24-3-2. 『アーク先生の特別講義① 演算記号3法則Ⅱ』
point③
『演算の記号の"3法則"―2.括り替え』
「結合法則……?」
「そう。交換法則と同じく、+と×にのみ成り立つ性質。それが『結合法則』」
結合法則かぁ。
聞き憶えはあるけど……なんだったっけ。
「正直に言うと……結合法則は、ケースケも知らず知らずのうちに使ってると思うのよね」
「マジ?」
「ええ、さっきの交換法則みたいに。……ちょっと例題で試してみよっか」
するとアークは振り返り、白チョークを走らせる。
黒板に書き記されたのは『 8+9+1 』。至ってシンプルで簡単な数式だ。
「はいケースケ、これ暗算して」
「……」
うわ、シンプルと思いきや地味に面倒だなコレ。
繰り上がりもあるし。
「えー。…………9、1……10……分かった。18」
「正解。やるじゃない」
「数学者舐めんな」
……とか強気言っときながら、実は内心ドキドキでした。
正直まだ暗算には自信ないからな。
「ちなみにケースケ、今どういう順で計算した?」
「ん、それは……先に 9+1=10、あとは8を足して18」
「うんうん。つまり――――こう?」
再び黒板に腕を伸ばし、さっきの数式に何やら書き足すアーク。
黒板の数式が『8+(9+1)』に書き変わる。
「あーそうそう。まさにその順番で」
「どうして? なんで先に9+1からやったの?」
「えっ……」
なんだか凄い剣幕で迫られる。
……何か悪いことしたか僕?
「先生怒らないから正直に」
「えー!」
そう言われるとますます怖くなるじゃんか!
……仕っ方ない、言い訳しよう。
「いやその……本来なら左から順に計算すべきだってのは知ってた。知ってたけど……8+9が面倒でした。むしろ先に9+1=10を片付けた方が計算楽になるので――――
「おめでとう!!」
突如パチパチとアークが拍手を始める。
「……何事?」
「ケースケ、今この瞬間あなたは『結合法則』をマスターしました」
そう言って右手を差し出すアーク。
恐る恐る僕も右手を伸ばすと、机越しに熱い握手を交わされた。
……どうしたアーク。
情緒荒れてない?
「何何何? どういうこと?」
「例題はこれくらいにして、結合法則について説明するわね」
よく分からないが、握った手を離すとアークは落ち着きを取り戻したようで。
再び黒板を向いて白チョークを走らせ、一本の数式を記した。
(a+b)+c = a+(b+c) 、一見なんでもないような等式だ。
「……なんだか当たり前感が凄いけど」
「確かにそうだけど、この式こそが『結合法則』なの。何か気付くかしら?」
「んー」
両辺で違うところと言えば、()の付け方か。
右辺は()で後ろの+から計算させてるし、左辺なんてわざわざ蛇足の()で前の+を強調している。
「……前の+、後ろの+、どっちの+から先に計算してもいいよ』ってこと?」
「その通り。良いじゃない」
そっか。
つまり、さっきの例題『8+9+1』で言えば……本来は8+9からの+1を計算しなきゃいけないところを、9+1からの+8でも構わない、と。
「僕は知らぬ間に結合法則で解いちゃってた、ってワケだな」
「そうね。纏めると、『a+b+c+d+e+…』みたいに+がたくさん並んでいる式では、どの+から計算しても結果は同じ。だから例えば、どのペアを()で結合して先に計算させたとしても結果は変わらない。それが『結合法則』」
「ほぉー……。これが同じく『a×b×c×d×e』でも成り立つってコトか」
「そう!」
成程な。
確かに、-や÷では結合法則が成り立たない。仮に『8-4-2』で結合法則を試すと上手くいかないし。
やはり+と×のみが持つ特別な性質なんだろう。
「……で、コレがアークの持ってる2個目の【演算魔法】、【結合Ⅰ】だと」
「ええ。これが無かったらケースケの腕は元通りにならなかったし、傷口も塞げなかったわね」
そうそう。【結合Ⅰ】こそが僕のブチ取られた右腕をくっつけた張本人……もとい張本魔法だ。
法則名にあやかった能力は間違いなくチート性能で確定だろう。
おかげ様で僕も助かりました。【演算魔法】、いつもありがとう。
point④
『演算の記号の"3法則"―3.振り分け』
「じゃあさ、アーク。1つ閃いたことがあるんだけど」
「ん? 何でも質問して」
白衣に付いたチョーク粉をパッパッと払うアーク。
その手が止まったところで1つ尋ねてみた。
「アークさ。前に【演算魔法】を全部で3個手に入れた、って言ってたじゃんか」
「ええ」
「もしかして……3個目も同じく、この単元の出身者なのか?」
「おっ、さすがケースケ。分かってるじゃない」
おっ。予想通りだ。
「【分配Ⅰ】だっけ。アークの血を分けてもらったっていう」
「そうそう。あれ結構しんどかったのよ?」
あの時は本当に助かりました。
感謝してもしきれないです。
「で、【分配Ⅰ】となると……交換法則、結合法則ときて『分配法則』とか?」
「なーんだ、『分配法則』は知ってたのね。なら説明は不要かしら」
「あ、いや、……分配法則教えてください」
「ずこーっ」
……アークの『ずこーっ』、ちょっと可愛かった。
「で、最後の『分配法則』だけど……これは正直、ケースケの持ってる【展開Ⅶ】そのものかな」
「ほぅ」
「先に答えを言うと、分配法則とは『+×のペアならば、a×(b+c)=a×b+a×c という形に展開できる』ってこと」
「うんうん」
想像以上に展開そのものだった。
「ただ、分配法則については2個ほど注意点があって」
「おぅ」
「まず1点目。分配法則は+×のペアの他、-×のペアも成り立つ」
おっ!
交換法則と結合法則で迫害され続けた-も遂にスポットライトを浴びられたようだ!
「という事は、もしや÷にも?」
「……いえ。残念ながら」
point⑤
『左分配法則と右分配法則』
「ウソじゃーん!」
日の目を見れなかった÷、残念ながら-の波に乗れず。
「でも、完全に分配法則が成り立たない訳じゃなくて。これが2個目の注意点なんだけど、÷は『半分だけ』成り立つの」
「半分?」
「そう。厳密に言うと、+÷と-÷のペアは『右分配法則』だけ成り立つの。÷cを右から振り分ける、 (a±b)÷c = a÷c±b÷c 、って感じかな」
「あぁー」
右分配は成立して左分配は成立しない、なんだか不思議だけど……確かにその通りになるんだよな。
試しに左分配の a÷(b+c) を計算してみると、(b+c)が丸ごと分母に入っちゃって分配できないのだ。
「へぇー。面白い」
「そうよね」
「『分配法則』なんて当然成り立つだろと思いきや、÷の左分配みたいなイレギュラーが現れるし。……なんか勉強した感が凄い」
「……そう言ってくれるとわたしも嬉しいな」
ポロっと呟いた本音。
それを聞いたアークの顔は、こころなしか紅潮していた。
という事で、これで本日の勉強はお終い。
黒板の文字を消し、アークが白衣を脱ぐ。
「以上が演算記号に関する3法則。交換、結合、そして分配法則ね。理解できた?」
「勿論ですとも」
さすが元・領主家のご令嬢だ。教え方が上手なのもあってスンナリ頭に入ったよ。
むしろアーク先生に色々教えて欲しいな、なんて。
「フフッ、安心したわ。……これで『全然分からない』とか言われたら責任が取れないもんね。勝手に参考書を【交換Ⅰ】に出しちゃった事の」
「あー」
その件を気にしてたのか。
「気にしないでくれよ。ってか、逆に参考書を【交換Ⅰ】に出してくれなきゃ僕死んでたし」
「……確かに」
「感謝こそすれ、怒りなんてしないさ。そんなんで文句言ったらアキに殺される」
「アキさん(笑)」
「だからさ、アーク。……その代わりと言っちゃなんだけど――――これからも数学、教えてください」
「ええ。もちろん」
そう頷くアークの表情は、詰まっていた何かが取れたようにスッキリしていた。




