23-2. 縄Ⅲ
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この前の数学の勉強でやった、『図形と方程式』。
ある男の壮大な脱出劇にあわせて学んだその単元の中で、僕は2つの【演算魔法】を手に入れていた。
その1つ目こそが、この【軌跡Ⅰ】だ。
===【軌跡Ⅰ】========
魔力を消費して、任意の点Pの軌跡の方程式導出およびグラフ描画を高速かつ正確に行える。
計算能力および描画能力はスキルレベルによる。
※【状態操作Ⅸ】との併用による効果
任意の対象を点Pとして選択し、Pの軌跡を視界に映し出す。
但し、対象と直接関係のある品物を捧げることが必要。
必要MP:50
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この能力を要約すると『あらゆる物の通った軌跡を視覚化する』。人物はもちろん、動物、物体、あらゆる物の足跡が白色の縄となって見えるようになるのだ。
まるで点Pの動いた足跡が、直線のグラフとなり円のグラフとなり放物線のグラフとなって僕達の目に映るように。
言うなれば『追跡魔法』という辺りだろうか。
【冪乗法Ⅵ】や【冪根法Ⅵ】のような、戦闘に直接使える即戦力とは言えないものの……これもまた【演算魔法】らしいチート魔法だろう。
特に今のような状況においては、どんな魔法よりも役に立つ魔法であることは間違いない。
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「【軌跡Ⅰ】―――「点P≔バリー・ブッサン、その血液を捧げる!!」
魔法を唱え、同時に点Pをバリーに定義。
掲げたナイフに纏わりついていたバリーの血液が蒸発して消え……対価を得た【軌跡Ⅰ】は、僕達の視界に白い縄を映し出した。
「此れはッ……何だい此れは?!」
「白い縄、見たことない……ケースケの仕業ね?」
「おぅ」
突然姿を現した白縄にビクリと目を丸くする神谷とアーク。
そんな2人に新入り魔法をご紹介だ。
「この前新しく手に入れた【演算魔法】――――その名も追跡魔法・【軌跡Ⅰ】」
「ローカス……」
「locus、訳して軌跡……成程。読んで字の如くか」
うんうんと頷く神谷。
頭の中で反芻しているようだ。
「ってことはねえ、ケースケ。この白縄があればもうバリーは見失わないってこと?」
「そういうコト。白縄伝いに追いかければ、必ず奴の背中が見えるハズ」
「素晴らしい! やるじゃないか【演算魔法】!」
「おぅ」
さて、コレでお膳立ては完了した。
あとは奴を追いかけて早く取っ捕まえるだけだ。
「勇者殿!」
「どうしたククさん?」
「王都内を逃走中とはいえ、奴は手負い。そう遠くない所に居る筈!」
「確かに。……よし。神谷、アーク、ククさん達、行くぞ!」
「「おう!!!」」
「「「「「ウオォン!!」」」」」
お互いに目を合わせて頷き、僕達は白縄の延びる西門通りに向かって駆け出した。
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傷だらけの体に鞭を打ちつつ、完璧に脳に刻み込んだ王都地図を頼りに路地をひたすら突き進む。
「ハァ、ハァ…………この先は行き止まり、この路地で右に曲が……いや左だね。その方がより入り組んでいるね」
段々と細くなっていく路地、それをクネクネと右に左に駆け回る。
幾つもの曲がり角、交差点を迷路のように進む。
「ハァ、ハァ、ゲッホゲホ、ゲホゲホ。……ここまで来れば追いつけないだろうね」
ある程度進んだところで路地の石壁に手をつき、咳き込みつつも荒い呼吸を整えた。
……必死に逃げ込んで来た今この地区は、大臣として仕事をこなす中で発見した隠れ場所。
道が狭く、複雑に交差し、足を踏み入れたら簡単には出られない。出たとしてもどこに行き着くか分からない。おまけに住民も居ないので人目につかない。
追われる身の私にとって、ここは絶好の隠れ家という訳だ。
しかし、あの鋭い嗅覚を持つ裏切り狗共ならば私の匂いを追ってこれようが――――それも不可能。
「いやはや、忍ばせておいて良かったね。……まさか使う時が来るとはね」
溜め息を一つ吐きつつ、スーツの胸ポケットからスパイ道具の詰め合わせを取り出す。強力消臭スプレーは使い切って空っぽになっていた。
おかげでこの1日、私は匂いと無縁の存在。つまり、これでもう誰も私を追ってくることは出来なくなったという訳だ。
「ふう……あとは奴に見つからずに王都を脱出すれば勝ちだね」
だいぶ息も整い、全身の痛みも心なしか治まってきた。
石壁に背を向けて腰をつく。
……王都を脱出して草原を駆け抜け、魔王城のある森まで帰還すれば私の勝ちだ。
莫大なティマクス王国内部情報を魔王様に献上し、次こそ王国を侵攻する。それが武力の無い私に出来る、無念に散っていった第三、第二の敵討ちだ。
必ずや、憎きあの白衣を殺して王国を我らが魔王軍の手中に……。
「全ては魔王様の理想のために、だね」
「よっこいしょっと。……さあて、どうしようかね」
一時は底をついたスタミナも回復し、再び体が言う事を聞きはじめた。
膝に手をついて立ち上がる。
「早く王都を脱したいところだが……焦ってはいけないね」
白衣から追われる身である。脱出するならば人通りの減った夜だろう。そして草原を夜通し走れば白衣はもう私を探せまい。
「幸い、この地区は空き家が豊富。それまでは適当に過ごしやすそうな空き家にでも隠れようかね」
わずか夜までの半日とはいえ、折角なので過ごしやすそうなところがいい。ソファかベッドのある潜伏先を探そう。
そんな我がままを呟きつつ、空き家の窓々を覗いて歩いていた――――その時。
「あ、居た!!!」
「ッ……!!?」
聞こえてくる筈のない声が、すぐ背後から耳に入った。
∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀
「居たぞ!!!」
「ッ!!?」
プカプカと宙に浮かぶ白縄を追って入り込んだ、1人がやっと歩けるほどの狭い路地。
王都騎士団の神谷ですらパトロールした事がないという、まるで迷路のような路地を進んだ先に――――ヤツは居た。
ふくよかな体型のスーツに無数の噛まれ傷・引っ掻き傷、そして何よりその背中から生える白縄。
見つけた!
「うう嘘だね?!!」
「もう逃がさないわ!!」
「観念したまえ!!」
「なっ、なぜ此処が……っ!?」
ビクッと振り向くバリー、飛び出そうなほどにひん剥いた目ン玉が僕達を見つめるが……すぐさま路地の向こうへと駆け出した!
……次こそはもう逃がさない。
とっ捕まえてやる!!!
普段なら人影の1つも通らない、静寂の路地。
そんな路地に面するガラス窓が、今日は大捕り物にガタガタと揺れていた。
「「「待てェ!!!」」」
「嫌だね!!」
細い路地を全速力で逃走するバリー。
その後をウルフ5頭が駆け抜け、そして僕・アーク・神谷が追う。
「ハァ、ハァ……いつまで追ってくるんだね!」
「お前を捕まえるまでに決まってるじゃんか!」
「……しつこいんだねッ!」
バリーとの距離は15mほど。まだ離されてはいるが、その差は少しずつ縮まってきている。
このまま追いかけ続ければ粘り勝ちで仕留められる!
――――けどまぁ、現実はそう上手くいかない。
「……これでも喰らうがいいねっ!」
ここでバリーが妨害工作!
高く積み上げられた木箱をばら撒いた!
「危な……!」
「くぅっ、足止めか!」
「ハッハッハ! いい気味だね!」
ガラガラと音を立てて降り注ぐ大小あまたの木箱。
ただでさえ狭い路地に足の踏み場も無くなってしまった!
……けどまぁ、僕を前にしちゃそんなの通じない。
「【因数分解Ⅵ】!」
ここで発動したのは整理整頓魔法、散乱した木箱がボフボフと白煙を上げ消えていく。
残ったのは『(3L+8M+4S)』のラベル付き木箱1つだけだ!
「何だと!?」
「勇者殿、流石である!」
「いいじゃないケースケ!」
「おぅおぅ!!」
木箱をまとめてスッキリした路地を爆速で通過。
前方のバリーを追う。
「次の丁字路を右折!」
「オッケー!」
僕達のすぐ前を走るククさんが告げる。
遅れる事数秒、僕達も丁字路を右に曲がると――――
「次はコレだねッ!!!」
曲がった先で再びバリーの妨害工作!
どこからともなく取り出した霧吹きをシュッシュッシュと連射、路地中に紫色の液体を振り撒いていた!!
「うわっ! 何だこりゃ!?」
「引っ掛かったねェ~!!」
霧吹きを片手に嘲笑するバリー。
「紫……あからさまに危険色ではないか!!」
「何なのよコレ?!」
「聞いて驚くがいいね! 毒に麻痺に眠りに催涙、発熱めまい頭痛倦怠……ありとあらゆる有毒成分を寄せ集めた特製の毒薬霧吹きなのだね!!」
「「「「「げげッ!!!」」」」」
「あと10秒もすれば体調不良の嵐。これは私の勝ちだねェ!!」
おいウソだろ!!?
毒薬モロに浴びちゃってるじゃんか!!
って思ったのは最初の一瞬だけ。
10秒もあるなら充分だ。
理由はまぁ……言うまでもないよね?
「【恒等Ⅱ】 for {x|xは今バリーを追跡中の者}!!」
ここで発動したのは今話題の状態異常無効!
しかも【集合】も使って一斉同時付与だ!
「そもそもさぁ、第二軍団戦を勝ち抜いた僕達に毒薬霧吹きで勝とうだなんて……冗談だよな?」
「……はッ!?」
「毒霧なんて僕達には無意味だ! 追えェ!!!」
「「「「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
「何いいいィィィィ!!!」
勝ち確信が一転、絶叫のバリー。奴の油断もあって一気に距離が詰まった。
前を走る奴の背中まであと5メートルだ!
「いつまで逃げるつもりかしら?!」
「いい加減諦めたまえ!」
「死んでも嫌だね!!」
なおも逃げ続けるバリー。
しかし相変わらずの脚の速さで中々距離が縮まらない!
「こうなったら……私の土地勘をフル活用するのだね!!」
するとバリー、今度はグネグネと路地を曲がり始めた!
妨害工作の手が尽きたのか、それとも何か別の狙いがあるのか、とにかく僕達を撒く気のようだ。
「くうーっ……普通にアイツ足速いじゃんか!」
「バリーの本領発揮みたいね!」
丁字路を左に曲がれば、バリーは既に次の丁字路に。
追いかけて僕達も次の丁字路を曲がれば、バリーはその次の丁字路に。
バリーも逃げるのに必死だが、撒かれずに追いかける僕達も必死。
某黒スーツおにごっこ賞金特番もビックリの白熱した追いかけっこだ!
「……恐ろしくついてくるのだね!?」
「当たり前だ!!」
「捕らえるまで我等は貴様を追い続ける!!」
そんな神谷とククさん達の執念もあってか……十数回と丁字路を曲がったところで、僕はふとある事に気付いた!
「あれ……ここ2回目?」
クネクネと路地を右に左に曲がって進んだ結果、今僕達とバリーは1度通った道に戻ってきたようだ。
バリーの背中から伸びている1本の白縄とは別にもう1本、元から路地に白縄が浮いていたのが証拠だろう。
それに何と言っても――――
「……あの木箱!!」
バリーの進む先、路地の端にポツンと1個置いてある――――水色のラベルが貼られた木箱。
間違いなく、さっきの木箱だ!
「丁度良いじゃんか!」
となれば、もうあの魔法を使うしかない。
妨害工作には妨害工作、足止めの意趣返しといこうか!
「【展開Ⅵ】!」
ここで発動したのはさっきの整理整頓魔法の相方!
カッコ外しの全開放魔法だ!!
ボフボフボフボフッ!
ボフボフボフボフッ!
「何だね!!?」
木箱から『(3L+8M+4S)』のラベルがペリペリと剥がれ、瞬く間に現れた白煙が路地に充満。
そうして現れたのは……さっきバリー自身がばら撒いた大量の木箱だ!!
「うっ! なっ……!!」
足の踏み場もないほどに路地を埋め尽くす木箱。
ものの一瞬で、普通の路地がバリーにとっちゃ致命的な袋小路と化した!
「ナイス判断だ数原君!」
「此れでもう奴に逃げ場は無し!」
「あぁ! 追い詰めたぞバリー!!」
つい今まで全速力だったバリー、木箱を前に呆然と立ち止まった。
袋小路だ。
「…………」
「「「「「捕まえたァッ!!!」」」」」
その傷だらけの背中に、やっと確保だと僕達が手を伸ばした――――
「それはどうかね?」
「「「「「……なっ」」」」」
ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながら勢いよく振り返るバリー。
その手には――――魔拳銃。
その銃口を、僕の眉間に合わせ。
「今だねッ!!!」
「っ――――
バンッ!!
――――引き金が引かれた、バリーの魔拳銃。
銃口から飛び出した銃弾は、空を切って一直線に進み。
そのまま真っ直ぐ、僕の眉間へと――――
僕の眉間へと――――届きはしなかった。
「分かってたよ。そんくらい」
迫り来る銃弾を見つめ、小さく呟くと。
両掌を銃弾に向けながら、僕は『2つ目』の魔法を唱えた。
「【対称Ⅰ】!!!」
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この前の『図形と方程式』で手に入れた、2つの【演算魔法】。
1つ目の【軌跡Ⅰ】は、見ての通り『強さ』『チートさ』というよりは『ユニークさ』『便利さ』が売りの魔法だったな。
こうやって路地の奥に潜んでいたバリーを見つけられたことが何よりの証拠だろう。
……そして、2つ目の魔法は正に『強さ』『チートさ』を追い求めた魔法。
それも【演算魔法】の中で数少ない、防御魔法だ。
図形問題のみならず、様々な場面で目にするだろう。
点対称、線対称、面対称……いわゆる『鏡映しの形』というのを。
そんな『鏡映』のチカラを取り込んだ魔法、それこそが2つ目の魔法――――【対称Ⅰ】だ。
===【対称Ⅰ】========
魔力を消費して、任意の図形に対する点・線・面対称な図形を描ける。
描画能力はスキルレベルによる。
※【状態操作Ⅸ】との併用による効果
自身と正対している対象に対し、対象と自身との間に鏡をつくり出す。
鏡は自他のあらゆる物理攻撃・魔法攻撃を反射する。
必要MP:50
===========
この【対称Ⅰ】の強さは、きっと言わずとも読めば分かる。
だが、それでも敢えて一言で言い表そう。
【対称Ⅰ】、その能力は『反射バリア』。
今まで防御魔法の主力だったバリア魔法・【定義域Ⅸ】の上位互換なのだ!
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
「【対称Ⅰ】!!!」
シュンッ!!!
僕の言葉に即応し、両掌から現れる一枚のバリア。
「な……なんだねソレは!?!」
これまでは青透明だったバリア、今回は傷一つない鏡の板。
パワーアップした鏡バリアが僕達と銃弾の間に割って入ると。
ピシッ
【対称Ⅰ】の鏡バリアは銃弾を受けても割れず、たわみもせず、ましてやヒビの1本も許さず。
ほんの小さな音だけを上げると――――銃弾をそっくりそのまま反射。
バリーが撃った弾を、逆再生のようにバリーへとお返しした。
「あ、あわ、あわわわ……」
方向反転して帰ってきた自身の弾に、理解が追いつかないバリー。
しかし、無情にも弾は真っ直ぐに来た道を戻り。
「くっ……来るなああああァァァァァァァァァ!!!」
バリーの握る魔拳銃、その銃口にスッポリ収まって――――暴発。
ドンッ!!!
「うわあああァァァァァ!!!」
一際大きな爆発音が、路地の窓ガラスを揺らし。
手から滑り出した一丁の魔拳銃が、路地の空高くへと弾き飛ばした。
両手を押さえるバリーの奥で、コツコツと魔拳銃の落下する音が響いていた。
こうして、路地裏の大捕り物は終わりを迎えた。
「これで終いだ!!」
「動かないで!!」
「……分かったのだね」
スパイ道具も使い果たして丸腰、自身がバラ撒いた木箱に道を遮られて袋小路に陥ったバリー。
そんな奴の眉間には神谷の日本刀が差し向けられ、左胸の心臓にはアークの銀槍が突きつけられ。
両手を挙げて固まることしか出来なかった。
……なにはともあれ、コレで一件落着だ。
王都に巣食う裏切り者を、お縄につかせ。
これで第二軍団戦、完全清算したのでした。




