24-11. 悪夢
「かいじょ」
「ん……くっ」
目が覚めました。
……なんだか頭が重い。悪い夢でも見たような感覚です。
「うぅっ」
……眩しい。
仰向けの私を照らす、瞼を閉じていても苦しく感じるほどの陽光。顔に手をかざしながら薄っすらと両目を開きました。
スッキリと晴れた青空。
丁度真上に昇った太陽。
白く輝く灯台。
波の穏やかな海。
そして、展望回廊をぐるりと囲む鉄柵。
「……あぁ、そうでした」
どうやら私は、いつの間にかフーリエ灯台で眠っていたそうです。
……それにしても、どうしてこんな所で眠って……?
そういえば私、ついさっきまで何をしてましたっけ。
寝起き直後のぼんやりとした頭、まだ直前の記憶が思い出せません。
「確か……朝イチからクーゴと灯台に――――
あ、そうです!
クーゴは今どこに!?
「クーゴ……?」
すぐさま上体を起こし、展望回廊をキョロキョロと見回します。
放り出された私のリュック、口が開いて散乱する中身。なぜか抜き身のまま転がる長剣。いつの間にか酷く荒れた展望回廊の中……少し離れた所にクーゴが横たわっていました。
「クーゴ!」
寝ぼけ頭でもこれはマズいと察知しました。
フラフラとおぼつかない足下、四つん這いでなんとか彼のもとに駆け寄ります。
「クーゴ! 大丈夫ですか、クーゴ!!」
必死に呼び掛けますが、返事も反応もありません。
コレはまさか。嫌な想像が頭をよぎります――――が、幸いにも呼吸はあるよう。
ひとまず安堵しました。
「大丈夫ですか、クーゴ?」
「グルッ……」
私と同じく、クーゴも眠りから覚めました。
ゆっくりと体を起こします……が、どうも重々しい様子。項垂れて元気がありません。
「頭痛少々。……悪夢を見た」
「悪夢……」
クーゴの言葉、私にも思い当たる点が。
小さく頷きました。
「貴殿もか?」
「はい。実は……」
目が覚めてから時間が立ったのもあり、だいぶ頭は覚醒しています。
さっき見た悪夢を思い出しつつ、クーゴに話しました。
私とクーゴが灯台でのんびりしていると、突如謎のミミズクが現れたこと。
言葉は通じるものの話が通じず、結局奴が襲いかかってきたこと。
斬り伏せた……と思いきや、分身使いか何なのか。次々とミミズクが湧いて出てきたこと。
斬っても斬っても奴らの襲撃は終わらず……終いに押し負けた私は、長剣をバキバキに粉砕され。
右目をほじくり出されて――――
「そこで悪夢が終わりました」
「……酷い夢だ」
耳をピンと立て、真剣に私の悪夢を聞いてくれたクーゴ。
悪夢を見たもの同士、同情してくれているようです。
「ちなみに、クーゴはどのような悪夢を?」
「うむ。……心臓が止まるかと」
そこからはクーゴの悪夢を聞きましたが……彼の悪夢も中々でした。
序盤は同じく、突如現れた謎のミミズクが襲いかかってきたそうです。
クーゴは自慢の牙で噛みついたり、鉤爪で斬り伏せたりと応戦していたようすが……どんどん湧き出るミミズクを捌ききれなくなり。
やがてクーゴは無数のミミズクに囲まれ、全身をきつく掴まれると……そこからが激痛地獄。牙や鉤爪を1本、また1本ともぎ取られたそうです。
止めよ止めよと叫んでも話が通じず、反抗も許されず。ひたすらベリベリと引っこ抜かれる牙、鉤爪。口から脚先からダクダクと血が噴き出し、周囲に充満する鉄の臭い。
そうしていつしか痛みに耐えきれず、プツッと悪夢が終わったようです。
「……悲劇ですね」
「否。惨劇」
「……確かに」
もはや尋問、というか単なる暴力じゃないですか。
まだ私の悪夢、右目だけで済んで良かったと感じてしまいました。……いや、右目だけでも嫌ですけど。
「……ただ、悪夢にしてはリアル過ぎませんでしたか?」
「同意。……我の嗅覚をも騙すとは」
「私も両手の感覚とか、痛みとか、今でも忘れられませんし」
そうそう。あの悪夢、なんだか妙にリアルだったんです。
両手に握っていた長剣を粉砕された時の、あの手が痺れる感覚。今でも両掌に残ってます。
右目にミミズクの嘴を突き込まれた痛みと言ったら……本当に失神するかと。
あまりにリアル過ぎて、私には悪夢か現実か判別するのがやっとでした。
強烈な精神攻撃です。
「……シン殿。一先ず、勇者殿に報告を」
「そっ、そうですね。一旦CalcuLegaに戻りましょう」
とにかく酷い目に遭いました。すぐさまCalcuLegaに戻って体勢を立て直しましょう。
精神は擦り減ったものの、怪我も傷も無かったのは幸運でした。
……一体、今のは何だったのか。
あの不気味なミミズクは何だったのか。
敵なのか、それとも魔王軍の一員だったのか。
謎ばかりです。
「悪夢の中では大敗を喫してしまいましたが……次こそは!」
「同意!」
散らばっていたリュックの中身を掻き集め、転がっていた長剣を鞘に納めると。
私とクーゴは振り返り、すぐさまフーリエの市街地へと――――
「しねよ」
「 」
「 」
――――悪魔、顕現。
焦茶と黒の羽毛。
逆八の字形に伸びる羽角。
橙色の瞳。
黒の嘴。
そして何より、最悪のトラウマを蘇らせる声。
い、いい、いつから私達の背後に――――
「「うわあああアアァァァァァァ!!!」」
もうダメ。
私の腰も、クーゴの腰も、ストンと抜けてしまいました。
太陽も高く昇った、昼の灯台・展望回廊。
動けなくなって座り込む私達は、回廊の柵に止まるミミズクに見下されていました。
滅多に人は近寄らず、助けなど呼べない。
腰が抜けて戦うどころか、歩く事さえ困難。
そして頭によぎる悪夢。
何をされるか分からない恐怖感に怯えつつ、ミミズクの言いなりになっていました。
「おまえら。まけ」
「「はい」」
「ざこ」
「「はい」」
言いなり……とは言っても、たまに単なる悪口が入ります。
それは我慢です。
「いうこときけ」
「「はい」」
「せいざ」
「正座……ですか?」
「せいざ」
「……はい」
腰を抜かした私達にいきなり酷いことを……。
そう心に留め置きつつ、言う事を聞かない身体を無理やり動かして正座の体勢にもっていきます。
「つぎ。あやまれ」
「「すみませんでした」」
一体何に謝ればいいのでしょうか。分かりません。
謝らされるのも納得いきませんが……我慢です。とりあえず言われた通りにします。
「はっはっは」
「「……っ」」
ソレを見たミミズク、棒読みの笑い声。
神経を逆撫でされますが……我慢我慢。
「つぎ」
「何ですか?」
「しねよ」
「「……っ」」
出た。
来るとは思ってましたが、流石にコレは我慢できません。
「……嫌です!」
「しねよ」
「嫌です!」
「しねよ」
「死にません!」
「は?」
「死にませんッ!!」
「じゃあ。ひだりめ」
「ひ……っ」
右目に続き、左目も。
蘇るあの悪夢。
思わずたじろぎます。
――――が、そんな脅しに屈する訳にはいかない!
「しねよ」
「死にません!」
「じゃあ。ひだりめ」
「好きにすればいいです!」
「ほう」
「あんな悪夢、痛くも痒くもありません!」
「……は?」
「え?」
ミミズクの反応が何か変わりました。
顔もなんだかしかめっ面です。
「あくむ?」
「悪夢……?」
「あくむ?」
「悪夢」
「なにそれ」
「え、悪夢ですよ」
「なにそれ」
「何それも何も、あなたが私達に仕掛けた――――
そこまで言うと、ミミズクの表情が納得顔に。
橙色の瞳も『なーんだ』と言っているようです。
「ちげえよ」
「違う……?」
「あくむじゃない」
「悪夢じゃないんですか?」
……と言いますと?
「しりたいかよ」
「教えてください」
「……とくべつ。ざこにおしえてやる」
「「ありがとうございます」」
やりました。
下手にも出てみるモンです。
「まほう」
「魔法……何のですか?」
「げんかく」
「「幻覚?!」」
驚き。
ついクーゴと声を揃えてしまいました。
「まさか……【幻覚魔法】ですか!?」
「恐らく」
【幻覚魔法】……聞いたことがあります。
その名のとおり、『幻』を見せる魔法。
術者の作った『現実とは異なる世界』を他人に見せる魔法です。
ただ、見せると言っても視覚だけじゃありません。聴覚や触角、嗅覚、味覚。そして痛みまでも。五感を奪い、操り、思いのままの幻覚を見せる……まさに文字通りの【幻覚魔法】だとか。
「そうか……そうでしたか」
「納得」
だとすれば、全て辻褄が合います。
悪夢にしては妙にリアリティがありすぎる……それもそうですよね。私達の五感をそういう風に弄られちゃってるんですから。
「つまり、私達は幻覚相手に剣を振るっていたって事ですか」
「同意」
「おまえら。てのひらのうえ」
「……そうですね」
そもそもミミズクに掌は無いでしょ……というツッコミは野暮ですね。黙っておきましょう。
ともかく、謎が一つ解けました。
あの悪夢、いや幻覚はミミズクの仕業【幻覚魔法】だったようです。
となると、もう1つ訊ねておきたい事があります。
あのミミズクが素直に教えてくれるかは微妙なところですが……この際、ダメ元でもいってみましょう。
「ミミズクさん。……こんなザコの私達にもう1つ教えてください」
「なに」
下手に出てみればアッサリ快諾。このミミズクの操り方を分かった気がしました。
……まあ、それは置いておいて本題です。
ここは直球どストレートで訊ねることにしました。
「ミミズクさん……あなたは一体何者なんですか?」
「しりたいかよ」
「お願いします」
「何卒」
揃って頭を下げる私とクーゴ。
そんな私達に、ミミズクはため息交じりで答えてくれました。
「……しょうがない。ざこども」




