24-5. 頷
「申出内容:青鬼らしき姿の目撃……!!?」
一通りの内容が書き記された資料、その内容は間違いなく青鬼。
よりにもよって、あの青鬼の目撃情報だった。
「……マジで?」
「左様でございます」
衝撃。
まるで雷に打たれたような感覚、背筋がピンと伸びる。
「ちっ……ちなみにトラスホームさん、何かの間違いって線は? 見間違いとかイタズラとかは」
「勿論、ギルドも私共も熟考の上です。イタズラは頻発しておりましたし、ギルドは特に目を光らせておりました。申し出た冒険者に対して幾度となく聴取を繰り返したとか」
「然れども、終にギルドは其れを誠と判断した」
「仰る通りです」
頭を縦に振るトラスホームさん。
手元の資料をパラパラめくりながら補足を続ける。
「彼らの日記が何よりの証拠だとか。『未知のモンスター発見』とのページで簡潔ながらも描かれた青鬼……その外見・容姿・挙動は、謁見の間で私達が目にしたままでした。それはもう、彼らも受勲式に同席していたかと疑うほどに」
「……つまり青鬼で確定、だと」
「左様でございます。ギルドも疑いに疑った挙句で下したこの判断ですし」
勘違いやイタズラでもない、正式な青鬼の目撃情報。
『参考書』を持って逃げた奴の足跡を辿れる、強力な情報が手に入った。
重要も重要、超重要事項だった。
「成程……コレは凄い」
「何たる吉報か!」
ククさんと2人で資料に目を通し、深く頷く。
「ケースケ様。この情報、青鬼の発見の御役に立てられますでしょうか?」
「はい、間違いなく」
「或る程度の範囲さえ絞れれば、我等の鼻を以って追跡も可能」
「確かに」
この目撃情報を基に、青鬼の通った痕跡を見つけられればコッチのモン。
ウルフ隊の皆様なら鼻を利かせて追跡できるし、なんなら僕の【軌跡Ⅱ】を使えば実際に青鬼が通った軌跡を丸裸にできる。
「勇者殿に忠誠を誓いし者、我等フォレストウルフも惜しみなく尽力する!」
「ケースケ様、これで是非とも……是非とも、折角の晴れ舞台を滅茶苦茶にした奴にリベンジを!」
背中を押してくれるククさんとトラスホームさん。
真っ直ぐに僕の目をみつめる彼らに、僕は力強く頷――――
頷きたかったのだが。
「……」
どうしても、できなかった。
「……ケースケ様?」
「勇者殿。如何致した?」
「…………」
――――正直に言うと、怖い。
青鬼が怖い。
奴が目撃された。そう遠くないところに居る。
その事実を突きつけられると……急に不安に襲われる。
フラッシュバックする。あの瞬間が。
「……っ」
思わず右腕を掴む。
――――あるよな、右腕は?
――――繋がってるよな、僕の右腕は?
手汗で湿った右手を握っては開く。
――――僕のだよな、この右腕は?
――――ちゃんと動くよな、僕の右手は?
「青……鬼…………」
資料を持つ手が震える。
タラタラと冷や汗が流れる。
息が詰まる。
「ケースケ様、大丈夫でしょうか……?」
「勇者殿。顔面蒼白だが」
「……」
正直、頭がクラクラしていた。
青鬼の情報がこんなにも直ぐに飛び込むとは思いもしなかったし、聞くにはまだ早過ぎたかもしれない。
心の準備には、もう少し時間が欲しかった。
「まだ、今の僕には……青鬼には勝てる自信がない」
分かっている。
青鬼にはリベンジしなきゃいけないって。
腕の代わりに盗られていった、参考書を取り返さなきゃならないって。
その時はいずれ来るって。
……ただ、まだ今じゃない。ちょっと早過ぎる。
せめて、もう少し……青鬼の瞬間移動、【神出鬼没】を克服する糸口が見つかるまでは。
「ケースケ様……申し訳ございません。お役に立つどころか御気分を害してしまい……」
「勇者殿……」
「…………」
トラスホームさんとククさんも、僕の気持ちを察してか……それっきり、口を開くことはなく。
ただただ3人黙って会議机を見つめるばかりだった。
――――そんな無言の静寂を破ったのは。
ガチャッ!
「「「……っ?!」」」
CalcuLegaの扉を開いて登場した、彼女。
「何弱気になってるのよ」
銀槍を背中に差し、戦闘用の凛々しい白ドレスに身を包む……アークだった。
「アーク様!?」
「アーク!?」
「お取込み中のところ失礼するわ」
トラスホームさんに一言告げると、開いた扉に寄り掛かるアーク。
腕を組んで呟いた。
「ハァ。狩りを終えて気持ちよく帰ってきてみれば……CalcuLegaからクヨクヨ弱音が聞こえてきちゃって」
「…………」
「勝ち筋がない? いまさら何言ってるのよ。巨大ウルフに巨大ホエールに、魔王軍さえも散々ぶっ倒してきた数学者さんが」
「本当だぞ。なんだか普段の先生らしくねえな!」
「CalcuLegaに心配性は私1人で十分ですよ。全く」
「なになに先生ビビってんのー?」
「ぐるるるっ!」
アークに続いて顔を出すダン、シン、コースにチェバ。
その顔は皆、なんだか頼もしい。
「皆……」
「だからね。ケースケ」
そしてアークが、下目遣いに僕を見て……言った。
「早くしないと、わたしがあのチート魔法全部習得して――――最強の数学者になっちゃうよ?」
「ッ!?」
――――その瞬間。
僕の中で、何かに火が点いた気がした。
「……やってやるよ」
青鬼に敗北を喫して。
療養の日々で湿気っちゃっていた僕の心が。
久し振りに燃え始めた気がした。
負けてらんない。
一度は腕を奪われた青鬼にも。
数Ⅲまで習得済みのアークにも。
「数学者……舐めんな!」
「その意気ね」
こうして、僕の覚悟は決まり。
僕達の次の旅も決まった。
「で、その場所はどこかしら。トラスホームさん?」
「はい、アーク様。目撃地点は――――山岳都市・マクローリン。そこから遠く離れた山中になります」
「マクローリン……」
でた。マクローリンか。
たしか王国北部の山岳地帯、盆地に栄えた山間の街。あの小作くんの本拠地でもあるんだっけな。
そこに青鬼も……不安と同時、なんだかちょっと楽しみにもなってきた。
「じゃあ決まりね。ケースケ?」
「あぁ。シン、コース、ダン、ククさん、皆も良いか?」
「決まってるじゃないですか」
「勿論だぞ!」
「いこいこー!」
「承知」
快く頷く3人と1匹。
それを見て、僕は宣言した。
「じゃあ、次の行先は――――行先は山岳都市・マクローリン。出発は僕の腕が完治し次第。それで!」
「「「「おう!!」」」」




