23-5. 頃合いⅡ
――――数分前のできごと。
待ち合わせていたアークと共に王城4階へと上り、長い廊下を直進。
目的地は廊下の一番奥、突き当たりにある部屋だ。
「『産業人部門・大臣室』……ココね?」
「あぁ」
目的の部屋の前で足を止める。
……と、何やら扉の奥から声が聞こえてくる。
「なんだか騒がしいな」
「口喧嘩でもしてるのかしら」
部屋に入る前に少し、2人で聞き耳を立ててみよう。
頑丈な扉で音漏れも少ないようだけど、僅かながら会話が聞こえてくる。
『……全くもう、いつになったら解いてくれるのかね?』
『知らぬ。貴様を縛り上げろとは勇者殿の命……』
この声、ククさんだ。となると聞き馴染みのない方の声は問題のバリーだな。
会話から察するに、渡しておいたロープでククさん達がしっかりバリーを拘束している模様。
「作戦通り、上手くいってるみたいね。さすがククさんじゃない」
「あぁ。なんたってCalcuLegaに数いるウルフでも一番冷静沈着な――――
『……狗に落ちぶれたね。君達は』
『貴様ァ!!!』
まさかのタイミングでククさんの怒号。
耳を澄まさなくとも熱い熱い咆哮が聞こえてしまった。
「……ククさん、冷静沈着?」
「…………っ」
首を傾げるアーク。
何も言い返せなかった。
「とっ、とりあえず……そろそろ始めようか」
「そうね」
という事で、僕達は大臣室の鍵を開け。
堂々と現場に乗り込んだ。
∫∫∫∫∫∫∫∫∫∫
「まぁまぁ怒んなって。ククさん」
扉を開いた風圧で白衣を靡かせつつ、跳び掛かる寸前のククさんを呼び止める。
「……ゆ、勇者殿!!」
なんとか踏み留まるククさん、怒りに燃えていた金眼がジャブジャブと泳ぎ始める。
「否! ちっ、違う! 我はバリーを殺めようとした訳では――――
「ほぅ」
「此れには訳があって……」
漫画のように動揺するククさん。まるで犯行の瞬間を見られた犯人のような挙動に噴き出しそうになる。
……けどまぁ、僕は全部分かってるさ。
「聞いてたよ。ドアの外から」
「えっ」
「殺さない程度の仕返しの1つや2つくらい気にしないさ」
誰だって『犬』呼ばわりされたら怒るもん。
僕だって怒るし。
「勇者殿……」
「それにククさん達は犬なんかじゃない。れっきとした狼、フォレストウルフだろ?」
「如何にも!」
濁ったように見えていたククさん達の金眼が、徐々に明るさを取り戻す。
「まぁ、とにかく。……バリーの捕獲および監視、バッチリだ。やっぱり心強いよ」
「有り難きお言葉!」
「6日間も任せっきりで済まなかった。ありがとう、ナナン・クナン・サザン・サンク、そしてククさん」
「「「「「ハッ!」」」」」
足下に駆け寄る5頭、そのおでこを順番に撫でてやる。
「よしよしよし」
「「「「「クゥーン……」」」」」
気持ち良さげに5本の尻尾がブンブンと振れる。……だけでなく、切れ長の釣り目がトロリ、舌までもダラリ。
シベリアンハスキーを思わせる精悍な表情があっという間に豆柴のような可愛さとなってしまった。
あれ、もしかしてククさん……犬になっちゃったかな?
「あ、あとククさん達にお土産があるよ」
「「「「「土産!?」」」」」
5対の狼耳が揃ってピクリと動く。
リュックをガサゴソと手探り、勢いよく取り出したのは……白い羽に覆われたニワトリ。
「ジャーン! コースとチェバが狩りまくった新鮮なプレーリーチキンです」
「「「「おお!」」」」
「チェバとコース殿、流石である!」
王都内では焼鳥として大人気、ウルフ達にとっても美味い獲物と有名なプレーリーチキンだ。それを1羽、ククさん達の前に差し出す。
……勿論、この1羽を5頭で分けて食えだなんて酷は言わない。
「そしてコレを【展開Ⅵ】!」
プレーリーチキンの脚に括り付いていた『(中質×3 + 普通×7 + 低質×20)』のブラケットラベルが弾け飛び、ボフボフッと白煙が立ち上る。
すると絨毯の上には山積みのプレーリーチキンが!
「30羽を5頭で等分、ピッタリ6羽ずつだ!」
「「「おお!」」」
「何という御馳走であるか!」
「忝い!!」
これにはククさん達もビックリ。バリーさんと一緒に断食を付き合わされたのもあり、豪華なご馳走を前に涎ダラダラだ。
6日分の食欲が爆発する前にすかさず指示を出した。
「食ってよし!」
「「「「「ワン!」」」」」
……え、今ワンって鳴いたよね?
さっきの『ククさん達は犬じゃない』って庇ったの、アレ間違いだったのかな……。
さて、プレーリーチキンを美味しく召し上がっているククさん達は置いといて……本題に移ろう。
椅子に縛り付けられたバリーに、僕とアークが正対する。
「さて。待たせたな、バリー」
「白衣、よくも貴様……やってくれたね……」
歯を食いしばり、眉間どころか顔中に何重もの皺を寄せて睨みつけるバリー。まさに鬼の形相。
ふくよか温厚紳士のイメージはどこへやらだ。
「成程な、コレが『魔王軍のスパイの顔』ってワケか。『大臣の顔』とは大違いだ」
「2つの顔を演じ分けるのって大変ね」
「…………」
僕達の言葉にも反応せず、ただ黙り込むバリー。
……かと思ったが、意外にも次は彼が口を開いた。
「…………で、この私をどうするつもりかね? 今ここで殺すか、牢獄へ送るか、それとも告発して王国から追放するのかね?」
「さぁ。どうだろうな」
適当にはぐらかしてみる。
「フン、生意気な。どうせ牢獄送りにして情報を抜き出すのだろうね。でないと今まで生かしてきた意味が無いしね」
「……どうかな」
分かってるなら聞くなよ。
「……しかし、私は優しい大臣なので忠告してあげこう」
「「忠告?」」
「ああ」
幾重もの皺はそのままに、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながらバリーは告げた。
「――――これ以上、私に手出ししない方が良いね」
「……ずいぶん強気じゃんか。拘束されてる側のクセに」
「どういう意味かしら?」
「そのままだね。早く私を解放して、二度とこんな真似をするなと言っているのだね」
「……嫌だと言ったら?」
「君達2人は救国の勇者どころか、王国のスパイとして君達が疑われることになるね。ヒッヒヒヒ……」
僕達を煽るように嘲笑うバリー。
アークが背中の銀槍に手を伸ばす。
「そこまで言うんなら、その根拠を教えてもらおうじゃんか」
「良いよ、特別に教えてあげるね。……君達が私を『魔王軍のスパイだ』と告発したとしよう」
「あぁ」
「その瞬間、私も君達2人を訴えるね。『私は白衣に6日間も監禁された。その上で濡れ衣を着せられている』とね」
「ほぅ」
そんなの普通の人からすれば、身も蓋もない言い訳だと聞き流されるだけだ。
「それに追い打ちを掛けてあげよう。『6日間も監禁された挙句、何も飲み食いさせてくれなかった』ともとも大っぴらに言ったら、王国の住民はどう考えるだろうね?」
「そんなの誰も信じるワケが――――
「チッチッチ。実はそんな事ないのだよね」
舌を鳴らして首を横に振るバリー。
「王国の商人・職人には、産業人大臣への盲信者が結構多いのだよね。私の言った事が正しい、私の言ったことが正義だとね」
「……」
「特に大きな会社や商会ほどその傾向も強い。……そんな彼らならきっと、考える事は1つ。白衣は狂人だ、大臣を監禁するほどの蛮族だ、とね」
「な……っ」
「それに君、王都では『血に塗れし狂科学者』とも呼ばれていたようだね。イメージとピッタリ重なる力強いパワーワードだよね?」
「…………」
懐かしい渾名を引っ張り出される。
……忘れかけてた今頃になってそんなのが悪用されるとは。
「あ、そうそう。この部屋に仕掛けてある魔導カメラの証拠映像も公表してあげるね。きっと今頃、縛られた私を監禁する君達2人の様子が記録されている。音声も無しなので、好きなように会話内容をアフレコすれば最高の証拠動画が出来上がるね」
「…………コイツ」
「お互いの証言しかなかった所に動画という第三者の物的証拠が放り込まれたら、世論はどちらに傾くかね?」
嫌らしい疑問形と共にニヤニヤと僕達を睨むバリー。
段々と腹が立ってくる……けど、まだ今は我慢だ。
と、なんとか怒りを抑えていると――――アークが口を開いた。
「……ふふん、残念だったわね。バリー」
「何かね?」
「これはあまり言いたくなかったんだけど……今までの音声、一部始終記録させて貰ったわ」
「くぅッ!」
アークが腰のポケットをポンポンと叩く。
苦虫を嚙み潰したような表情のバリー。
……だが、実はビックリ仰天していたのはバリーだけじゃない。僕もです。
アークの言っている事は偽、そんな魔道具も無ければ魔法も無い。ポケットも空っぽ。ここにきて平然と一芝居打ってしまうアークが何より衝撃だった。
「さて、これでアフレコは出来ないわ。……それどころか、その映像とこの音声を合わせて出来た動画は世論はどっちに傾けるかしらね?」
「むむむっ……」
ジャリジャリと苦虫を味わうバリー。
……しかし、その苦虫もどうやら偽だったようだ。
「それはやられたね。……この部屋に3重に掛けておいた魔導ジャミングが全て無効化されていれば」
「……っ」
そもそも録音すらしていないどころか、録音したとしてもどうやらダメだったようだ。
僕もアークも、一言たりとも言い返せなかった。
そんな閉口する僕達を見て、バリーは顔の皺を薄くしながら最初の質問を繰り返した。
「さて。それでは改めて訊こう。君は私をどうするつもりかね?」
「…………」
「結論は? どうなのかね?」
声高に尋ねるバリー。
そんな彼に、僕は僕なりに導き出した解をぶつけてやった。
「…………牢獄送りにしてやるよ」
「ほう。ならば私の策によって名声を地に墜とすが良いね」
「あぁ。……但し、1つだけ聞きたい事がある」
「何だね? 今は気分がいい、何でも答えてあげるね」
勝利を確信して調子に乗るバリーに、僕は最後の質問を投げかけた。
「産業人部門大臣、バリー・ブッサン……お前は本当に、魔王軍のスパイなんだな?」
「ああ、そうだね。……今になってそんな質問、今更何がしたいんだね――――
「オッケーオッケー。分かった」
バリーの解答を聞いた僕とアークは、逆質問に触れもせずに頷くと。
バリーに背を向けて振り向き、彼に声を掛けた。
「…………だってよ。神谷」
「こんな感じで足りるかしら?」
「ああ。立証するに十分すぎる証拠を得られた」
虚空の中から発せられる声。
「何だねッ!?」
目を丸くするのみならず、顔を青ざめるバリー。
「バリー、……いつから僕達が2人だと思ってた?」
「なっ……まさか!?」
「見せてやるよ。――――【消去Ⅲ】・解除」
その瞬間、僕とアークの間に浮かび上がる影。
まるで空気が形を作るかのように、【消去Ⅲ】を解かれた身は徐々に色彩を取り戻す。
耳に掛けられた、輝く細い銀縁。
腰には鞘に入った本物の日本刀。
そして両手には、今の会話を一語一句書き写したノートとペン。
「貴様の言う、その『第三者』とやらに――――私が立候補しよう」
我らが誇る鉄人クラス委員、神谷がその姿を完全に現した。




