24-4. 多忙
完治予定日まで、あと9日。
今日は朝から4人ともフーリエ砂漠で魔物狩りに行っている。
コース・チェバの戦闘狂ペアに誘われてシン・ダン・アークが加わり、更に今日はウルフ隊のほぼ全員も参加するという盛況っぷりだ。
今や【冪乗術Ⅷ】なしでも人並み以上には強くなった彼女達、今頃きっと砂漠のリザードやスネーク達を屠り回ってるんだろう。
「ふぅ……」
そんなワケで、昼下がりのリビングは僕1人。
療養のためお留守番だ。
ダイニングテーブルに置かれた白のマグカップ。
表面にはポツポツと浮かび上がる結露。
そんなマグカップの取っ手に指をかけ、喉を潤す。
「……あーうまっ」
時間が経って少しぬるめの麦茶。
これはこれで麦の香ばしさを味わえるので悪くない。
「……何を飲んで居られる」
「ん」
っと、僕の独り言に足元から反応が。
僕と一緒にお留守番してくれているククさんだ。
「麦茶だよ。ククさんも飲む?」
「頂きたい」
「オッケー」
ダイニングテーブルを立ちキッチンの冷蔵庫へ。
茶色く透き通った麦茶を取り出し、ククさん専用のお皿へ注ぐ。ついでに氷もサービスだ。
「どうぞ。キンキンだよ」
「忝い」
そして僕のマグカップにも麦茶を注いでから冷蔵庫へ。
僕ももう1杯おかわりだ。
「……冷たっ」
「ハハッ。言ったじゃんか」
だらりと舌を垂らして困り顔のククさん、精悍な表情はどこへやら。
……普段からしっかりしている分、こういう時に垣間見える一面がまた良いんだよな。
「よーしよしよし。可愛いなククさん」
「うっ……お止め願う」
深緑の剛毛をナデナデされたククさん、まんざらでもなさそうだった。
と、こんな感じで療養期間をのんびり楽しみつつ暇を持て余していた僕だが。
今日は幸いにも手持ち無沙汰を吹き飛ばす出来事があった。
ピンポーン
「(御免ください)」
リビングに響くドアチャイム、そして薄っすら聞こえた声。
お客さんが来たみたいだ。
「……む。来客か」
「みたいだな。誰だろう?」
最近は特に会うとか約束してないけど、どちら様だろうか。
ククさんと一緒に玄関に向かい、ガチャッと扉を開いて客人を出迎えた。
「……こんにちは、ケースケ様。お世話になっております」
「おっ。どうも、トラスホームさん」
「領主殿であったか」
「クク様もお元気そうで。何よりでございます」
玄関先に立っていたのは、シワのない黒スーツに、ピカピカの革靴に、そして黒の執務カバンを携えた青年領主。トラスホームさんだ。
「今日は使いを寄越さず本人直々とは」
「確かに。珍しいですね、トラスホームさんが直接来られるだなんて」
「左様ですね。ケースケ様方邸に参ったのも久し振りです」
そうそう、トラスホームさんが僕達に用事のある時はいつも領主屋敷の使用人さんが代理でやって来るのだ。領主のお仕事も忙しいからね。
もちろん本人がうちを訪ねてきたことも何度かあるけど、大体それはいつも何か重要事項を携えてる時くらい……――――。
「……何か重要事項、ですか?」
「…………さすがケースケ様。御察しが早い」
「やっぱりですか」
予想通りだった。
使用人にも任せず、忙しい仕事の合間を縫って訪問してくる……コレは相当な話が舞い込んできたようだ。
「今回のこれは、私の口から直接お伝えしたくも思いますので」
「分かりました。まぁとりあえずどうぞ中へ。CalcuLegaでお伺いします」
「ありがとうございます。それでは」
という事でトラスホームさんをお通しし、作戦会議室・CalcuLegaへご案内。
会議机を挟んだ上座にトラスホームさんが座り、下座に僕とククさんが並んだ。
「ケースケ様、右肩と腕の調子は如何でしょうか?」
「まぁ……ぼちぼちです」
「それは何より。フーリエの英雄にして守り神、一刻も早くのご回復をお祈り申し上げます」
「どうもどうも」
守り神ではないけどね。
「それに……今更ながら申し訳ございません、アポも取り付けずに押し掛けてしまいまして。ケースケ様も色々お忙しいでしょうに」
「いやいや、暇ですよ。ケガ人は外出も何もさせてくれないので」
「おっと、左様でしたか。ならば私は一刻も早いケースケ様の御多忙をお祈りするべきでした」
「ハハハッ、ご多忙かー」
まぁ、それなりの忙しさでお願いしたいものです。
……さて、場も温まったので本題に入ろうか。
「そんで、トラスホームさん。重要案件とは?」
「承知しました」
執務カバンに手をつっ込み、何やら取り出すトラスホームさん。
会議机に並べられる数ページの資料束が2部。表紙に同じタイトルが記された、その片方を受け取る。
「ではまず背景から。……あの痛ましい事件から約3週間弱が経ちました。一部始終は瞬く間に王都中に知れ渡り、国民はケースケ様の無事に安堵しつつも魔王軍への恐怖を再び思い知らされることとなりました」
「みたいですね」
僕は外出していないので分からないけど、朝市の食べ歩きを愛するダンも「屋台市の雰囲気が固いっつうか……何か違う」と言っていた。
僕の一件がフーリエ市民に少なからずストレスを与えてしまったのは否めない。
「フーリエギルドをはじめ、各街の冒険者ギルドにも緊張感が漂っているようです。魔王軍に襲われたらどうしようとか、あまり街や村から離れるのは嫌だと遠地の依頼が敬遠されたりとか」
「……僕のせいで申し訳ない」
「いえ、お気に病まないでください。実は困り事ばかりでもないようでして」
……ん?
といいますと?
「その緊張感のおかげか、ギルドには届けられる情報提供の申し出が格段に増えております。『あれは魔王軍じゃないか』とか、『怪しい影を見た』とか、些細な件から重要な件まで様々と」
「ほぅ」
「中には『こんな不幸があった。きっと魔王軍の仕業だ』という八つ当たりやこじつけも散見されますが……時折、注目すべき申し出があるのも事実です」
成程な。
思わぬ意外な副作用だ。
「その中に1件、瞠目すべき申し出が御座いまして……一刻も早くケースケ様にお伝えせねばと参上した次第です」
「それがこの資料だと」
「左様です。3ページ目を御覧下さい」
隣からククさんが覗き込む中、表紙、1ページ、2ページと資料を捲り。
開いた3ページに目を通した――――
「…………ちょっ」
「勇者殿。此れは……」
思わず背筋が凍り付いた。
ドキンと強く脈打つ心臓。
資料を持つ手が震える。
ジョワッと額から冷や汗が噴き出す。
3ページ目に記されていた申し出は。
一番上の行、見出しから既に――――僕にとっては十分に衝撃的過ぎた。
「申出内容:青鬼らしき姿の目撃……!!?」




