24-3-1. 『アーク先生の特別講義① 演算記号3法則Ⅰ』
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│ アーク先生の特別講義 │
│ ―1st period―│
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│ 演算記号3法則 │
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「それじゃあ、第一回目のテーマは……これ!」
白衣に身を纏ったアークが背を向け、同じく白のチョークを手にする。
コツコツコツと音を立てながら、黒板に今日のタイトルを記した。
「『計算法則』、か」
「そう。知ってる?」
「いや。もしかして『掛け算が足し算より先』とか『カッコの中が先』とか、それなら僕も知ってるけど」
「いえ。それは『計算順序』かな」
「あー…………」
となるとお手上げだ。
「フフッ、分らなくても大丈夫。『参考書』にも負けないくらい、わたしがしっかり教えてあげる」
「頼もしいです」
「それにこの単元、わたしがケースケに教えるべき……いえ、教えなきゃいけないから」
「……教えなきゃいけない?」
「そう。わたしが」
「……うす」
なんだか意味深なほどに強い意思を感じる。
そんなに気負わなくてもいいんだけど……まぁいいや。僕はアークの気持ちに応えつつ、しっかり知識を身に着けるまでだ。
「よろしくお願いします」
「ええ。任せてよね」
自信に溢れた笑顔と共に、アーク先生の特別講義・1時限目が幕を開けた。
point①
『数学記号あるなしクイズ!』
「それじゃあ早速だけど。ケースケも知ってる通り、数学の世界には色々な『演算』があるよね?」
「演算か。プラスとかマイナスとかの事?」
「そうそう。……それならまずは、その演算の記号を使ったクイズをやってみましょう」
白チョークを握った手を額に当てて少し考えるアーク。
小さくうんと頷くと、黒板に横長の表を描いた。
あり┃ + ×
━━━╋━━━━━━
なし┃ - ÷
「問題です、ケースケ。+にあって-にない、×にあって÷にない。この『あり』と『なし』、どんなルールで分けたしょうか?」
「おぉ……」
あるなしクイズか。
……実はこういうのあまり得意じゃないんだよなー。
「分かった人から早押しね」
早押しも何も、解答者僕だけなんですけど。
……つまり早く答えろ、ってか。
「んー。+×にあって、-÷にない、か……」
「そう。分かったかしら?」
「……ハイッ」
一応1個は閃いたので、思い切って挙手してみた。
「はいケースケ、答えは?」
「記号に直角があるかどうか」
「……確かに、図形的に見るとそうね。他には?」
おっと、おかわりを求められてしまった。
アークの想定していた答えとは違ったらしい。
「……ハイッ」
「はいケースケ」
「90°横から見ても同じ形」
「…………他には」
おかわり再び。
別解だったようだ。
あり┃ + ×
━━━╋━━━━━━━━
なし┃ - ÷
「ケースケ、記号の見た目からは離れて、演算そのものについて考えてみて」
「うす」
アークの加筆修正、もとい軌道修正が入った。
足し算にあって引き算にない、掛け算にあって割り算に無い、か……。
加算乗算、減算除算……。
加乗、減除…………。
「あっ分かった!」
コレは来た。
確信をもって挙手、勢いのあまり椅子から立ち上がる。
「はい。ケースケ」
「『あり』を使った式は計算結果が増える、『なし』を使った式は計算結果が減る!」
「……というと?」
「例えば、3に+2したり×2すると3より大きくなる。けど3に-2や÷2すると小さくなるってコト!」
「うん、さっきよりいい線行ってるわ。……でも残念」
「マジ!?」
えー!
僕の自信は一体何だったんだ……。
「じゃあ、4×0.5。掛け算だから4より増えるかしら?」
「……2。減ってるし」
「そうよね?」
一瞬で示された反例にヘロヘロと座り込む。
……しまった、自然数はともかく分数や小数までは盲点だった。
「んー、そっか。……ただ逆に0.5×4で見れば大きくなってるんだけ――――
「っ」
「ん?」
アークの身体がビクッと動いた。
……なんだ今のは。もしかして今の呟きに何かヒントでもあったか?
「えーと、確か……」
ついさっき口走った内容を思い出す。
逆に0.5×4で見れば、大きくなってる?
逆に見れば、大きくなってる?
逆に見れば、大きい?
いや、でも 0.5×4=2 だ。
逆に見ても答えは別に大きくなってないし。
むしろ答え同じじゃ……――――
point②
『演算の記号の"3法則"―1.入れ替え』
「あああ分かったー!!」
爽快感。パンと手を叩く。
霧がかっていた頭の中が、スッキリ青空に晴れ渡ったようだ。
「来たわね、ケースケ。答えは?」
「+と×は数字を前後逆にしても同じ答えになる!!」
「正解!」
「ヨッシャー!!!」
そう。
このあるなしクイズ、答えは『a+b=b+a、a×b=b×a と入れ替えができるか』だったのだ。
3-2 と 2-3 とでは違う答えになるし、3÷2 と 2÷3 も答えが合わない。対して 3+2 と 2+3は共に5になるし、3×2 と 2×3 では6と同じ答えに辿りつく。
(前)+(後) を (後)+(前) にしても、 (前)×(後) を (前)×(後) に入れ替えても答えは変わらない。
それがポイントだったのだ。
「……成程な」
「そう。数学の世界では、+や×に限っては前後の数字を好きに入れ替えてもいいって事になってるの。『a+b=b+a』みたいに」
「ほぇー。……入れ替えとか当たり前すぎて普通にやってた」
「そうよね。でも、これできるのは+と×。-と÷にはない、特別な性質なの」
「特別な性質、確かに」
「で、この性質にはしっかり名前も付けられてる。前後の順番を交換できるから、その名も――――『交換法則』」
「交換法則……?!」
ん、なんか聞き憶えあるぞ。
それもつい最近。
「ソレってもしかしてさ……アークが今持ってる?」
「そう。3つの【演算魔法】、そのうちの1つ」
「「【交換Ⅰ】!」」
頭の中で2つが1つになった瞬間だった。
参考書を身代わりに僕の右腕を取り戻してくれた、アークの奇跡……アレこそが正に『交換法則』だったのだ。
交換法則の力を宿した【交換Ⅰ】そのものだったんだな。
【交換Ⅰ】、そして『交換法則』……命の恩人ばりにお世話になったのもあってか、物凄く親近感が湧いたよ。
「それじゃあケースケ。もう分かってると思うけど、改めて答えを聞こうかしら」
「おぅ」
話も一息ついた所で、右手の白チョークを黄色チョークに持ち換えるアーク。
鮮紅の瞳が真っ直ぐに僕を見つめる。
「この『あるなしクイズ』、答えは?」
「答えは……交換法則が成り立つかどうか」
「うん。正解」
微笑んで頷くアーク、右手の黄色チョークを黒板に滑らせた。
あり┃ + ×
━━━╋━━━━━━━━
なし┃ - ÷
A. 交換法則
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あるなし表の下に書き足される正答。
目を引く黄色の文字が濃緑の黒板に映える。
「……さて」
アークがおもむろに黄色チョークを置き。
粉のついた手をパンパンと払うと――――僕を見て言った。
「…………で、他には?」
「えっ」
まさかの不意打ち。
『あるなしクイズ』はまだまだ続いていた。
「実はもう1つ、答えがあるの」
「ウソじゃーん!」
交換法則ですらあのザマだったってのに……。
もう分からない。お手上げだ。
「降参です」
「フフッ。仕方ないわね……」
やれやれと首を傾げつつ、再びアークが黄色チョークを手にすると。
黒板の『交換法則』の隣に、もう1つの答えを書き足した。
あり┃ + ×
━━━╋━━━━━━━━
なし┃ - ÷
A. 交換法則 、結合法則
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