-3.
ケースケのリュックから取り出した『参考書』。
青色の表紙を捲って目次を開く。
目当ての単元はただ1つ、もう決まっている。
「…………あった、96ページ」
急ぎパラパラとページを進める。
風にふわりと前髪を靡かせつつ、初等算数・中等数学をかっ飛ばして高等数学のセクションを目指す。
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――――ケースケの【演算魔法】って、色々な能力が使えて便利だけど……裏を返すとバラバラで一貫性がないようにも見えるよね。
一体何ができる魔法なんだ、って。
わたしも最初はそう思ってた。
……でも、今なら分かる。
バラバラなんかじゃない。
【演算魔法】には、れっきとした一貫性があるんだって。
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96ページ。
高等数学のセクションに入って一番最初の単元、最初の見開き。
左上に掲げられた単元名は、『数と式』。
「……間違いない」
解説ページを激流のごとく流し読み、確信。
すぐさまページを捲る。
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一貫性。
それは……どの能力も、数学で習う単語名とつながっていること。
加減乗除だから、文字通りステータスを足し引き掛け割りするみたいに。
合同だから、文字通り姿形大きさが全く同じな分身をつくり出すみたいに。
まるで、数学用語を具現化したみたいな魔法……それこそが【演算魔法】なんだって。
∫∫∫∫∫∫∫∫∫∫
進んだ先の見開きは、ずらりと並んだ練習問題。
Aが10問・Bも10問の計20問構成。
ケースケがいつも解いていたのと同じ。
その第1問目の問題文に、人差し指をかざすと。
祈るようにギュッと目を瞑り――――
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
【演算魔法】……数学用語とつながった能力。
だとすれば、わたしは知ってる。
とっておきの単語を、数学用語を。
この状況を一発逆転できる――――瀕死のケースケを救える、とっておきの【演算魔法】を!
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「お願い、ケースケのためなの……わたしに力を貸して!!!」
紙面に向かってありったけの魔力を注ぎ込んだ。
ピッ
「…………っ」
頭の中に小さく鳴り響く電子音。
瞼の力を抜き、ゆっくり眼を開くと……想像した通りの結果が待っていた。
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スキル【演算魔法】を習得しました
パッシブスキル【状態操作Ⅰ】を獲得しました
アクティブスキル【交換Ⅰ】を習得しました
アクティブスキル【結合Ⅰ】を習得しました
アクティブスキル【分配Ⅰ】を習得しました
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「来た!!!」
眼の前に現れた青透明のメッセージウィンドウ。
白文字の文章は、わたしの求める力……それを丸ごと一式、分け与えたことを伝えていた。
……ありがとう、『参考書』!
ありがとう『参考書』!!
これでケースケを救える!!!
「これなら……コレなら!!!」
まるで希望の光がグッと近づいたように。
視界がパアッと紅く輝いた。
「アーク……一体何を」
「何か方法があんのかよ……」
「ええ。今のわたしなら!!」
変化の起きたわたしの様子に、絶望状態のシン達も気付いた様子。
「無理ですよ、もう……」
「じゃあどーやって――――
「数学者舐めないでよね!!!」
「「「ッ!?」」」
一喝。
心の折れてしまった3人を黙らせる。
……傷口が塞がらずに血が止まらない?
だったら、蓋をして閉じてしまえばいいじゃない。
ポットに蓋をするみたいに。
ワイン瓶にコルクを差し込むみたいに。
肩の傷口に、腕をくっ付けてしまえば!
「見ててよね、シン、コース、ダン、チェバ。……わたしがケースケを護るから!!」
「「「「……っ」」」」
シナリオなら、もう既に頭の中。
あとはそれを実行するまで。
青白くなったケースケの顔を見て、ただひたすらに【演算魔法】を紡いだ。
「【交換Ⅰ】!!」
手に入れた3つの【演算魔法】、その1つ目を発動する。
数学用語の『交換法則』、その力を具現化した【交換Ⅰ】。
わたしの予想通りならば、【交換Ⅰ】の能力は――――『同等の価値を持つ二物体の交換』。
これで何かと引き換えにケースケの右腕を取り戻せる!
……もちろん、右腕と交換のために差し出す物だってもう決めてある。
「……勝手に選んじゃってごめんね。でも大丈夫――――数学ならわたしが教えてあげるから!」
目を瞑ったままのケースケに謝り、右手に握った本を天高く掲げた。
「交換する物体は――――もぎ取られたケースケの右腕と、この『参考書』!!!」
宣言と同時、手の中から霧散していく『参考書』。
その代わりというように、ボトリと音を立ててケースケの右腕が帰ってきた。
読み通り。
青鬼との交換は成功したようだった。
「ダン! これをケースケの右肩に!! 早く!!!」
「……お、おう分かったぞ!」
突如戻ってきたケースケの右腕に驚きつつも、すぐに拾い上げるダン。
そのまま出血の止まらない右肩の傷口にあてがう。
「【結合Ⅰ】!!」
立て続けに2つ目の【演算魔法】を発動する。
『結合法則』の力を具現化した【結合Ⅰ】。
わたしの予想通りだと、この能力は――――文字通りの『複数物体の結合』!
「結合する物体は……ケースケの胴体と腕!!」
宣言。
その直後、ひとりでに動き出すケースケの腕と胴体。
まるで傷口どうしが磁力を帯びたかのように、互いに引き合うようにじわりじわり近付き――――
ビタッ!!!
ボキボキッ!!!
骨同士、筋肉同士、皮膚同士がピッタリとくっつく。
血を失って真っ白な肌を除けば、まるで何事もなかったかのように。
「傷口が……!?」
「くっついたー!!?」
「信じられねえぞ……」
度重なる予想外に目を疑い続けるシン達を横目に。
極めつけ、3つ目の【演算魔法】を発動した。
「これで……【分配Ⅰ】!!」
『分配法則』の力を具現化した【分配Ⅰ】。
この魔法を使ってすることと言えば……ただ1つ。
「……ケースケ」
右腕のつながったケースケ、その横に座り。
語り掛けるように呟き。
「……もう大丈夫だからね」
背中に両手を通し、ダラリと弛緩した上半身を持ち上げ。
「ケースケの血液と、わたしの血液を……『(ケースケ+わたし)の血液』に分配する!」
体温を失って冷えきった体を――――ギュッと抱きしめた。
∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠
――――領主の娘として生まれて、こんなにも良かったと感じた事はなかった。
小さい頃から嫌々させられていた勉強。
国語、数学、理科、社会、外国語、魔法学、武術、その他諸々の科目。
領主家の名に恥じないようにと、半ば押しつけられて。
毎日毎日、来る日も来る日もずうっと勉強させられて。
時には『どうしてお父様はこんな事をさせるの』と憤りながらも。
時には『一体何の役に立つの』と疑問を抱きながらも、淡々とこなしていた。
けれどまさか、思いもしなかった。
積み重ねてきた成果が、こんな時に必要になるだなんて。
積み重ねてきた成果が、こうやって発揮されるだなんて。
数学の勉強、ちゃんとやってて本当に良かった。
途中で諦めて投げ出さなくって、本当に良かった。
疎かにしてなくて、本当に良かった。
ありがとう、お父様。
ありがとう、過去のわたし。
おかげで今、わたしはケースケを――――
∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀
「……うっ」
全身を襲う脱力感。
ぼうっとする頭。
【分配Ⅰ】がわたしの身体から血液を吸い取る。
と同時に、その血は余すことなくケースケの体内へ。
「…………っ」
抱きしめていた冷たい身体が、ほんのりと温まる。
弱まっていた鼓動が再び大きく動き出す。
真っ白だった肌が、徐々に赤みを取り戻す。
そして、彼の唇が――――小さく、わたしの名前を呼んだ。
「………………アーク」
「……っ!」
再び溢れる涙。
潤んだ目で見つめたケースケの顔は……未だ顔色が悪くも、優しく微笑んでいた。
「……ありがとう」
「ううん。……おかえり、ケースケ」
無事でよかった。
わたしも、そう告げてニッコリと笑顔を見せ――――
最後の力を振り絞ったわたしは、そのまま貧血で倒れてしまったのでした。
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