「いや違、ちょ――――
「シンじゃないの?」
「いや私……まあ私ですけど、その……」
微妙な返答はさておき、やはりシンの物だったみたいだ。
観葉植物の枝にチョコンと留まるミミズクのぬいぐるみ……悪くない。黒板と会議机と本棚、無機質な作戦会議室・CalcuLegaにちょっとした和やかさが生まれた。
「へぇ。近くで見ると結構かわいいじゃんか」
1歩1歩と近付いてみる。
眺めれば眺めるほど目を惹かれる感覚、不思議だ。
眉毛のような角のような、たくましくシュッと伸びた羽。
黒と茶色のグラデーションが施された全身の羽毛。
ガシッと枝を力強く掴む脚から伸びる鉤爪、これぞ猛禽類。
そんなカッコよさは勿論のこと……クリクリとした橙色の瞳がなんとも言えない可愛らしさをも醸し出す。
「凄いリアル。本物みたいだ」
「いや先生、それはホンモ――――
「触っていい?」
「ちょっと待って怒られま――――
「なでなでしよ」
――――この時。
何を血迷ったか。シンの制止も耳に届かなかった僕は、思わず手を伸ばしてしまったのだ。
こんな事、普通の僕なら決してしないのに。
なぜかは分からない。分からないけど、僕は左手を伸ばしてしまったのだ。
このぬいぐるみのミミズク――――いや、本物のミミズクに。
「しねよ」
ギョロリと動く橙色の瞳、僕の目を捕らえる。
黒の嘴がパクパクと言葉を紡ぐ。
「……えっ」
動いた!? ぬいぐるみが!?
訳も分からないまま、伸ばした左手を引っ込める。
――――が、間に合わない。
先手を取られた。
「ひねよ」
「うっ!」
手を引っ込めるより先に、ミミズクの嘴は僕の中指を齧っていた。
指先に激痛が走る。
「痛たたたたッ! 離せ!」
「やが。ひねよ」
ブンブン左手を振るも全然振り解けない。
……どんな噛む力してんだコイツ!
ワニなのか? スッポンなのか?!
「離せよこのッ――――
「ひねよ」
「あああああああ!」
一層強くなる噛みつき。
嘴が指に食い込み、ジワジワと赤い液体が滲み出る。
「うわうわうわ血が!!」
「いいきみだ」
「クソッ……離せ!!!」
心の危機感水位が急上昇。
何としてでも引き離そうと馬鹿力すら発揮する。
……が、それでも駄目。
ひたすら引っ張ろうが、左手で嘴をこじ開けようが無理。
ことごとく打開策が消えていく。
「ひねよ」
「……ああもうッ!」
からの煽り。
苛立ちがフツフツと沸き上がる。
「……こうなったら」
……打つ手なし。もう仕方ない。
復活して早々、右腕の出番が来たようだ。
「やってやるよ」
正直、こういう暴力的解決は好きじゃない。……けどまぁ、仕方ない。痛みも怒りも収まらないのだ。
そもそも噛み付いてきて離さないのはミミズクだし。
療養を経て、しっかり取り戻した右拳の握力。
しっかり取り戻した右肩の可動域。
しっかり取り戻した右腕の膂力。
本心ではこんなの嫌だと目を瞑りつつも、右腕に力を籠め――――
「離せェェェ!!!」
「っ!?」
ミミズクの頭めがけて右拳を振るった。
ボグッ
「ゔご」
振り抜いた右拳に一瞬感じた、羽毛のフワフワ感。
耳に届く、言葉にならない声。
拳で突き飛ばした、それなりの重量感。
そして床から響いた、べタンという音。
あー……やっちゃった。
やっちまったよ。コレは。
脳内に浮かぶ、白目を剥いて床でピクピク痙攣するミミズクの姿。
……うわ、見たくない。目を開くのが怖い。
自分自身のした事だと後悔しつつも、ゆっくり目を開いた。
――――かいじょ。
「……ん」
目を開き、足下に視線を落とすと……そこにミミズクの姿は無かった。
グルグルと見回してもいない。
当然、観葉植物にも留まっていない。
え、どこに行っ――――
「もう、何度も言ったじゃないですか。勝手についてきたらダメだって」
「ほー」
「知らんぷりしてもダメですよ!」
……いた。ミミズク。
いつの間にかシンの肩に移っていた。
しかもそれなりの親密さ。
「……えっ。え、ええ?」
なになに?
わずか数秒のうちに状況が変わり過ぎている。頭がついていけない!
「それに、私の仲間に【幻覚魔法】を使うだなんて酷いですよ!」
「あいつ、わるい。かってにさわる」
「確かにそうですけど……あそこまでしなくても」
「むり。かってにさわった、ばつ」
「先生はまだ触ってませんでしたけどね……」
訳も分からず呆然状態の僕を放り置いて、1人と1羽の言い合いばかり進んでいく。
……ちょ、ちょっと。教えてよ。何が起きてんだよ。
「あ。先生すみません、すぐご説明します」
「……よろしく」
という訳で、僕は再び全員を作戦会議室・CalcuLegaに呼び戻すと。
例のミミズクを肩に乗せたシンから、一通り教えてもらいました。
「要するに、こいつとの関係を一言で表すと……灯台仲間、ですね」
「成程」
……いやはや、なかなかの情報量だった。
たまたま出会ったミミズクが、フーリエの森の主で、【幻覚魔法】使いで、今や灯台仲間だと。
で、仲良くなったらいつの間にか家までついて来ちゃってて、ついには家の中まで入られていたと。
……待て待て! 尾行されてんぞシン!
というかこの家のセキュリティも甘すぎじゃんか!
魔王軍じゃなかったのが幸いだけどさぁ……。
ま、まぁ。
それは後々改善すべきだとして、だ。
シンに新たな友達が出来たのは何よりだ。まだ出会って数日だというのにこの仲の良さ、かなり馬が合ったんだろうな。
しかも人間じゃなく、喋るミミズクってのもまたポイントが高い。
「それに……興味深い」
あとは何より、ヤツの【幻覚魔法】。
十数分前には左手中指を血が出るほど噛まれていたのに、不思議と傷跡は消えている。
僕は確かにミミズクの顔面を殴打して地面に叩きつけたハズなのに、ヤツの全くの無傷。
さっきの不思議な出来事、それもこれもミミズクが僕に見せた『幻覚』だったというオチだ。
「……へぇ、面白いじゃんか」
「なにみてんだよ」
「いやなんでも。シンの新しい友達、良かったなーって」
「しねよ」
「なんで! ……おいシン、何か言ってやれよ!」
「ダメですよ、そんな簡単に暴言吐いちゃ」
「おまえもしねよ」
「死にません!」
「しねよ」
「死にません! 僕も先生も、皆死にませんから!」
……また1人、いや1羽の面白い知り合いが生まれたようだ。
ところで。
このミミズクについての紹介は一通り済んだし、どういう経緯かも分かったんだけど。
1つ、ずっと気になる事がある。
「なぁ、シン」
「何ですか先生?」
「そのミミズクさん……名前は?」
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