24-10. 嘴
「みっ……」
「ミミズク……ですか?」
私とクーゴと2人して、肩透かしを喰らったようでした。
不穏な声、魔王軍や青鬼の襲撃かと振り返れば……そこに居たのは1羽のミミズク。
本来ならば可愛さすら覚えるハズの存在だったのですから。
――――しかし、奴は違う。
そんな見た目とは程遠く、怖い。というか不気味でした。
「しねよ」
「「……」」
「しねよ」
「「…………っ」」
たじろぐ私とクーゴ。
置物のようにピクリとも動かない身体を包む、黒と焦茶の羽。
たっぷり籠った怨念の炎のような、橙色に輝く瞳。
しかめ面に拍車を掛ける、逆ハの字形に伸びた羽角。
黒く鉤形にとがった嘴だけが唯一パクパクと動き、不吉な単語を呟くんです。
まるで呪いのように何度も何度も。それも棒読みで。
恐怖を感じないワケがありません。
「なっ……何者なんですか、貴方は」
「しねよ」
「答えてください」
「やだ」
「誰なんですか」
「やだ」
「答えてください!」
「やだ」
恐怖をおして尋ねてみたものの、『やだ』の一点張り。
無駄な努力でした。
「……黙秘」
「みたいですね……」
不気味な姿に、不気味な呟きに。誰なのかも、どこから来たのかも分からない。
一層の不安感が私とクーゴを苛みます。
「おい。おまえら」
「……何ですか」
「しねよ」
「嫌です」
「しねよ」
「嫌です」
「しねよ」
「死にません」
今度はすかさず反撃に出るミミズク。どうやら私達の怒りや動揺を誘うつもりのようです。
……が、歯には歯を。私も淡々と切り返します。
「おい」
「何ですか」
「きけよ」
「嫌です」
「は?」
「質問に答えてくれない奴の話なんて聞きません」
「しねよ」
「嫌です」
「めざわり」
「嫌です」
「じゃま」
「嫌です」
「きえろよ」
「嫌です」
「しねよ」
「だったら教えてください。誰なんですか」
「やだ」
「答えてください」
「やだ」
「答えなさい」
「やだ」
「答えなさい!」
「じゃあしねよ」
「嫌です!」
「きえろよ」
「嫌です!」
「きえろよ」
「嫌です!」
灯台の頂上と展望回廊を往復する、まるで生産性の無いやり取り。
……ですが、今までのやり取りで1つ分かった事があります。
邪魔だの目障りだの死ね消えろだの。
正体不明・喋るミミズクの魔物、少なくとも奴は私達に相応の敵意を持っている。
魔王軍かどうかはこの際構いません。
こんな奴を、フーリエに放っておく訳にはいかない。
「……クーゴ。準備は」
「万端」
ミミズクの魔物、奴は今ココで私達が――――
――――そう私が悟ったのを、奴には見抜かれたのかもしれません。
今までピクリともしなかったミミズクも、ついに動きを見せました。
「……おまえら」
バサッ!!
両翼を開く。
首を前に出して前傾。
羽ばたく瞬間の構え。
身体を何倍にも大きく見せる、威嚇のポーズ。
「しねよ」
「「……っ」」
そして一層の恨みを籠めた言霊。
いつでも飛び立てる体勢。
……奴の敵意が剥き出しになった瞬間でした。
「クーゴ!」
「分かっている!!」
抜刀。長剣の先を天辺のミミズクに合わせます。
クーゴもピンと耳を立たせ、四つ脚を開き狩人の構えに。
「手加減はしません! 少しでも動けばこの長剣で――――
「しるか」
私の警告をも無視するミミズク。
橙色に輝く猛禽の眼をカッと見開き――――翼をはためかせました。
「しねよ」
「……嫌です!」
私の顔面めがけて突進するミミズク。
まるで砲丸か弾丸のように……それでいて無音。
瞬く間に距離が詰まります。
「しねよ」
「嫌ですッ!!!」
猛禽の鋭い両脚を向ける。防御を捨てた特攻。
私の顔面をガシと掴む気のようです。
――――しかし、私もそんな甘くありません。
「……警告はしましたからね」
かたや鳥類の脚、かたや長剣。
リーチの差は暴力的なほどでした。
迫るミミズクに合わせていた剣先を、右上に軽く振り上げ。
そのまま、力強く左下へ振り下ろし。
「【強斬Ⅹ】!!」
「ぶぎゃ」
叩き落とすかのような袈裟斬り。
ミミズクを真っ二つに斬り伏せました。
何だったんでしょうか。
あまりにもあっさり終わってしまいました。
「「……」」
白亜の灯台、その展望回廊に撒き散った真っ赤な血痕。
2つに斬り分けられた残骸。
長剣から滴り落ちる鮮血。
光りを失った暗褐色の瞳。
それを黙って見つめる私とクーゴ。
……本来なら、とっ捕まえて尋問に掛けるのが得策だったでしょう。
奴は何者で、なぜ私達を襲ったのか。色々聞き出せれば最良でしたが……あの状況、手を抜けば私が怪我を負っていました。
仕方ありません。
「……クーゴ」
「む」
残されたままになってしまった、様々な謎。
クーゴの目を見て問いかけます。
「……何だったんでしょうか。今のは」
「我にも終始不明」
心にモヤモヤが残ります。
……魔王軍の諜報や遣いだったのか。それとも単にフーリエに迷い込んできただけの、野良の魔物だったのか。
まあ、いいです。
敵味方はともかく、殺めたのは他でもない私。せめて供養は手厚くしましょう。
願わくば、この灯台の下で安らかに。
そんな多少の罪悪感を感じつつも、クーゴから視界を外した時でした。
「無い?!」
「……ッ?!」
ミミズクの残骸が……無い!?
それもスプラッタに飛散した血痕まで、洗い流したかのように……!?
「ウソ、ウソ……なんでッ!?」
「何時の間に!?」
何が起きたのか、全くわからない。
目を丸くして硬直する私とクーゴに――――頭上から声が掛かりました。
「しねよ」
見上げれば、灯台の天辺に例のミミズクが止まっていました。
「しねよ」
「「えっ……?!」」
どうして……奴はさっきブッ倒したハズじゃ?!
一体何が起きて……?!
混乱する頭。一気にショート寸前に到達する脳。
何が起きているのかさっぱり分かりません。
「シン殿! 用心せよ!」
「はっ、はい!」
頭に響くクーゴの声。
欠いていた冷静さを取り戻し、ミミズクに視界を合わせると……丁度、奴が飛び立つ瞬間でした。
「しねよ」
「いっ……嫌ですッ!!」
砲丸のごとく、再び特攻を仕掛けるミミズク。
すかさず長剣を突き出して応戦しました。
「【強突Ⅸ】ォッ!!!」
「ぐぼぉ」
串刺し。
腹から背中へ、長剣がミミズクを貫きました。
傷口からは鮮血が滴り、展望回廊の床には血の池が。
橙色の瞳は光を失って暗褐色に――――
スッ……
「消えた!?」
串刺しになっていたミミズクが消えました。
足下の血の池もろとも、まさに文字通りのフェード・アウト。
「ばーか」
「ッ!?」
そして見上げれば何故か復活しているミミズク。
「何!? 何が起きてるんですか一体!?」
「分からぬ!!」
私もクーゴも混乱する中、灯台の天辺から飛び立つミミズク。
もう訳が分からないまま、半ば無意識に長剣を振り下ろします。
「奴は倒したハズなのに! 【強斬Ⅹ】!!」
「ゔぉべ――――
左右に真っ二つに斬り分けた瞬間には、既にその体はフェードアウト。
次のミミズクが頭上から飛び掛かってきます。
「しねよ」
「ちょっと待ってください! 何、何が……【強斬Ⅹ】!!!」
「んごぃ――――
左右に真っ二つに斬り分けた瞬間には、既にその体はフェードアウト。
次のミミズクが頭上から飛び掛かってきます。
「しねよ」
「生き返……いやでもそんな! 【強斬Ⅹ】!!」
「ぎぢぁ――――
左右に真っ二つに斬り分けた瞬間には、既にその体はフェードアウト。
次のミミズクが頭上から飛び掛かってきます。
「しねよ」
「何! 何なんですか!! 【強斬Ⅹ】!!」
「ぎぢぁ――――
左右に真っ二つに斬り分けた瞬間には、既にその体はフェードアウト。
次のミミズクが頭上から飛び掛かってきます。
「しねよ」
「なんで! なんで!! なんで!!! 【強斬Ⅹ】!!!」
「ぎぢぁ――――
左右に真っ二つに斬り分けた瞬間には、既にその体はフェードアウト。
次のミミズクが頭上から飛び掛かってきます。
「しねよ」
「あああぁぁあああああ【強斬Ⅹ】!!!」
「ずぐび――――
そうして、ついに私が発狂して頭がおかしくなったとき。
「しねよ」
「……へっ?」
ふと気づくと、灯台の天辺に居たハズのミミズクは。
弱々しく握られた、長剣の上に止まっていました。
「ふんっ」
「なっ……何を」
止まっていた長剣を、両脚で強く握るミミズク。
バッキィィィン!!!
「う、そ……」
刀身が粉砕。
鍔と柄を残して、跡形もなく消滅。
「そっ……そん、な……」
追いつかない脳の処理。
もはや得物を失ったことへの反応すらも出来ません。
「とどめ」
「…………っ」
そして、無音の羽ばたきと共に私の顔面に接近するミミズク。
私の眼球が最後に捉えたのは……パックリと開いたミミズクの嘴と、その中に広がる深淵でした。




