24-3. 懐古
「困ってるみたいじゃない」
「……アーク!?」
フフンと笑みを浮かべて登場するアーク。
まるでピンチを救うヒーロー……いや、ヒロインそのものだ。
「僕を助けにきてくれたの……?!」
「ええ。悩める少年のために、ね」
頼もしさに満ち溢れたウィンク。
うぉぉカッコいい!
カッコ良すぎるよアーク!
「だって、扉越しでも丸聞こえなんだもん。ケースケの困り果てた弱音」
「え、あっ」
「『あーダメだ!』とか『どう戦えばいいんだ!』とか『思いつかない!』とか。……助けに来るしかないよね」
「…………っ」
うわ、恥ずかしい!
全部ダダ漏れだった!
「……情けなくて申し訳ないです」
「いいのいいの、気にしないで。それより悩みの種は何かしら?」
「あー、えーと」
「ケースケ1人で抱えないで、わたしで良ければ相談してよね」
「……はい」
……ここまでアークに気を遣わせてしまったのだ。
この際しっかり相談に乗ってもらおう。
「まぁ、その……前に一度、皆で話し合ったじゃんか。青鬼の件」
「ええ。数日前の」
「結局あの時、青鬼を倒す方策は1つも挙がらなくて」
「そうね。あの場では『ケースケの療養期間中の宿題』ってことで落ち着いたんだっけ」
「あぁ。で、そこから毎日考えてるんだけど……全然いいアイデアが思いつかなくて」
水色のファイルをアークに手渡す。
浮かんでは消され、浮かんでは消されていったアイデアをじっと眺める。
「へえ。……色々、よく考えてあるのね」
「ただどれも微妙でさ。どうやったら青鬼の『瞬間移動』を攻略できるんだろうか……」
腕を組んで溜め息。
向かい側の席でアークも腕を組む。
「さーて…………」
「ううん……」
「……」
「……」
俯いて口をつぐむ僕とアーク。
静寂が作戦会議室・CalcuLegaを包み込む。
――――しかし。
うちのヒロインは、やはり一味違った。
「……1つ、いいかしら?」
静寂を破るアークの声。
顔を上げると、会議机の向こうから紅い瞳が僕をジッと見つめていた。
「……まさか!?」
「あの後わたしも時々考えて……コレしかないかな、って結論が1つあるの」
「マジで!?」
「ええ。良案かどうかは分からないけど」
自信ありげな微笑みで髪をかき上げるアーク。
……うぉぉカッコいい!
カッコ良すぎるよ!
もう恥も何も忘れて、思いっきり縋ることにした。
「で、その案ってのは?」
「フフッ。それはね……」
「もう、諦めちゃおっか」
「えっ」
ウソでしょ……?
「マジで言ってんの?!」
「もちろん」
何か間違いでも、と自信満々にアークが頷く。
「ちょちょっ、なんで?!」
「もう無理よ無理。ここ数日ずうっと考えてて、何も思いついてないんでしょ?」
「そうだけど……」
「何か少しでも進展があるならともかく、2日考えても全く進まないなら諦めちゃいましょう?」
「え、そんな……だとしたら青鬼は――――
アタフタと動揺する僕。
それをニヤニヤと眺めるアークは、僕の言葉を遮って提案を持ち出した。
「それよりケースケ、一旦青鬼の話は置いておいて……気分転換がてら数学の勉強でもした方がマシじゃない?」
「え、あ……」
数学、か。そういや最近全然勉強していないしアリだ。
アリなんだけど……。
「ただ、あの『参考書』を取り返さない事には」
「何言ってんのケースケ。そのくらい――――
そう言うと、おもむろにアークが立ち上がり。
ドン、と会議机に両手をついて。
僕を見下ろしながら――――静かに呟いた。
「わたしが教えてあげるよ」
「っ…………ッ!!?」
声が出なかった。
カッコいいというか、もはやそれを上回った感情。
……顔が熱い。
「よ……よろしくお願いします」
辛うじて口から出せたのは、その一言だった。
という事で。
かくかくしかじかありまして、突然ですが。
僕は今からアークに数学を教えてもらう運びとなりました。
「いや、アークが【演算魔法】を手に入れてたり『参考書』が無くなってたり色々ビックリ続きだったけど……まさかこんな事になるとは」
さっきのあのシーンが頭から抜けないまま、計算用紙とペンを用意する。
「ちなみにアーク、僕がどんな勉強をしてるか知ってるのか?」
「もちろん。実は何度か、ケースケの『参考書』を読んだことがあって」
「……あれ、貸したことあったっけ?」
「いえ、実は……ケースケ、時々CalcuLegaに『参考書』置き忘れてたでしょ?」
「あぁ。たまに」
最近の勉強場所は自室のみならず、CalcuLegaも選んでいた。
自室に持ち帰り忘れて翌朝気付くなんてのも偶にあったな。
「実はその時、ケースケに内緒でこっそり参考書を読んだことがあったの。ごめんなさい」
「いやいや全然。……で、内容どうだった? 数学難しいでしょ、特に後半とか」
「そうね。あの時は軽くパラパラっと眺めた感じだったけど……懐かしいなって思った。かな」
懐かしい……。
ナツカシイ……だとッ?!
「難しいの聞き間違いじゃないよな……?」
「懐かしかった。読んでて『あーどれもやったやった』って感じかな?」
アー、ドレモヤッタヤッタ……?!
「って事は、まさかアーク……アレ全部知ってんの!?」
「ええ。一応」
速報。アーク、高校数Ⅲまで全部履修済みだった件。
僕ですらまだ数Ⅲの序盤だってのに。
「あの魑魅魍魎のような無理難題がズラズラと列をなす数学を見て、恐怖どころか懐古する人間がいようとは。……中々信じられない」
「そんな事ないって、ケースケも出来るはず。わたしでも数年前にはもう習得してたから」
いや、僕とアークは同い年だろって。高3の今年がちょうど数Ⅲの歳だろって。
一体アークは何歳の頃に数Ⅲまで勉強していたんだ……。
これが領主家のご令嬢か。
また埋められない日本庶民との差を見せつけられてしまった。
「それに、何より……ケースケの右腕の代わりに『参考書』を【交換Ⅰ】したのもわたしだからね。ちゃんと責任はとらないと」
すると、アークがどこからともなく白い布を取り出し。
バサリと広げ、右腕、左腕と通して――――白衣を纏った。
「ジャーン! どう、似合ってるかしら?」
「ソレは……ッ!」
「ケースケとお揃いの白衣。わたしも【演算魔法】持ちだし、着てもいいよね?」
真っ白な白衣に、鮮やかな赤の長髪に。
コントラストがお互いの色を引き立たせる。
ピシッと折られた襟が、アークの清楚さを更に増す。
似合わない訳がなかった。
そして、アークは黒板のチョークを手にして――――宣言した。
「それじゃあ、始めましょう。……『アーク・テイラーの特別講義』!」




