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24-8-1. 『アーク先生の特別講義② 平均』

両手で塞いだ耳に響く、デザート・スコーピオンの断末魔。

瞼を閉じた両目に映る、大きく舞い上がった砂埃。



『……現場からは以上です。計介(本体)

『オッケー。ありがとう計介(合同体)


口を閉じたまま、心の中で合同体に一言感謝を念じ。

瞼を開き、塞いでいた耳を開き、口を開き、合同体との感覚【共有Ⅶ】(コモン)を切断した。




「ふぅ……」


フーリエ砂漠から作戦会議室CalcuLegaへ、一瞬のうちに意識が帰ってくる。


……まるでVRゴーグルを外した瞬間のような、ワープしたかのような。

変な感覚だ。



肘をついた会議机。

手元のマグカップ。

そして机の向かい側には、同じく感覚【共有Ⅶ】(コモン)から帰ってきたアークが腰掛けている。




「ケースケ。3人の戦いっぷり、どうだった?」

「いやもうビックリ」


防御専門家がアグレッシブになっていたり。

剣術戦士が空を飛んでいたり。

狼魔獣人が新技開発していたり。


彼らの成長を目の当たりにしたよ。



「たった3週間でこんなに……」

「言ったとおりでしょ?」

「あぁ」


【共有】(コモン)を繋ぐときにアークから聞いていた、まさにそのまんまだった。

本当に僕1人置いてけぼりを喰らいそう……ってか実際もう喰らっている。


非戦闘職だから弱くて当たり前だと言っちゃえばそれまでだが、今更そんな逃げは通用しない。

僕だって彼らと一緒に戦う冒険者、『数学』を武器に戦う数学者だ。



「……強く」


もっと強く。

強くならなきゃ。






――――となれば、今の僕にやる事は1つしかない。




「ってなわけで。アーク」

「……ん、どうしたの?」


机越しにアークをジッと見つめ。

両手を合わせて頭を下げる。



「アーク……いやアーク()()!」

「フフッ。そういう事ね」


言わずとも察してくれたようだ。

椅子から立ち上がるアークも結構乗り気である。



「今すぐ始める? それとも後で?」

「今からでお願いします!」

「おっけ。そうと決まれば早速準備しなくちゃね」

「おぅ!」



さて。

お勉強の時間だ。
















「それじゃあ……準備はいいかしら?」

「もちろんです!」


黒板の前にアークが立つ。

自室から持ってきた白衣をバサリと羽織り、襟を整える。


向かい合う僕も白衣を羽織って着席。

会議机の手元には紙とペン。

1対1の特別レッスン、準備は万端だ。



「うん。それなら始めましょうか」

「先生。今日のテーマは?」

「そうね……。前回は演算記号の交換・結合・分配法則だったから、今回はそれ繋がりにしようかしら」


ほぅ。

演算記号つながり……。



「といいますと」

「その名も――――『相加・相乗平均』」






┌────────────────┐

│ アーク先生の特別講義     │

│   ―2nd period― │

│                │

│     相加・相乗平均    │

┷━━━━━━━━━━━━━━━━┷






「あー……」


聞いたことある。あるぞ。

高校の数学の授業でもやった記憶もある。



「その反応、耳は憶えてるみたいね」

「あぁ。かなりボンヤリだけど」


ただ内容はほぼ忘れてるなー。

定期テストを乗り切るために丸暗記したっきりケロッと消えてしまった。



「じゃあまず、憶えてる範囲で説明してみて。相加・相乗平均とは何物なのか」

「説明すんの!?」

「ええ。ザックリでも構わないから」


これはいきなり難問だ。

ザックリでもいいとはいっても……説明かぁ。



「えーと、確か…………『いつもの平均』と『じゃない方の平均』。みたいな」

「んんー。これは予想の上を行くザックリ解答ねー」

「すんません」


唸るアーク、苦笑。

彼女の想像を超えてしまったようだ。



「いえ、むしろ教え甲斐があるかな。基本からしっかり教えるから、ちゃんと憶えてよね」

「よろしくお願いします」


こうして、微妙な幸先とともに僕とアークの『特別講義』が始まった。











point①

『"足して2で割る"――相加平均』




「それじゃあ……ケースケ。第1問」

「おぅ」

「『いつもの平均』について、簡単に説明してみて」

「えっ」


うわ、また出たよ説明。

今日は説明する日なんだろうか。



「あのー、なんだろ。試験のクラス平均点とか、高校男子の平均身長とか、9月の平均気温……的な?」

「そうね。で平均とは?」


うわ、まさかのもう1回。

説明が甘かったか。



「あのー……足して2で割る、的な」

「そうそれ!」


アークが白チョークでビシッと僕を指す。

正解のようだ。よしよし!



「日常生活でもよく言うでしょ、足して2で割ったらどうだとか。それこそが『いつもの平均』なのよね」

「成程」

「正式に言うと、いつもの平均ってのは『相加平均』や『算術平均』って呼ぶの。幾つか並んでいる数値を()互に()算してから、()等に()等に割った値ね」

「ほぅ」


アークが背を向けて黒板に白チョークを走らせる。

相加平均のイラストを描いているようだ。



A┃■■■■■

B┃■■

C┃■■■■

D┃■

 ┃    ↓相加

全┃■■■■■■■■■■■■

 ┃    ↓平均

A┃■■■

B┃■■■

C┃■■■

D┃■■■



「相加して、平均を取る。これが相加平均。イラストの説明は……ケースケには無くても十分よね」

「おぅ」


A~Dの4人ががバラバラに持っていた12個の■を、人数で割れば相加平均はピッタリ3個。

口頭の説明でもいいけど、図にすると尚更スッと頭に入るな。




すると、アークは白チョークを黒板のレールに置き。

粉のついた手をパンパンと払う。



「それじゃあ、相加平均のおさらいはこれくらい。今の図は覚えておいてね」

「分かった」

「次からが本題……相乗平均。いくよ」


前置きを終えたアークの特別講義は、いよいよ本編へと進んだ。











point②

『"掛けて2で()る"――相乗平均』



「じゃあ、ケースケ。第2問」

「うす」

「相加平均は、数値を相互に()算して平等に均等に割った値。では『相乗平均』とは何か。説明しなさい」


……おっと出ました、今日のトレンド・説明問題。

でも大丈夫。そこまでお膳立てしてくれていれば僕でも答えられるさ。



「相乗平均とは……数値を相互に()算して平等に均等に割った値!」

「惜しい!」


なんでッ!?



「相乗平均だろ? だから相互に乗じて平等に割っ――――

「割るんじゃないのよ。相乗平均は――――()るの」

「根る?」

「そう。根るの」

「根る……」

「もう、察してよね。べき乗根をとるの」

「あぁー」


そういう事か。

勘が悪くてすいません。




「つまり、相加平均と相乗平均は……『和』をとって割り算するか、『積』をとってルートするかだと」

「そう。図にすればこんな風に表せるの」


そう言って再び黒板に手を伸ばすアーク。

黒板に1つの正方形と5つの長方形を召喚した。




┏┯┯┯┯9┯┯┯┓    ┏┯┯6┯┯┓

┠┼┼┼┼┼┼┼┼┨    ┠┼┼┼┼┼┨

4┼┼┼┼┼┼┼┼┨    ┠┼┼┼┼┼┨

┠┼┼┼┼┼┼┼┼┨    6┼┼┼┼┼┨

┗┷┷┷┷┷┷┷┷┛    ┠┼┼┼┼┼┨

┏┯┯┯┯┯12┯┯┯┯┓ ┠┼┼┼┼┼┨

3┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┨ ┗┷┷┷┷┷┛

┠┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┨

┗┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┛

┏┯┯┯┯┯┯┯┯18┯┯┯┯┯┯┯┓

2┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┨

┗┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┛

┏┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯36┯┯∫∫┯┓

┗┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷∫∫┷┛



「フリーハンドだからちょっと見づらいけど許してね。右上のやつが6×6の正方形で、他はそれぞれ4×9、3×12、2×18、そして1×36の長方形。ケースケ、これらの共通点は?」

「共通点か」


……うん。これは僕なんか閃いた。



「どれも面積が同じ!」

「正解。やるじゃない」

「数学者舐めんな!」

「はいはい。ということでね」


……決めゼリフをスルーされた!

残念。



「ということでね。実は『相乗平均』ってのは……『ある長方形を同じ面積の正方形に変形した時、何×何の正方形になるか?』っていう事を意味してるの」

「へぇー」

「面積一定で辺の長さを均す、こういう図形的な見方をするから『幾何平均』とも呼ばれているわ」


確かに。上の長方形はどれも面積36マスだからな。

相乗平均、幾何平均は6になる。



こんな『平均』の取り方があるなんて。

なんか難しいけど面白いな。











point③

『相加・相乗平均の関係式』



「……ん?」


と、ここで1つ不思議なことに気付いた。

ちょっと尋ねてみるか。



「はい、アーク先生。質問が」

「何でしょう?」

「さっきの相乗平均の絵、アレってどの長方形も相乗平均が同じなんだよな?」

「ええ。どれも辺長の相乗平均が6になる組合せね」

「けどさ、相加平均を計算すると相乗平均の6より大きくなっちゃうんだよね」


相乗平均の6に対し、4と9の相加平均は6.5。3と12は7.5。1と36なんか18.5にもなる。



「どれもバラバラな値になるんだけど……こんなモンなの?」

「よく気付いたじゃない。拍手ッ!!!」


突然、気が狂ったようにアークが手を叩く。

作戦会議室CalcuLegaに乾いた音が鳴り響く。


……急にどうした?



「いやあ、そこまで気付いたのなら話は早いわ」

「どうもどうも」

「実はね、ケースケ。相加平均と相乗平均には……次のような関係式が成り立つの」


未だ興奮冷めやらないアーク、黄色チョークを手にすると軽い手つきで1本の数式を記した。




  (a+b)/2 ≧ √ab(___)




「はい、これ。今日のテーマで一番大事な式」

「成程」

「その名も『相加・相乗平均の関係』。ちゃんと憶えてよね」

「おぅ」


アークに促され、手元の紙に式を書き写す。



「ケースケ、この式の意味分かる?」

「んー。……ピンときた所はある」

「言ってみて」

「左辺はaとbを足して2で割ってるから『相加平均』。右辺は掛けて2で根ってるから『相乗平均』。これくらい?」

「上々ね」


おっ。

お褒めに預かり光栄です。



「で、この相加平均と相乗平均が(不等式)で結ばれているの。ということは?」

「つまり……相加平均は相乗平均より大きくなる、もしくは同じ」

「そう!」


そっか。

そもそも相加・相乗平均ってのは値が合わないモノなのか。



「唯一 a=b の時だけ相加・相乗平均がイコールになる。それ以外は、aとbの差が大きくなるほど相加・相乗平均の差も広がる。まずはこれを押さえておけば十分ね」

「はいはい」


へぇ……。


だから4×9の長方形(相加平均6.5)よりも、1×36の長方形が相加平均18.5と大きくズレて当たり前なんだな。

勉強になります。











point④

『相乗平均の使い方』



こうして、相加・相乗平均を一通り教えてくれたアークは。

最後のポイントで、痒い所に手が届く講義をしてくれた。



「ここで講義を終わろうかとも思ったんだけど……まだ1つ、気になることが残ってない?」

「気になる事……といいますと」

「相乗平均、どんな時に使うの?」


あっ。確かに。

そう言われると使用例がまるで思い浮かばない。



「そこだけ簡単に教えて、今日はお終いにするね」

「お願いします」




ということで、アークが何やら黒板に数字を書き並べると。

即席で例題を1つ(こしら)えてくれた。



「それじゃあ、まずは相加平均を使う問題ね」

「おぅ」

「問題。……ある街に3人の狩人がいました」


3人……彼らのことかな。



「あ、間違えた。3人と1匹の狩人がいました」


確定だ。



「彼らは3日前、50頭のブローリザードを狩ってきました。一昨日は80頭、昨日は60頭、今日は90頭でした。1日当たりの平均頭数は?」

「成程」


別にチェバは問題に関係ないのか。

……まぁソレは置いといて。



「この場合は『いつもの平均』、相加平均を使うの」

「これ位なら僕でも簡単に解けるな」


計算式は (50+80+60+90)/4 = 70 、1日で平均70頭狩れる、ってコトだな。

【加法術Ⅵ】(アディション)【除法術Ⅵ】(ディビジョン)で計算も一発だ。



「では次、相乗平均の問題。彼らは3日前、50頭のブローリザードを狩ってきました。一昨日はその1.6倍(=80頭)でした」

「倍?!」

「そう。で、昨日はその0.75倍(=60頭)。そして今日はその1.5倍(=90頭)でした。1日経つごとに頭数は平均何倍増減しているでしょう?」


うお……これは一気に難易度が増した。

ワケわかんね。



「こういう時こそ相乗平均の出番なの。1.6と0.75と1.5、これらの積を ³( _) して求めてみて」

「成程……」


計算式は、³√1.6×0.(_____)75×1.5(_____)

【乗法術Ⅷ】(マルチプリケーション)【冪根術Ⅶ】(ルート)で求めてみれば……約1.22。


「つまり、1日あたり平均1.22倍ずつ獲物を狩った数が増えている、と」

「そう。まるで成長の様子を見ているみたいで、面白いでしょ?」

「確かに」


相乗平均。

複雑で難しいとも思ったけど、そうでもないかもしれないな。











「それじゃあ、ケースケ。最後に何か質問は?」

「特になし。アークの解説のおかげでスッキリだよ」

「フフッ。ありがとね」




こうして相加・相乗平均、『いつもの方』と『じゃない方』。

2つの平均を覚えた僕は。


今日はシン達がどれだけブローリザードを狩ってくるのかを想像しながら、第2回の特別講義を終了したのでした。

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『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

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ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
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