5-3. 敵襲
「て……敵襲?」
「そう」
オバちゃんの表情は、普段のニッコリ顔とは全く異なり、いつになく真剣な表情。
しかし、真剣を越して何か焦りを感じているように見える。
脂汗をかいており、よく見れば手も小刻みに震えている。
……オバちゃんにしては何かおかしい。異常な程までの怯えだ。元々腕の良い冒険者でもあったはずなのに、ここまで怖がるかな。
しかし、僕の頭の中では何かスイッチが入った。
これは多分、マジな奴だ。
それまで考えていた、『ヤジウマ』とか『どうでも良い』とかそういう意識で行っちゃヤバい奴だ。
「アンタ達は確か、冒険者なんだよね?」
「はい、そうです。この3人も含めて」
「そうかい……。敵が何なのか、規模はどのくらいなのか全く分からない。けど、どうか、どうかこの王都を守って欲しい。……しがないオバちゃんの願いだけど、どうか聞いてくれないかい?」
「勿論です」
「無論だ」
「頑張るよー!」
学生達はやる気満々だ。
「じゃあ行くぞ、シン、コース、ダン!」
「「「はい!」」」
「……ありがとう。よろしく頼むよ、狂科学者さん、学生さん達」
そして僕らは宿を飛び出し、南の方へと向かった。
「…………ハリー……」
宿を出る直前、オバちゃんが震えた声で誰かを呼ぶかのように呟くのが聞こえたが、よく聞き取れなかったので頭の端の方に投げ捨てておいた。
王都内を移動中、鐘はタイミングを崩す事なくずっと鳴っていた。
4人で向かっている途中で、どうやらこれは王都の南門から鳴っていることに気付く。
「ハァ、ハァ……一体、何が起こっているんだか」
「とりあえずは、急いで南門へと、向かいましょう!」
「ハァ、ハァ……、そうだな」
僕なんてだいぶ息が上がってんのに、皆元気だな。
南門到着前に限界を迎えそうだ。
それは良いとして、何が起こっているかについてだ。
僕はシンにそう聞いてはみたが、実は僕の中ではある程度見当が付いている。
王都の南側、南門を抜けた先にあるのは……深い森だ。
南端で帝国と、北端で王国と接する深い森。
そして深い森こそが、『魔王の城』の所在地。
更に、今鳴っている鐘が伝えているのは恐らく『南門で敵襲を受けている』。
これらの現状に鑑みると、今起こっていると考えられるのは……
魔王の軍勢による襲撃。
……これはヤバいな。
こっちは勇者召喚されてからまだ1ヶ月経ったかどうかだ。
僕も最近は金稼ぎに没頭していたので、強くなる事についてはあまり考えていなかった。
ラットとチキンを獲ってばかりだった。
魔王の軍勢の襲来もまさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
完全な準備不足だ。
……でもやるしかない。
準備が出来てないなら、出来てないなりに頑張るしかないのだ。
よし、とりあえず、僕は僕のやれる事をやろう。
まず南門へ急ぐ。
南門に着いたら、現状を確認する。
全てはそれからだ。
「よし、急ぐぞ!」
「「「はい!」」」
20分くらい走っただろうか。
僕と学生達の4人は南門前の広場に到着した。
南門周辺の景色は、普段の東門のそれと特に変わりはない。
違う点といえば、門が閉じられているくらいである。
しかし、人々の様子は全く違った。
慌ただしく、混沌としていた。
産業人や識者といった非戦闘職の人々は少しでも遠くへと逃げ惑う。戦士や魔術師は鐘の音を聞きつけて来たものの、それぞれがアタフタとして纏まりが無い。
「うわ、なんだこれ」
南門付近の広場のカオスと化している現状を見て、ふと呟いてしまった。
広場では戦闘行為は起こってないし、魔物の姿も見えないので王都内にはまだ攻め込まれてないようだ。
そこだけはまだ救いだな。
「訳わかんないよー」
「とりあえず、今何が起こっているかを確認しに行きましょう」
「そうだな」
と言っても、誰に聞けば良いか分からない。
ましてやこの混沌の中じゃ、正しい情報を得られるかどうかも分からない。
「さて、どうしようか……」
「先生、あそこに外壁に登る階段があるぞ!」
ダンがそう言って指差した先には、外壁に接した石の階段がある。
「よし、それだ! あの階段から、外壁に上るぞ!」
「……で、でも、これ辿り着けますかね?」
階段は広場を挟んだ反対側だ。
正直、僕もこの騒然とした広場に足を踏み入れたくない。
「いや、でも行くしかないだろ! あの階段に集合! はぐれても良いから全員そこに辿り着け!」
「「「はい!」」」
そして、僕らはあのスクランブルな交差点よろしく混み合った南門広場に足を踏み入れた。
「フゥ、フゥ……着いたぞ、先生、シン、コース」
「よし、良くやった!」
「助かったよダン!」
「ダンさっすがー!」
なんとか僕らは階段の下に着いていた。
ダンにしがみ付きながら。
あの後、僕らは広場に足を踏み入れたのだが、その瞬間に人の波に揉まれて散り散りになってしまった。
歩いても歩いても階段に辿り着かない。
周りを見回してみるが、シンもコースも見当たらない。
ダンも見当たらな————
「おい先生! 俺に掴まってくれ!」
振り返れば、そこにはシンとコースをしがみ付かせたダンが居た。
「ダンってば、このゴッツい体格で人の波もナンノソノなんだよ!」
「お、おぅ……」
確かに、ダンは中学生レベルの年齢にしちゃあ体つきが良い。
「じゃあダン、階段まで頼んだっ!」
「おぅよ!」
……ってな事があって、現在に至っている。
「楽しかったねー!」
コースがそう言う。
アレだな。夢の国に通うJKみたいな一言だ。
「そんな事言ってないで、早く行きますよ!」
しかし、真面目で現実に生きるシンが階段を上がり、僕らをそう急かす。
そうだ。『敵襲』で何が起こっているか確認するんだった。
再び緊張感が帰ってくる。
鐘の音はまだタイミングを崩さずに敵襲を伝えている。
「済まん済まん、今行く!」
4人で階段を駆け上がり、ビル3階分程の高さの外壁に上がる。
そして外壁から見えた景色は。
足元に広がる草原。
草原は数キロ先で終わり、そこからは深い木々に覆われた真っ暗な森。
そして、今まさに森から大量の『茶色い何か』が溢れ出して来る所であった。




