24-11-1. 『フーリエの森』
「……しょうがない。ざこども」
このミミズク、一体何者なんだ。
そんな私達の質問に、奴はため息交じりで答えてくれました。
「……ぬし」
ぬし……。
ぬし?
「ヌシさん、っていうんですか?」
「良き名前である」
「なまえじゃない。ばか」
目を三角にするミミズク。
羽角がグググと立ち上がります。
「しねよ」
「これは大変失礼しました」
「失敬。……して、『ぬし』とは如何に」
やれやれと首を振るミミズク。
もう一度ため息を吐きつつも、なんだかんだ答えてくれました。
「ぬし。もりのぬし」
「「もりの……」」
もりの、ぬし――――森の主!
バチっと頭の中のピースが嵌まった感覚。
ああ、分かりました!
「なるほど。この辺一帯の森を!」
「統べる者か」
「りかいおそ。のろま」
そうは言うものの、理解した私達を見てフンと鼻高々のミミズク。こころなしか胸を張っているようにも見えました。
……そうか、そうでしたか。
フーリエ灯台の周囲に広がる森、ミミズクはその『主』だった。納得です。
勿論、嘘かハッタリかとも疑いはしました。悪夢こと【幻覚魔法】の仕業かとも勘ぐりましたが……どうもそうとは思えないんですよね。
真っ直ぐに私を見つめる、この澄んだ橙色の瞳を見ていると……。
「となると……クーゴ、このミミズクは」
「同意。敵に非ず」
「ですね」
言葉遣いこそまるで敵意剥き出し……ですが、『敵』ではない。
心配性の私と野生の直感のクーゴ、互いの意見が一致しました。
ピリピリと私達を包んでいた警戒心が、スッと溶けていくような気がしました。
「……じろじろみんな」
「あっ、失礼しました」
「しねよ」
「死にません!」
ということで。
このミミズクさんが敵じゃないと分かり、私もクーゴもすっかり気を許しました。
以降もいっそう、1人1匹でヨイショヨイショと持ち上げてみると……案の定ミミズクさんはぐんぐんと調子づき。
「おまえら。きけ」
「「はい」」
得意げになって色々語ってくれました。
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――――『フーリエの森』。
フーリエ港の南端から領主屋敷のある丘、そして灯台のある岬にかけて広がる街外れの森。
曰く、この森が穏やかで安全なのは、他でもないこのミミズクさんのお陰なんだそうです。
港町・フーリエの周辺一帯は、野生の動物や魔物にとって過酷な環境です。かたや砂漠、かたや海、決して棲み心地が良いとは言えませんからね。
そんな彼らにとって、このフーリエの森はまさにオアシスです。林には緑が溢れ、食糧にも棲み処にも困らない。現に森には様々な小動物が棲みつき、穏やかな生活を営んでいるんだとか。
しかし、そうなるとこの地を狙って『招かれざる者』も当然現れます。
小動物を食い荒す野生動物、気性の荒い魔物。そんな輩の侵入を許してしまえば、この森に生きる動物たちは……いや、この森さえもどうなってしまうか分かりません。
そんな輩から、フーリエの森を守る『森の主』――――それこそがミミズクさんでした。
大きな翼で自由自在に森の中を飛び回り、夜目の利く瞳は昼夜問わず招かれざる客を見逃さない。そして侵入した輩にはトラウマ級の【幻覚魔法】を容赦なく浴びせます。
砂漠から入り込んできた魔物には、倒木で押し潰される幻覚を見せたり。
海から這い上がってきた魔物には、岬から突き落とされる幻覚を見せたり。
空から小動物を襲いにきた魔物には、岩石の雨に降られる幻覚を見せたり。
ついでに領主屋敷に忍び込んでいた盗人には、お化けの幻覚を見せたり。
ある意味通常攻撃よりも深い傷が心に残る【幻覚魔法】を受ければ、侵入者達は二度と近寄らなくなるんだそうです。
港町・フーリエの南部を覆う、そこそこ広大な森林地帯。
穏やかで安全なフーリエの森は、こうして今日まで育まれてきました。
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「いじょう」
「……成程」
「そうだったんですね……」
私達の頷きを見て、達成感に浸るミミズクさん。
言いたい事を出し切ったとスッキリ顔です。
「すごいだろ」
「はいっ! カッコイイです!」
「流石は森の主」
「はっはっはっはっは」
クーゴと一緒にヨイショすれば、返ってくる棒読みの笑い声。
無感情を装っていたようですが、喜びに飛び跳ねそうな内心が薄っすらと透けていました。
……いや、まさか私達の知らないところでそんな努力がなされていたとは。素直に感動しちゃいました。
「もっとほめろ」
「凄いですミミズクさん! たった1羽で森の安寧を守っていただなんて!」
「同意。主の鑑」
「はっはっはっは。……しねよ」
「なんでそうなるんですかっ!」
とまあ、こうして気を良くしていたミミズクさんですが。
突如、その表情がムッと曇りました。
「……でも。おまえら、ゆるさない」
「「えっ!?」」
急に怒られる私とクーゴ。
……何か気に障ってしまったでしょうか。
「おまえら。じゃま、さいきん」
「……と言いますと?」
「ここ。みはり、とくとうせき」
片脚立ちになるミミズクさん。
止まっていた展望回廊の柵をコンコンコンと蹴ります。
「きがちる。みはり、できない」
「「…………」」
そして怒りの眼差しを向けるミミズクさん。
単語の羅列のような口調ほどに……いやそれ以上に、目は物を言っていました。
「……そういう事でしたか」
ひしひしと感じました。ミミズクさんの言いたい事を、溜まった怒りを。
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私達は、ミミズクさんの大事なお仕事の邪魔をしてしまっていました。
フーリエの森を見渡せる展望回廊、どうやらこの場所はミミズクさんの見張りの仕事場だったようです。
確かにこれ以上の見張りに適した場所はありませんよね。
そんな事は露知らず、私達は最近しばしば訪れてはのんびり過ごしていた。ミミズクさんにとっては不満この上なかったでしょう。
そして今日、溜まった怒りに火が点いて私達は【幻覚魔法】の餌食となってしまった。……きっとこういう経緯だったのですね。
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「だからゆるさない」
「……申し訳ありませんでした」
「……失敬」
「もうくんな」
しっかりと釘を刺されてしまいました。
……せっかく見つけた私達のお気に入りスポットでしたが、仕方ありませんよね。
また別の場所を探しましょうか、クーゴ。
「やっぱゆるす」
「「えっ?」」
急に心変わり?
「おまえ。もりまもった」
森を守った……ですか?
「私が?」
「そう」
「いえ、人違いじゃないですか? 私は特にそんな――――
「たおした。ほえーる」
「ホエール……ッ!」
心当たりは全く無かったのですが……その一言に、ある記憶が蘇りました。
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あれは受勲式よりも前。2、3ヶ月ほど遡ったできごと。
フーリエを存亡の危機にまで陥らせた、巨大魔物『津波』ことサファイア・ホエール。
そういえば、あのホエールにトドメを刺したのは私でした。
訳あってホエールの体内に飲み込まれてしまった私。一時は私自身も死んだと思いました。
……が、そこで発動したのは先生の100倍【相似Ⅴ】。
身長160mの巨人となった私は、ホエールの体内から生還……のみならず、逆に奴をタコ殴りにしてやりました。
その挙句、尻尾を巻いて逃げる奴を追いかけて首をスパッと一刎ね。
こうしてホエールは当初の目標である撃退……どころか討伐。
無事フーリエは滅亡の危機を免れたのでした。
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その時。このミミズクさんも、森の主として動物達を必死に移動させていました。
持てる限りの魔力を消費して、持てる限りの【幻覚魔法】を駆使して。
1匹でも多く、森を襲う津波から……。
しかし、急いだとて所詮は小動物。歩は遅く、思うように避難が進みませんでした。
このままでは森が、動物達が――――そう思った時、目に映ったのが例の一部始終だったそうです。
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「おまえつよい」
「……あ、ありがとうございます」
「もり。はんぶん、しんでたかも」
「確かに。そうですね」
さっきまであんな偉そうにしていたミミズクさんに褒められました。……なんだか調子が狂っちゃいそうです。
とはいっても、あのホエール討伐は私一人の力じゃありませんからね。先生とかトラスホームさんとか、クーゴだって私を助けてくださいましたし。
「かまわん。おまえつよい」
「そんなに何度も言わないでくださいって。恥ずかしいじゃないですか」
「おまえ、もりまもった。……だからゆるす」
「ありがとうございます」
そう言うと、柵に止まったまま180°振り返るミミズクさん。
フーリエの森を眺めながら、黙って2歩右に寄ってくれました。
……せっかく見つけた、私達のお気に入りスポット。
今度からは私とクーゴと、新しい仲間が増えそうです。
「しねよ」
「死にません!」
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