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  -2.   

「まずいです、アーク! 先生が……先生がッ!!」

「は……ッ!」


シンの声で、カッと頭に昇った血が引き波のようにサーっと引いていく。



「ケースケ!!」


慌てて振り返れば、さっきのまま倒れ伏すケースケ。

その周囲にシン、コース、チェバ、ダンが輪になって必死に止血していた。




「できる限りの応急処置はしてますが……ッ!」

「血が止まんないのーッ!」

「どうすりゃいいんだよ!!」


ケースケの肩の傷口をタオルで押さえるダン。コースも【水系統魔法】で氷塊を作り出し、シンが傷口周りに押し当てて冷却。

3人掛かりで止血に当たる……のに、血の勢いは一向に止まらない。

ダンのタオルは既に真っ赤に染まり、吸いきれなかった鮮血がポタポタと滴り落ちる。



「ダメです! 傷口が大きすぎます!」

「なあアーク、何か手はねえのかよ! 【火系統魔法】で焼き塞ぐとか!」

「……そんな繊細な扱いは」


できない。

銀槍を介さないと【火系統魔法】が操れないわたしが、炎でケースケの傷を焼き塞ぐだなんて……。

冗談なしで、わたしの手でケースケを真っ黒こげに火葬してしまう。



「わたしだって、そうしたいけど……」

「じゃあどうすりゃ良いんだよ! もう俺分かんねえよ!!」

「…………っ!!」


項垂れるわたし達。

大量に血を失い、青白さを超えて真っ白になったケースケの顔が目に映る。



……そんなわたし達を待っているのは、更に過酷な現実だった。




「やばいよアーク! 先生(せんせー)のHPがどんどん減ってく!!」

「……うそ、でしょ」


【鑑定】で映し出した青透明のステータスプレート、それを見てコースが小刻みに震える。

表示されていたケースケのステータス――――そのHPを示す数字が、秒読みのようにカウントダウンを進めていた。




「36、35、34! ぜんぜん止まんない!!」

「う、うそ……待って、待って待って!」


反射的に叫ぶも当然ステータスプレートは聞きやしない。

秒を追って減り続けるHP、その値はあっという間に30を切る。






――――29、28、27。




「ケースケ……だめ、ケースケ!! 起きてよ!!」


不安と焦りに拍車がかかる。

短絡的になる思考、無意味と分かっていてもひたすらにケースケの名前を連呼してしまう。






――――24、23、22。




「目を開けて! ねえ! 起きてってば!!」


膨れ上がる恐怖心。無意識に操られるわたしの身体。

ケースケの顔へと向かった右手が、感情任せに頬を張る。



「冷たっ……」


思い切りピシャリと叩いたケースケの頬……冷たかった。

掌に感じたその感覚は、極限まで肥大していた恐怖心をも戦慄させ。


もはや、わたし達には手の施しようもないことを告げていた。






――――19、18、17。




「誰か……誰か、ケースケを……ッ!!!」


縋る思いで周囲を見渡す。

緊急事態が発生した謁見の間、厳粛さを失ってドタバタとしていた。



「勇者様が……!」

「白衣の勇者様が!!」

「誰か回復魔法を使える者は居ないのか!!」

「魔術師連合から治療部隊を召集させますわい!」

「出血が酷い!! 輸血の用意を!」

「「ハッ!!」」

「兵士! 救護室の回復魔術師はまだか!!」

「呼びに行かせてあります! もう少しで到着する筈です!!」


若干の混乱こそしつつも、ケースケのためにとみんなが動いてくれている。

王城勤めの回復魔術師が来てくれれば、きっと……ケースケの右腕はまだしも、直ぐに傷口を塞いで――――




「アーク! 先生(せんせー)のHPもう10しかない!」

「え……」


即座に打ち砕かれる淡い希望。

たった10秒じゃ、もう…………回復魔術師は……。



「間に合わない…………」






――――10、9、8。


HPの数値から、十の位が消えた。

それと同時に、考えうる全ての手が尽きた。




「うそ……うそうそうそうそ!!!」


視界がぼんやりと滲み始める。


……わたし達、こんなに頑張ってきて。

今日は折角の、国王からの受勲式という晴れ舞台なのに。

ケースケの命を狙って突如現れた青鬼も、なんとか撃退したというのに。

シン、コース、ダンが必死に止血してくれているのに。



それなのに――――ケースケはもう救えないの?






「うぅっ……うううう…………っ」


嗚咽。

涙が溢れ出す。



なんとか我慢していた心が、今ポッキリと――――











「アーク!!!」


混乱で騒がしかった謁見の間に鋭い叫び声が響く。

嫌というほど、小さい頃から聞いてきた声。




「……お、父様…………」


赤く腫れた目に、声の主が映る。

燕尾服姿のお父様が、腕を組んでこちらをじっと見つめていた。




「そいつは()()()()()()()?」

「……ッ?!」


お父様の言葉、耳を疑った。

聞き間違いかとも思ったけど、明らかにお父様はそう言っていた。


一瞬で怒りが沸きたった。




「まだ生きてるわ!! そんな事言わないでよ――――

()()()()()()()()()()?」

「えっ…………」



……お父様には、見透かされていた。

こんな勝手に家出していった、娘のことも。




「考えろ。考え続けろ。アーク」

「…………」


そう言ったっきり、お父様は口を真一文字に結んだ。






「でも……わたし達に出来ることなんてもう……――――
















――――いえ、ある。



あった。


存在した。




頭の奥隅に、たった1つだけ。











――――8、7、6。



「……やるしかない」


迫る残りHPのカウントダウン。

悩んでいる時間はない。




腹を括ったわたしは――――放り出されていたケースケのリュックを漁り。
















「……借りるよ。ケースケ」



青い表紙の、『参考書』を取り出した。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
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『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうか、この物語が
 
小説を愛する皆様の心に、
心の安らぎを求める皆様の心に、
現実とかけ離れた世界を楽しみたい皆様の心に、
そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
― 新着の感想 ―
[一言] 参考書……? 一体それで何をするつもりなんだ……。
2022/06/25 23:12 一般中学生
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