-1.
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――――わたしのすぐ右隣で起きた大惨事。
その一部始終は、ほんの5秒にも満たないほどだった。
「う、うそ…………でしょ……」
バリアの向こうに隔絶されていたはずの青鬼が、なぜかケースケの眼の前に立っていて。
ゴリッと嫌な音の響いた直後――――ケースケが、膝から崩れ落ちた。
右腕を失った状態で。
「ケースケ……ねえ、ケースケ!」
声を掛けても反応がない。
先を失った右肩からは、勢い衰えず溢れる出血。
赤の絨毯には赤黒い染みが広がり、ケースケの顔はみるみる蒼白さを増していく。
「だめ……だめ、ケースケ、返事してよっ……!」
どれだけ声を掛けようと、返事の1つはおろか微動だにしない。
その間にも絶えず続く出血、傷口が広すぎて止血しようにもできない。
募る焦燥、冷や汗がドッと流れる。
「このままじゃ、ケースケが――――
「キキキッ。死んじまうな、このままだとよお」
「……っ」
頭上から浴びせられる嘲笑。
黙って見上げると、ニヤリと鋭い歯を見せる青鬼の顔があった。
「狙いを外しちまったのは残念だ。本当は首をゴリっとで一気に殺したかったが……まあいいや。あー満足」
手中の戦利品をうっとりと眺める青鬼。
「ああでも勘違いすんなや、これでもまだ甘ぇ方なんだぜ?」
「……どういう事かしら?」
「なんたって俺の兄は殺された。その復讐をだ、俺は腕1本で済ませてやった。有難く思えや」
「そう、復讐……」
「ああ復讐だぜ。兄を亡くした俺に、その権利くらい有るだろ?」
「……そうね。それなら」
その言葉を聞いた瞬間――――わたしの中で渦巻いていた焦燥感が、怒りに変換。
闘争心が爆発した。
「それなら――――わたしも復讐、していいよね?」
「……っ?!」
満足感に浸っていた青鬼、その油断をついて背中の銀槍を抜き。
青鬼の懐に……必中距離に入った。
「こりゃ驚いた……けど鬼の肌はビクともしねえぜ? 人間の膂力じゃ」
「どうかしら?」
動揺を誘う青鬼の言葉には耳も貸さず……むしろ、わたしが動揺を誘いながら。
「よく言うじゃない。……紙の防御力で」
「何だと――――
「突き殺すッ!!!」
――――燃え盛る炎槍を、心臓めがけて感情任せに突き出した。
ジュウゥゥゥ!!!
ズブズブズブッ!!!
「うぁ熱ゃ熱ゃ熱ゃ熱ゃッ!!!」
筋肉で激しく凹凸した真っ青な肌の、左胸に吸い込まれていく炎槍。
驚きと激痛に青鬼が悲鳴をあげる。
「はああァッ!!」
「ぐアアアアァァァァ!!!」
ケースケの倒れ際に発動した【冪根術Ⅷ】で、青鬼の防御力はまさに紙。
槍を握る両手に力を籠めれば、抵抗もなくスルスルと青鬼の体を突き進む。
「このまま心臓まで貫いて――――
しかし、わたしの思い通りには行かせてくれかなかった。
「【神出鬼没】!!」
「なっ……!?」
苦し紛れの呪文。
それと同時にフッと消える青肌の巨体。
「ハァ、ハァ、ハァ……やってくれるぜ」
「……っ」
その姿が次に現れたのは、わたし達から距離をとった謁見の間の隅っこ。
左胸に穿たれた穴を押さえつつも、安堵の表情を浮かべていた。
「瞬間移動……っ」
「くぅーバレちまった。だから本当は多用したくなかったんだが」
「……っ!」
嫌々ながらも呟く青鬼、その能力は間違いなく厄介かつ絶対強者。
絶対に逃がしたくはない……が、明らかに不可能。
為す術のない悔しさが闘争心に水を掛ける。
「っつう事で、ちょっと深手は負っちまったが……とりあえず今回はこの位にしてやんよ。手土産……いや腕土産もあるし、魔王に差し出せば間違いなく喜ぶぜ?」
「あっ! 待ちなさい!!」
「んじゃ。【神出鬼没】!」
わたしの最後の抵抗に耳もくれず、青鬼の姿は消えた。
「くぅっ……アイツ…………」
倒し損ねた悔しさ、逃亡を許したやるせなさにただ立ち尽くすわたし。
……そんなわたしを現実に引き戻したのは、シンの言葉だった。
「まずいです、アーク! 先生が……先生がッ!!」




