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「受勲式は以上である。下がって良い」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
【護国守従御勲章】を受け取り、国王からの『下がってよい』のお言葉。
これにて受勲式はお終いだ。
「「「「「……」」」」」
黙って立ち上がり、国王一家に一礼。
右の貴族院一同にも一礼し、左の領主・大臣一同にも一礼。
最後に回れ右して、謁見の間の大扉へと――――
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「おっと、本番はここからだぜ」
∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇
振り向いた先の大扉には――――僕達を出すまいと、通せんぼするように。
大扉よりも大きな青肌の怪物が、腕を組んで立ちはだかっていた。
「『白衣の勇者』、貴様だな?」
「「「「「…………ッ!?」」」」」
僕と目の合った怪物の三白眼がギロッと睨む。
……握った両手、途端に始まる震え。
身体じゅうからブワッと噴き出す冷や汗。
急アクセルを踏む脈拍。
本能が危急を告げている。
「『白衣』は貴様かって聞いてんだよ。答えろや」
「え…………っ」
突然の事に頭がついていかない。
……なっ、何だコイツは!?
「答えろよ。はーやーくー」
「なっ……ちょ……」
……え、誰なんだ。敵か? 味方か?
いつの間に僕達の背後に?
なぜ僕を……?
疑問は無数に頭に浮かぶものの……恐怖で言葉が浮かばない。
「……あーイライラする。もうキレた」
立ち尽くすばかりの僕に痺れを切らし、ポリポリと頭を掻く青肌の怪物。
その手をダラリと下ろすと――――
「死んだ兄の仇、取らせろや」
予備動作もなく駆け出し、距離を一気に詰めてきた。
――――マズい!!!
「【定義域Ⅸ】・x≦3」
咄嗟に使い慣れたバリア魔法を発動。
スッと現れたバリアが謁見の間を2つに分かち、怪物と僕達とを遮る。
ゴツンッ!!
「痛った。……んだよコレ」
勢い余ってバリアに激突する怪物。
謁見の間に鈍い音を響かせ、項垂れて頭を押さえる。
「ハァ、ハァ、ハァ……危なっ」
なんとか抑えた怪物の初撃に安堵する。
……しかし、一歩たりとも動いていないのにもう息は切れ切れ。【定義域Ⅸ】が生んだ僅かな隙で呼吸を整えつつ、頭を戦闘モードに切り替える。
突然に始まった戦闘、何が起きているかは未だ把握できていない。
ただそれでも、この僅かな時間で分かった事がある。
――――青肌の怪物。
見覚えのある外見……額から伸びる1対の角に、隆々と鍛えられた全身の筋肉に、極めつけの唯一身に着けた虎柄パンツ。
その上、僕に吐いた『死んだ兄の仇』という台詞。
……僕は知っている。
この存在を、間違いなく。
「お前は……」
――――鬼。
青鬼だ。
違うのは肌の色だけ。
第三軍団戦で僕達が倒した、軍団長……赤鬼とはまるで瓜二つ。
そしてその赤鬼を『死んだ兄』と呼ぶコイツは、つまり――――
「……赤鬼の、弟
「正解だぜ」
その瞬間、バリアの向こう側に居たハズの青鬼の姿が――――僕の眼前に移ってくると。
青鬼の巨大な掌が、僕の右腕を白衣ごと握り。
グイッと手首を回転させ――――僕の右肩から先を、丸ごと捻じり取った。
「…………っ!?」
身体中に生じた衝撃。
その震源、右肩に眼を向けると――――
脱臼した骨、断裂した筋肉、破けた皮膚。
引き千切れた血管、垂れ流れる血液。
本来繋がっているハズの物が、ない。
右肩が、ただグロテスクな断面を晒し出すのみ。
「チッ、右腕だけかよ。しくじったぜ」
その繋がっていたハズの物は、青鬼の指にプランプランとつままれていた。
同じくグロテスクな断面を晒しながら。
「うっ……」
――――まだ分かっていない。
この謁見の間で、何が起きているかは。
けれど、僕は理解できた。
自身の身に何が起きたのかは。
「う…………うあああああァァァァ!!!?」
理解したと同時、脳に届く全身からの危険信号。
右肩から発する痛みは、限度を超えて炙られているような熱すら帯び。
ドクドクと溢れ出す血液が体温を奪うからか、全身は悪寒を帯び。
――――『死ぬ』。
もう焼き切れそうな脳でただ考えられたのは、その2文字のみだった。
他の思考など、到底出来るハズもなく……ましてや周囲の視覚も、聴覚も、嗅覚も、もう僕の脳が受け付ける余裕などない。
そうして、僅か数秒のうちに。
強すぎる刺激に神経が負けたか、それとも流血による血圧低下に負けたか。
血に染まった赤絨毯にバタリと倒れ、僕の意識は闇の中へと沈んでいった。
「冪下に張巡りしは分数の理も無き域――
――【冪根法Ⅷ】・all9」
辛うじて唱えた詠唱が、最後の記憶だった。




