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「まずいです、アーク! 先生が……先生がッ!!」
「は……ッ!」
シンの声で、カッと頭に昇った血が引き波のようにサーっと引いていく。
「ケースケ!!」
慌てて振り返れば、さっきのまま倒れ伏すケースケ。
その周囲にシン、コース、チェバ、ダンが輪になって必死に止血していた。
「できる限りの応急処置はしてますが……ッ!」
「血が止まんないのーッ!」
「どうすりゃいいんだよ!!」
ケースケの肩の傷口をタオルで押さえるダン。コースも【水系統魔法】で氷塊を作り出し、シンが傷口周りに押し当てて冷却。
3人掛かりで止血に当たる……のに、血の勢いは一向に止まらない。
ダンのタオルは既に真っ赤に染まり、吸いきれなかった鮮血がポタポタと滴り落ちる。
「ダメです! 傷口が大きすぎます!」
「なあアーク、何か手はねえのかよ! 【火系統魔法】で焼き塞ぐとか!」
「……そんな繊細な扱いは」
できない。
銀槍を介さないと【火系統魔法】が操れないわたしが、炎でケースケの傷を焼き塞ぐだなんて……。
冗談なしで、わたしの手でケースケを真っ黒こげに火葬してしまう。
「わたしだって、そうしたいけど……」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ! もう俺分かんねえよ!!」
「…………っ!!」
項垂れるわたし達。
大量に血を失い、青白さを超えて真っ白になったケースケの顔が目に映る。
……そんなわたし達を待っているのは、更に過酷な現実だった。
「やばいよアーク! 先生のHPがどんどん減ってく!!」
「……うそ、でしょ」
【鑑定】で映し出した青透明のステータスプレート、それを見てコースが小刻みに震える。
表示されていたケースケのステータス――――そのHPを示す数字が、秒読みのようにカウントダウンを進めていた。
「36、35、34! ぜんぜん止まんない!!」
「う、うそ……待って、待って待って!」
反射的に叫ぶも当然ステータスプレートは聞きやしない。
秒を追って減り続けるHP、その値はあっという間に30を切る。
――――29、28、27。
「ケースケ……だめ、ケースケ!! 起きてよ!!」
不安と焦りに拍車がかかる。
短絡的になる思考、無意味と分かっていてもひたすらにケースケの名前を連呼してしまう。
――――24、23、22。
「目を開けて! ねえ! 起きてってば!!」
膨れ上がる恐怖心。無意識に操られるわたしの身体。
ケースケの顔へと向かった右手が、感情任せに頬を張る。
「冷たっ……」
思い切りピシャリと叩いたケースケの頬……冷たかった。
掌に感じたその感覚は、極限まで肥大していた恐怖心をも戦慄させ。
もはや、わたし達には手の施しようもないことを告げていた。
――――19、18、17。
「誰か……誰か、ケースケを……ッ!!!」
縋る思いで周囲を見渡す。
緊急事態が発生した謁見の間、厳粛さを失ってドタバタとしていた。
「勇者様が……!」
「白衣の勇者様が!!」
「誰か回復魔法を使える者は居ないのか!!」
「魔術師連合から治療部隊を召集させますわい!」
「出血が酷い!! 輸血の用意を!」
「「ハッ!!」」
「兵士! 救護室の回復魔術師はまだか!!」
「呼びに行かせてあります! もう少しで到着する筈です!!」
若干の混乱こそしつつも、ケースケのためにとみんなが動いてくれている。
王城勤めの回復魔術師が来てくれれば、きっと……ケースケの右腕はまだしも、直ぐに傷口を塞いで――――
「アーク! 先生のHPもう10しかない!」
「え……」
即座に打ち砕かれる淡い希望。
たった10秒じゃ、もう…………回復魔術師は……。
「間に合わない…………」
――――10、9、8。
HPの数値から、十の位が消えた。
それと同時に、考えうる全ての手が尽きた。
「うそ……うそうそうそうそ!!!」
視界がぼんやりと滲み始める。
……わたし達、こんなに頑張ってきて。
今日は折角の、国王からの受勲式という晴れ舞台なのに。
ケースケの命を狙って突如現れた青鬼も、なんとか撃退したというのに。
シン、コース、ダンが必死に止血してくれているのに。
それなのに――――ケースケはもう救えないの?
「うぅっ……うううう…………っ」
嗚咽。
涙が溢れ出す。
なんとか我慢していた心が、今ポッキリと――――
「アーク!!!」
混乱で騒がしかった謁見の間に鋭い叫び声が響く。
嫌というほど、小さい頃から聞いてきた声。
「……お、父様…………」
赤く腫れた目に、声の主が映る。
燕尾服姿のお父様が、腕を組んでこちらをじっと見つめていた。
「そいつはもう死んだのか?」
「……ッ?!」
お父様の言葉、耳を疑った。
聞き間違いかとも思ったけど、明らかにお父様はそう言っていた。
一瞬で怒りが沸きたった。
「まだ生きてるわ!! そんな事言わないでよ――――
「なら何故お前は諦めた?」
「えっ…………」
……お父様には、見透かされていた。
こんな勝手に家出していった、娘のことも。
「考えろ。考え続けろ。アーク」
「…………」
そう言ったっきり、お父様は口を真一文字に結んだ。
「でも……わたし達に出来ることなんてもう……――――
――――いえ、ある。
あった。
存在した。
頭の奥隅に、たった1つだけ。
――――8、7、6。
「……やるしかない」
迫る残りHPのカウントダウン。
悩んでいる時間はない。
腹を括ったわたしは――――放り出されていたケースケのリュックを漁り。
「……借りるよ。ケースケ」
青い表紙の、『参考書』を取り出した。




