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24-12. 頭数?

朝。


半開きのカーテン。

射し込む朝陽。

明るく照らされた机。


その端に置かれた、メモ用紙。

黒インクで書かれた文字が一列に並ぶ。



===========

 療養期間

正正正正正下

===========


正の字が5つに書きかけが3画ぶん。

ペンをとり、そこに1画を書き足した。



「5、10、15……今日で29日目」


ついに来た。

やっとココまで来ました。



「……ついに明日だ」






右腕の完治予定日まで、あと1日。

そして、山岳都市・マクローリン遠征もあと1日。


長かった療養1ヶ月間の終わりが、そして遠征の時が迫ってきた。

ついに明日だ。



「……いよいよか」


自室で独り呟く。


病み上がり一発目、久し振りの外出。それがまさかの遠征。……ドキドキだ。

まだ前日なのに手が震えている。

不安? 武者震い? どっちだろうね。




「……うん。いい感じ」


自身への鼓舞がてら腕をブンブン回してみる。……すこぶる良好。

ケガの痛みも違和感もすっかり消え、今や当時のケガを思わせないほど。これも何よりアークの【結合Ⅰ】(アソシエーション)のお陰様です。



「……さて」


1ヶ月かかったものの、こうしてなんとか右腕は取り戻した。

――――となれば、あとは()()()を取り戻すまでだ。


青鬼にリベンジして、奪い返す。

相方をなくした計算用紙の束とペンも()()()の帰りを待っているハズだ。



待ってろよ、『参考書』。











明日の出発に向け、今日の家はいつになく忙しない。


何度もリビングや自室を行き来し、準備を進めるシン達。

玄関には詰め込みを終えた荷物がズラリ。今か今かと出発の時を待っている。



各自の着替えや食糧を詰め込んだ、パンパンのリュック。

テントや寝袋をまとめた、野宿セット。

出発前の調整を終えた、ピカピカの武器。

魔法使いには欠かせない、MPポーション。

万が一の命綱、HPポーション。


口の開いているリュックも残りわずか、もうじき出発できる状態になるだろう。

順調順調。




……となると、いい意味で予定が狂っちゃうな。

予想では今日1日を丸ごと準備に費やすつもりだったけど、このままだと午後はすっかり暇になっちゃいそうだ。

どうしよう。



「……あ。そうだ」


となれば、皆を集めて前日確認会でもしようか。

明日の朝の出発時間。フーリエからマクローリンへの移動中の予定に、到着してからの予定も。あと荷物の忘れ物がないかもチェックしておきたい。



「よし、そうしよう」











――――ということで。

出発前日、午後3時。


昼休みの休憩も挟みつつ、全ての準備が無事完了。

最後まで粘っていたコースの荷物詰込みも終え、全員がCalcuLegaに集合した。




「お集まり頂きありがとうございます」


黒板を背に部屋全体を見回してみる。


会議机を囲む6脚の椅子にはシン、コースとチェバ、ダンが座り、向かい合うようにアーク、ククさん。そして僕用の空席が1脚だ。

その周りを囲むように並ぶウルフ隊、総勢15頭。本棚の横にも観葉植物の下にも所狭しだ。



「もう全員集まったな?」

「おう先生! そのハズだぞ!」

「ククさん達はみんな居るかしら?」

「左様。我等も全員集合済」

「オッケー。分かった」

「あ! コースとチェバがいなーい!」

「わん!」

「じゃああなた方は一体誰なんですか」

「ウソだよーん!」

「がるっ!」


ワイワイガヤガヤ。

……こんだけ人数(頭数?)が増えると色々一苦労です。






とまぁ、全員の出欠確認も終わったので早速本題だ。


「それじゃあ。――――今集まってもらったのは、もちろん明日からのマクローリン遠征の予定確認だ。勘違いや記憶違いがないように今ここで確かめておこう。分からないことや質問はいつでも訊いてね」

「「「「はい」」」」

「「「「「ハッ!」」」」」



まずは、マクローリン遠征の参加メンバーについて。


僕達5人+チェバはともかく、15頭のウルフ隊から何頭駆り出すかだ。

前回の王都・受勲式の時には5頭。僕達5人がそれぞれ騎乗する最少スタイル。

残る10頭は自宅にてお留守番だったな。



「して勇者殿。此度の遠征、我等は何頭選抜にて向かうか?」

「あぁ、今回は全員。みんなでマクローリンに行こう」

「「「「「ハッ!!」」」」」


そうそう。この場にいる全員をマクローリンに連れて行くことにしたのだ。

15頭のうち、精鋭の5頭には僕達が騎乗。

残りの10頭のウルフにはリュックや荷物を背負って走ってもらう。


輸客馬車を優に上回る速度、人を乗せてもへこたれないフォレストウルフの脚力、そして15頭という頭数を最大限に活かした行軍スタイルだ。



「ククさん。マクローリンへの移動、思いっきりお世話になります。よろしくね」

「「「「「ハッ!」」」」」

「御任せを!」


こう言っちゃなんだけど、本当に良い『足』を手に入れたモンだ。

頼りにしてます。






で、次。



「明日の出発時間だが……どうする? 8:00くらい?」


まだ確定はさせていなかったんだよな。

僕は早からず遅からずの8:00とみていたけど、折角だし皆の意見も聞いておこう。



「うーん。わたし達の準備は終わってるんだし、30分くらい早くてもいいんじゃない?」

「いえ、早くするならもっと繰り上げるべきです。6:30ではどうですか?」

「起きるのしんどい! ココはのんびり10時でー!」

「気持ちは分かるが遅すぎんぞ。せめて8:30くらいにしろよ」

「コース。明日くらい、もう少し早起きできませんか?」

「いーじゃん。急いでるワケでもないんだし」


おっと意見バラバラ。

しかもシンとコースが対立気味だ。これは困った。


多数決を取るにも取りづらいし、僕の独断で決めてもいいけど波が立ちそうだし。

どうしようかな……。




「ねえ、ケースケ。算術平均して出発時間を決めちゃえば?」

「……それだ」


ここでアークが手を差し伸べてくれた。女神かよ。

平均ならば皆の案を数式に当てはめて解くだけ、誰かの意思や独断も関わらないしな。




「シン、コース、それで良い? 文句ないな?」

「うん。公平(こーへー)に!」

「はい。お願いします」

「よし」


2人の頷きを見て、僕も頷いた。

出発時間の算術平均・計算開始だ。



まず5人の出した出発時間の案をまとめる。

6:30、7:00、8:00、8:30、10:00。


このままじゃ計算しづらいので、一番早い6:30を基準にして『プラス何分か』に書き換える。

0分、+30分、+90分、+120分、+210分。


コレを算術平均、足して人数で割る。

(0+30+90+120+210)/5 = 90


つまり出発結果は6:30から+90分だ。

6時半の1時間半後となれば……8:00。


あらま。奇しくも僕の案になりました。




「はい、じゃあ8時出発で。シン、コース、良いな?」

「分かりました。……確かにコースの言う通り、急いでる訳でもないですし」

「おっけー、がんばって起きる。……だめだったらシン起こして」

「ハハッ、仕方ありませんね」


計算で決めた出発時間を伝えてみれば意外や意外、怒ることもなくスルリと認めるシンとコース。

そして2人はお互いに笑い合っていた。

……一時はどうなるかと思った不穏な空気も、まさかこんなアッサリ解決するなんて。

やるじゃんか、数学。











ということで。

作戦会議室CalcuLegaの雰囲気も落ち着いたところで、僕は前日確認会を再開した。




次に話したのは『マクローリンまでの移動方法』についてだ。



王国内の主要都市は、逆T字型『⊥』の形に伸びた街道で繋がっている。

交差点に王都があり、そこから西街道でテイラー、東街道でフーリエ、そして北街道でマクローリンといったところだ。


なので、通常のフーリエからマクローリンへの旅ならば東街道を通って王都を経由し、北街道で向かう。

ちょうど『└』の形に進むのだ。


――――通常なら。



「ただし、今回僕達はズルをします」

「「「ズル?」」」

「と言いますと?」

「斜めに突っ切る」


勘のいい人ならもうお察しの通りでしょう。

フーリエからマクローリンまで、北西に向かってまっすぐ進むのだ。


街道を通る王都経由ルートは全区間舗装路だし、途中の町村で宿泊もできる。

対して、フォレストウルフの脚ならば草原でも砂漠でも凹凸があってもスタスタ走れる。それこそ、街道を走っていて万一のんびり進む歩行者や馬車にぶつかろうモンなら交通事故です。



「それにこの『斜め突っ切りルート』、かなり近道になるしな」

「どんくらーい?」

「んー。王都経由と比べて2日分ってところかな」

「へえー、けっこう縮まりますね」

「……なあ先生、それも計算で求めたのか?」

「あぁ。ザックリもザックリだけどな」




そう。コレこそ正に数学の出番。『三平方の定理』ってヤツの出番だ。


フーリエから王都まで、徒歩なら10日。馬車なら4日。ウルフなら3日。

で、王都からマクローリンも同じくらいの距離だとトラスホームさんが言っていた。

となれば、フーリエと王都とマクローリンを結んだ形はちょうど直角二等辺三角形になる。『1:1:√2(__)』のヤツだ。


これの『1』の辺がウルフで3日かかる長さなので、『√2(__)』の辺はウルフで何日分になるかを求めればよい。

答えは 3√2(__) = 4.2。つまり4日ちょい。

王都を経由すれば6日かかるので、2日ほど短縮するのだ。


『たったの2日か』とも感じたけど、6日の行程を4日ちょいで走破出来るのなら相当な短縮だろう。






あと最後に、マクローリンに着いてからの予定も確認した。


この旅最大の目的は、『参考書』の奪還。青鬼を討伐して、【演算魔法】になくてはならない参考書を取り戻すのだ。

そのためには、マクローリンでの下準備も必要。青鬼を見たとの目撃者に話を聞いたり、可能なら目撃場所がどんな地形なのか下見もしておきたい。『山岳都市』と銘打たれるだけあって、マクローリン地方は起伏が相当激しいようだからな。



「あと実は、小作くんにも会いたいと思っててさ」

「オザクさんって……あの変わった喋り方の方かしら?」

「あーそうそうそうそう!」


よく憶えてるじゃんか!


彼はマクローリン住みだってのはこの前のクラス会で聞いていた。

なので、今回のマクローリン遠征が決まった時点で小作くん宛てに手紙を送っていた。

内容を簡単にまとめると……こんな感じだ。




≧≧≧≧≧≧≧≧≧≧


来月ごろマクローリンで用事ができたので行きます。

 で、折角だし小作くんとも会って色々話したいな。

 数日間の泊まりになるので、良い宿や旅館教えて。

 あとマクローリンに行く上で注意点があれば!


∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩




手紙を書いた当時はまだ療養の序盤、痛む右腕・右肩にウンウン呻きつつも手紙を(したた)めたんだったな。


そうしてつい先日、その返信がCalcuLegaに届いたのだ!

それが――――コチラ。






∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇


ミスター数原




T・(ティー)H・(エイチ)X!(エクス) 


読んだぜ君からのmail(メール)

ビックリだぜ手が震える!

マクローリンで待ってる!



R・E・P! 手紙の返答!


俺ェ の予定ェ はAll OKェ!

ホテルゥ 良い所あるゥ からNo problemゥ!

要注意ィ! マクローリンはOften rainyィ! 傘あると便利ィ!



O・Z・K! 小作ゥ わくわくゥ!


友との再会嬉しいぜwell done(ウェルダン)

滅多にない機会だぜseldom(セルダム)

早く来いよ待ってるぜwelcome(ウェルカム)




          小作創太


√√√√√√√√√√











……もう笑っちゃうよね。

一行目の『ミスター数原』といい、いつもの韻踏みといい、手紙の段階で既にエンジン全開だ。

最後の行、律儀に自分のフルネームで締めているのもギャップで笑ってしまった。


とはいえ、こんな本気の返信……僕もつられて会うのが楽しみになっちゃうよ。



「へえ、頼もしいじゃねえか! 先生の同級生さんよお!」

「うんうん! いいトモダチじゃーん!」

「本当だよね」


良い友達、か。確かに。

こう離れ離れになって気付くこともあるんだね。



「……という事だから、マクローリンに着いた後の事は小作くんに任せようと思う」

「いわゆるノープランですか」

「そうとも言う」


シンが微妙な顔をしていたけど、そこは無視しておいた。

大丈夫だって、あんな感じに見えて小作は案外しっかりしてるんだからな?











さて。

そんな感じで前日確認は進み、午後4時。

陽が徐々に傾いてフーリエの空も段々とオレンジがかってきた頃、全ての内容が終わった。



「最後に……何か質問がある人は?」


挙手なし。

いくつか出た質問も全部解消した。オッケーだ。


「それじゃあ、解散。あとは明日朝8時の出発に備えて早く寝ましょう」

「「「「はい!」」」」

「「「「「ハッ!」」」」」



こうして、作戦会議室CalcuLegaでの前日確認会は幕を閉じたのでした。
















――――と思ったのだが。



「ん? なにアレ?」


今この瞬間、1つの議題が生まれた。






「……あストップ、もう1個だけ」


ゾロゾロと扉を出ていくウルフ隊をとどめる。

全員の視線が一斉に僕の顔に集まる。




「ちょっと聞きたい事があるんだけど」


作戦会議室CalcuLegaの隅にある観葉植物、ソレに向かって指を差す。

一気に観葉植物へと流れる視線。


そんな彼らに訊ねた。











「あの観葉植物に乗っかったミミズクのぬいぐるみ、あれ何?」

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
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