24-6. 頭
マクローリン遠征が決まってからのこと、僕達は旅にむけて日々準備を進めている。
僕の右腕・右肩は徐々に回復。ここ数日で痛みはほとんど消えたし、小走りや軽い物を持ち上げる程度の日常生活なら不自由なく過ごせる。療養生活の終わりも見えてきたな。
戦闘職のシン・コース・ダン・アークは4人でフーリエ砂漠にちょくちょく出向き、狩りの腕と感覚を磨いている。マクローリン遠征が決まってからは一層熱が入ったのか、毎回もうビックリな量のリザードやスネークを肩に担いで帰ってくるんだよな。戦闘職おそろしや。
あ、そうそう。ウルフ隊も時々フーリエ砂漠に飛び出しては狩りに勤しむようになった。
ククさんはじめ総勢15頭のフォレストウルフが砂漠の魔物を囲み、持ち前の俊敏さや群れの連携を確かめているのだそう。
もはやアークに飼い慣らされて忘れられつつあった野生本能が今再び目を覚ました。彼らのこれからにも期待しよう。
――――というわけで。
完治予定日まであと6日。
と同時に出発日もあと6日。
朝食も食べ終わった午前9時、今日も僕はCalcuLegaでトラスホームさんから貰った資料を読みつつイメージトレーニングを重ねている。
「んー……」
資料を読み進めてはステータスプレートの【演算魔法】一覧にも目を通し、何か作戦が頭に浮かべば逐一メモ用紙に書き落とす。
単なる思い付きでも、割と真面目な作戦でも忘れないように書き残す。
ソレの繰り返しだ。
……ただ、正直言うと未だに『コレだ!』という案は見つかっていないんだよな。
今は「数撃ちゃ当たるだろ」とひたすらアイデア出しに徹しているけど、大体何かしら現実的に厳しい点がある。
無理のある作戦をバツ印で消していけば、十数枚目ともなったメモ用紙のアイデアもめっきり無くなってしまうだろう。
「困ったなー……」
瞬間移動、考えれば考えるほど厄介だ。
何より今まで幾多の攻撃から僕達を守ってくれた万能バリア魔法、【定義域Ⅸ】が効かないのが痛手すぎる。
「ううぅー……どうすりゃ…………」
頭を抱えて机に突っ伏す。
青鬼と真っ当に戦う方法が思いつかない。
解が見えない。
「……困った」
一体どうすれば……。
≧≧≧≧≧≧≧≧≧≧
――――懐かしい記憶が瞼の裏に蘇る。
なんでもないある日、数学の授業。
突如抜き打ちで行われた数学の小テスト。
『共イチ』やら『センター』やら『共通』やら、よく分からない単語を発する先生。
プリントが配られ、よーい始めと声が掛かる。
制限時間は1時限ぶんをフルに使った45分。
大問は全部で3つ。
いずれも(1)は易しく、(2)、(3)、(4)と進むにつれて難しくなるスタイル。
コツコツコツと教室中にペン先の机を叩く音が鳴り響く中……僕のシャーペンだけは、終始無言を貫いていた。
初手の初手から取っ組み方の分からない問題。
頭の中を投影したかのような、真っ白なままの問題用紙。
一向に食い付こうともしないシャーペン。
そういやあの時も、僕はこうして頭を抱えて突っ伏してたっけな――――
∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩
……と、そんな古くも良くもない記憶に浸っていると。
ガチャッ!
「先生ココかなー?」
作戦会議室CalcuLegaの扉が勢いよく開く。
この声、コースだな。
「……あああ先生死んでるー!」
「死んでないから」
頭を抱えてただけです。
勝手に人を殺すなと心の中で呟きつつ、ムクッと顔を上げる。
「生き返ったー!」
「だから死んでないっての」
相変わらず今日も元気だな、コースは……。
「で、コース。どうした?」
「あ、そーそー。先生にお願いがあんの!」
「お願いか」
「うん。先生も今日狩りいこーよ!」
まさかの怪我人を狩りに勧誘するコース。
「え、僕も!?」
「そー。久しぶりに【合成Ⅲ】で一暴れしたくって!」
「いやでも僕、肩が……」
「ちょっとくらいダイジョーブでしょ!」
「んー、でもなー……」
難しいところだ。
正直を言うと、僕も行きたい。……いや行かなきゃいけない。
療養期間中のせいで僕が戦線に加われず、ここ約1ヶ月は【合成Ⅲ】がお久し振り状態だ。
現状の僕達にとっては間違いなく切札の狼魔獣人チェバ◦コース、彼女達のその感覚を鈍らせる訳にもいかない。
「けど、せっかく完治間際だってのに今無理したら療養期間延びかねないし。そうしたらマクローリンにも行けなくなるし……」
「んんー……」
残念そうに視線を下ろすコース。
その辺は分かってくれたようで、それ以上彼女も無理は言わなかった。
――――だが、勘違いしないでほしい。
僕は諦めたワケじゃない。
『解』なら1つ、さっき思いついたのがある。
「え!? ホント!?」
「あぁ」
パァッと明るくなるコースの顔。
目がギラギラと輝く。
「え、でも先生いけないんだよね。どーすんの?」
「まぁ見とけって」
残念ながら僕は行けない。
だから、僕の代わりに……僕に行ってもらうのさ!
「【合同Ⅷ】!」
でました。皆様ご存知の分身魔法です。
魔法を唱えた瞬間、ゴソッと持っていかれるMP。
僕の右隣に現れる、灰色一色に覆われたシルエット。
その全身に段々と色がつき……やがて、僕と瓜二つの僕が出来上がった。
「おはよう。計介」
「久し振りじゃんか。計介」
身長も体格は勿論、服装も持ち物もステータスさえも同じの僕だ。
「そーゆーことか! 先生つよ!」
「「おぅ」」
ここまでくればコースも僕の思惑に気付いたようだ。
久し振りの【合成Ⅲ】に心を躍らせている。
「という訳だから。計介、あとはよろしく」
「……まさか本気でやんの?」
「勿論」
青い顔で聞き返す計介。
容赦なくYesをぶつける。
「しょうがないじゃんか、遠征を控えた戦闘職には肩慣らしさせてあげなきゃ。コースにも久し振りに【合成Ⅲ】やりたいって言ってるし」
「それは分かってるけどさー……」
「僕は早く右肩治さなきゃいけないし」
「いや右肩は僕も故障中なのよ」
勿論わかってるさ。
右肩療養中の状態で【合同Ⅷ】すれば、作り出した合同体も右肩療養中に決まっている。
その上で、だ。
「えーっと、まぁその……なんだ。ちょっとこう言っちゃ悪いけど――――計介。使い捨てになって下さい」
「はいはい。どうせ僕は使うだけ使われて消えるだけの合同体ですよ」
「本当ゴメン。ありがとう」
「……いや別に謝んなくていいって。僕を狩りのお供に行かせる考えは分かるし、理にも適ってるし」
「……おぅ」
使い捨てと酷い事を言われておきながらも、なんだかんだで優しい声を掛けてくれる僕。
……自分が自分に励まされる、なんとも不思議な光景ながらも少し嬉しかった。
「……その代わり計介、早く右肩治せよ」
「勿論」
ということで。
「じゃあコース。あとは合同体に任せたから気を付けて行ってこい!」
「じゃあコース。【合同Ⅷ】は僕に任せて存分に暴れ回れ!」
「うん、いっぱい狩っちゃうよー! 楽しみにしててね!」
コースの事は合同体にお願いし、作戦会議室CalcuLegaから出ていく2人を見送ると。
僕は再び、打倒青鬼のイメージトレーニングに勤しむのでした。




